17 告白 後編
「ずっと、秘めてきました」
緊張で震えそうになる手を握り締め、俺は意を決してアルマディア嬢を見つめて、これまで殺してきた感情をさらけ出す。
「―――私は、アルマディア嬢…貴女のことがずっと前から好きでした。……自分の気持ちに気づくのが遅くて、フレデリクとの婚約が決まってしまいましたが、もう諦めるつもりはありません」
俺は椅子から立ち上がり、アルマディア嬢の手を掬い上げて膝まずいた。
俺の告白に、アルマディア嬢は目をまん丸にして固まっている。
淑女の仮面を剥がすことには成功したらしい。
そうやって、俺の前では素の姿を、これからも見せてはくれないだろうか。
凛とした姿も美しくて好きだが、こうやって素直に驚きの感情を見せているアルマディア嬢も可愛らしい。
愛しい、という気持ちが心から溢れてくるようで、俺は自然と熱の籠った目でアルマディア嬢を見つめていた。
「アルマディア嬢、どうか……私の求愛を受け入れてはもらえませんか」
手の甲だけでなく、手の平にも触れるだけの口付けを贈る。
たぶんアルマディア嬢も意味は知っているだろう。―――手の平への接吻は懇願。
アルマディア嬢の頬が真っ赤に染まり、触れる手も熱を帯びている。
「フィリップ様……」
恥じらいからか目を潤ませ、囁くように名を呼ばれ、抱き締めたい衝動に駆られるが、なんとか堪えた。
「貴女を愛しています。この世の誰よりも」
足りないと言うなら、いくらでも重ねよう。
ずっと我慢をしてきたんだ。彼女に伝えたい言葉も気持ちも溢れるほどある。
「許されない恋だとわかっていても、貴女への気持ちは変わらなかった。それどころか一層募るばかりで、今こうして貴女に触れられることが、とても嬉しいのです」
拒否されないことを良いことに、握った手はそのままだ。
この熱が伝わるようにと、握る手に力がこもる。
「フレデリクには見せない笑顔を向けられる度、どれだけ私が嬉しかったか貴女は知らないでしょう。これからも貴女の笑顔が見たいんです。どうか私と生涯を共にしてほしい」
アルマディア嬢は眉を下げ、瞳を揺らしているが、嫌がってはいない…と、思う。思いたいだけかもしれないが。
「あの、わたくし…てっきり政略的なお話だと思っていましたの。だって、フィリップ様は今までそんな素振りを見せなかったでしょう?」
もっともな意見に俺は苦笑した。
「確かにそうですね。俺の一方的な想いは、貴女の迷惑になると思って秘めていたんです。どこぞの王子のように、安易な行動は出来ませんでした」
そう告げれば、彼女は俺が何を危惧していたか悟ったようだ。
アルマディア嬢に同性の親しい友人はいるが、異性で特別近しい間柄は聞いたことがない。
王太子の婚約者として、慎重に適切な距離を取ってきた証拠だ。
その中で、俺は比較的親しい方と言えるだろう。
そんな俺が彼女に恋をしていると周囲に知られれば、周りは面白おかしく騒ぎ立て、いらぬ醜聞を引き起こしていたかもしれない。
フレデリクなら、アルマディア嬢が俺に言い寄ったとでも変換しそうだしな。
「わたくし……以前学院で告白をされたことは何度かありますの。もちろん、その場でお断りしていましたが」
あるのか。誰だ。当時はまだ王太子の婚約者だぞ。
叶わぬ恋に、気持ちだけでも伝えたかったことは共感するが。
心当たりは何人かいる。先を越された悔しさに内心で舌打ちをした。
「わたくしは王太子の婚約者として、けして想いを受けとることはありませんでした。それになんと言いますか……そのせいで、どこか他人事のように感じていましたの。壁を隔てた向こう側の出来事のようで…その…ですから…」
だから壁の無くなった今、こういったことに免疫がないと言いたいんだろう。
どこか頼りなげな風情で瞳を揺らす様は、男に慣れていない乙女そのもので、真っ赤な頬が本気で恥じらっていることを教えてくれる。
いつものアルマディア嬢らしからぬ態度に、俺はさっきから理性を立て直すのに必死だ。
ああ、抱き締めたい。可愛い。
「可愛い」
俺は無意識に口にしていた。
こんなにも愛らしい姿を見て、平静でいられるものか。
「かっ、からかわないで下さい…」
「からかっている訳ではありません。つい本音が出てしまっただけです」
「~~~~っ」
しっかり目を合わせて告げれば、アルマディア嬢はさらに頬を染めて俯いてしまった。
だけど俺は、相変わらず彼女の手を握ったままだったし、ついでに膝まずいた状態なので、表情は見ることが出来る。
「その顔は、私の前だけにしてくださいね。襲われても文句は言えませんよ」
「襲っ……そ、そんな顔、してませんわ…」
アルマディア嬢は狼狽えて口調も弱々しい。
これがギャップか。
俺だって冷静なわけじゃないのに、アルマディア嬢はそんなに俺の理性を試したいのか。
初な反応は男を煽るだけだと言うのに、無自覚だろこれ。
この恥じらう様をフレデリクが見ていたら、きっと奴もアルマディア嬢に対する見る目が変わっていたに違いない。
「あの、とりあえず手は離してくださいまし…どうか席に」
一瞬嫌ですと答えようかとも思ったが、ここでごねても婚約までは持っていけないだろう。
押し過ぎて引かれても困る。
俺は不承不承手を引き、元の席へと腰を下ろす。
せめて椅子が、もっと近ければ良かったのに。
椅子を自分で動かす真似をするわけにもいかないしな。
室内のソファーなら、二人掛けだから隣に座り直すことも可能だったが、ここはお互い一人掛けの椅子なのでどうしようもない。
適切な距離を用意されてしまって、内心で歯噛みした。
「不思議ですわね。フレデリクと婚約を結んだ時、わたくしは彼を異性として意識することはありませんでしたのに…」
「それは、私のことは異性として意識してくださっているということですか?」
嬉しいことを言ってくれる。
幼い時に婚約したからということも大きいだろうが、婚約者だった男よりも、異性を感じてくれるということは、俺にも望みはあるんじゃないか?
ライバルは多そうだが、引く気はない。
「今日お渡しした花束は、私のそのままの気持ちです」
俺が今回用意したのは、赤いチューリップとブーゲンビリア、ピンクと白のかすみ草だ。
花言葉は『愛の告白』『貴女しか見えない』『切なる願い』『幸福』だ。
赤い薔薇にしようか悩んだが、定番過ぎることと、アルマディア嬢は余り薔薇を好きではないと以前小耳に挟んだので、今回は見送った。
アルマディア嬢が望んでくれるなら、薔薇の花束を九本でも三百六十五本でも九百九十九本でも贈るんだか。
「どうか、私との未来を考えてみてください」
「フィリップ様……」
今日のところは、長年の想いを伝えられただけで良しとしよう。
と言うか、余裕ぶっているが俺の方もそろそろ限界だ。
淑女の仮面のないアルマディア嬢は、精神破壊力が凄かった。がっついて恐がられたくはない。
俺は精一杯紳士らしく振る舞い、公爵邸を辞した。




