16 告白 前編
「あの卒業パーティーの日のことです。私は事前にフレデリクとリリエラが婚約破棄の計画を立てていたことを知っていました。……それを敢えて止めなかった」
すでに起こしてしまった出来事だ。
せめて情けない姿は見せまいと、アルマディア嬢の目を見つめて説明をした。
「あの時は、さぞ驚かれたでしょう。貴女自身の瑕疵にはならなくても、いらぬ恥をかいたことに変わりはない。―――申し訳ありませんでした」
深く頭を下げて、それこそ断罪を受ける気持ちでアルマディア嬢の反応を待った。
「フィリップ様、顔を上げてください。確かにあの寸劇には驚きましたが、二人が卒業の日に何らかの行動を起こすことは予想していましたので、お気になさらず」
「え…」
なにかしら責められると思っていたが、アルマディア嬢の台詞は予想外のものだった。
「だってあの二人、卒業式の前日に、如何にも何か企んでいますと言った顔でにやけ…とても楽しそうに笑って、わたくしを眺めながら『明日が楽しみだ』とおっしゃってましたのよ?何かやらかすと馬鹿でもわかりますわ」
ああ、楽しみ過ぎて黙ってられなかったんだな…。
どや顔の二人が簡単に想像がついた。
俺は思わず遠い目をしてしまった。
「卒業式のわたくしの答辞の時に乱入してこなかっただけマシでしたわ。パーティーと違って来賓の方もいましたから」
中には国外の著名人もいた。
噂はどうしても広がるだろうが、直接見て聞いた事柄を国許で吹聴されるよりは確かにマシだ。
「それに、今だから言えることですけれど……わたくし、本気でフレデリクとの結婚は嫌でしたの。だからせめて白い結婚にならないかと思って、リリエラがフレデリクと恋人になっても積極的に動かなかったのですわ。フレデリクは潔癖なところがあったでしょう?他に愛する女性がいれば、わたくしに触れることはないと考えてましたの」
たとえ政略結婚であっても、妻として夜の生活を求められないことは屈辱的な扱いだと思うが、アルマディア嬢は妻のプライドよりも、本当の夫婦になることの方が嫌だったらしい。
俺が知る限り、フレデリクとリリエラの二人の関係に対して、アルマディア嬢が追及した場面は一度だけだ。
フレデリクがリリエラを王宮の私室に連れ込んだ時に苦言を言っただけだった。
学院生活の中でも忠告はしていたのかもしれないが、少なくとも噂になる程の修羅場は耳にしていない。
俺は彼女の台詞を聞いて心底嬉しかった。
アルマディア嬢の中に、フレデリクを恋慕う気持ちはないとは思っていたが、あくまで俺の予想でしかなかった。
もしかしたら俺の気持ちが作用して、俺に都合良くそう感じているだけかもしれないと危ぶんでいた部分もあったから。本当に杞憂だったようだ。
「ですので、あの断罪劇、いえ失脚劇は願ってもない機会でしたわ。おかげで婚約破棄が出来ましたし、フレデリクを権力から引き離せましたから。わたくし、自分が女王になることよりも、フレデリクが王位を継ぐ方が不安が大きかったんですのよ」
「そう言って頂けると私も救われます」
俺の気持ちを汲んでくれたんだろう。アルマディア嬢はわざとおどけたように言った。
「でもどうして止めなかったのか、お聞きしてもよろしいかしら?」
「……理由の一つとしては、フレデリクに主たる資格がなかったから、ですね。主君が道を誤れば諌めるのが臣下の務めでしょう。ですがもう諌める時期は過ぎていました。昔、王妃殿下がおっしゃっていたことを覚えていますか?フレデリクは立場の自覚と人を見る目を養う必要があると」
「ええ、あの時ですわね。王宮のガゼボでお会いした最後の日…」
アルマディア嬢の瞳が僅かに翳る。亡き王妃殿下を偲んでいるんだろう。
俺は頷いて続けた。
「なのに、フレデリクはいつまで経っても驕り高ぶり、周りを顧みず、自分を甘やかしてくれる者を好んで側に侍らせた。勉強だけでなく、公務すらさぼっていたんです。王になっても女にうつつを抜かし、政を蔑ろにする未来は容易に想像がつきました」
「それは確かにそうですわね…」
アルマディア嬢も、フレデリクの成長……いや成長しなさすぎる姿は嫌と言うほど見てきただろう。あれが王になることに不安を感じていた同志だ。
「周りの態度だけでなく、フレデリク本人の資質にそもそも問題があったんでしょう。凡庸なだけならまだしも、暗愚の王は国を傾けます。自ら寸劇を演じたことで、それを証明したようなものです。治も法もなく、劇の通りになると本気で思っていたんですから」
フレデリクは、あまりに王としての資質が無さすぎた。
俺が一番危惧していたのは、責任感のなさだった。
失敗は、周りの用意や配慮が足りなかったから。成功は自分の実力だと過信していた。
全部がそうだとは言わないが、周りの努力によって作られたものだと気づくことはなかった。
さらに忍耐力も判断力もなく、勉強も公務も他人任せで、自分の言動が周囲に与える影響を考える思考力もなかった。
思わずため息が零れた。
言葉にすると、本気でどうしようもない程愚かさが浮き彫りになるな。
「考え直す時間はあったんです。直前でも、止めようと思えば本人は止められたんだ。それを実行に移したのはフレデリクです。厳しい立場に追い込まれることはわかっていましたが、いい加減自分の言動の責を自分で負うべきだと突き放すことにしたんです」
「フィリップ様に、そこまで言わせるフレデリクが愚かでしたわね。…とは言え、わたくしも愚かな振る舞いで臣下に身限られないよう、自分を律しなくてはなりませんわね…」
「アルマディア嬢は大丈夫でしょう」
「そうかしら?過大評価かもしれませんわよ」
他人の失敗を、そうやって自分に置き換えて戒められるアルマディア嬢ならなんの心配もないだろう。
なにより、周囲の期待に応えようと努力を重ねてきた姿がその証左だ。
ずっと、その姿を見守ってきた。
「それと、止めなかった最大の理由は、貴女です」
「わたくし?」
「―――フレデリクの貴女に対する態度には、腹を据えかねていました」
そう告げると、大きな瞳がさらに大きく見開かれ瞬いた。
「アルマディア嬢が、自分の時間と努力を積み重ねて得たものを、努力もしないで妬み、理不尽に貴女を怒鳴るフレデリクを、何度殴ってやろうと思ったか知れません」
「まあ……そうでしたの?いつも冷静に諌めて下さっていたと思っていましたわ」
「表面を取り繕っていただけですよ。その辺り、厳しく教育をされていたので」
ずっと感情を表に出さないよう努めてきたが、今ばかりは解禁してもいいだろう。
「ずっと、秘めてきました」




