15 公爵邸への訪問
予想通り、アルマディア嬢のもとには縁談が殺到しているらしい。
彼女自身の才覚や美貌に加え、婚姻が決まれば未来の王配の地位が約束されているんだ。
例え望み薄とわかっていても、打診だけでもする貴族は少なくないだろう。
父は現金なもので、俺が彼女との婚姻を願うと速攻で縁談を申し込んでいた。
王太子派であった我が侯爵家だが、当の王太子が失脚し処刑され、王妃殿下も亡き今、それを掲げている意味はない。
俺がもしアルマディア嬢と結婚出来れば、父は女王の義理の父になれる。
そして二人の間に子が生まれれば、未来の国王の祖父だ。
フレデリク殿下が…いや、もう殿下じゃないな。フレデリクが王位を継ぐより、関係は近しくなる。
当主として願ってもない地位だろう。
俺があの騒動でとった行動は、臣下としてはあるまじきものだったが、バルドゥール公爵家にとっては冤罪を告発し、アルマディア嬢を守るためのものと認識してくれているらしい。
アルマディア嬢と公爵から、感謝の手紙が届けられた。
そのおかげもあってか、こちらから面会希望の手紙を送ったところ、公爵邸に招いてもらえた。
残念ながら、婚姻の返答はまだだったが。
出迎えてくれたアルマディア嬢は、いつもと変わらない様子で、俺は内心複雑な気持ちだった。
変によそよそしくされるのも辛いが、態度に変わりがないということは、男として意識されていないということかと勘繰ってしまう。
花束も用意したが、喜んでくれたもののごく普通の反応で、どう捉えるべきか判断に迷う。
ちゃんと花言葉も考えて包んできたんだが、これは脈なしと見た方がいいのか…。
俺の来訪は、当然公爵も知っているだろうし、縁談の件を本人が知らないということはないはずだ。
アルマディア嬢本人が、俺との縁談をどう思っているのか聞きたいが、しかしいきなり本題に入るわけにもいかず、当たり障りのない会話をしながら、エントランスから広大な庭を一望できるテラスに通された。
メイドがお茶を淹れ、壁際に控える。
こうしていると、幼い頃を思い出す。
まだ俺たちが学友として王宮に上がっていた頃、勉強の終わりにこうしてお茶をすることがあった。
フレデリクのせいで和やかとは言えない雰囲気で、あまり楽しかった記憶はないが、懐かしく思えるのだから人の記憶とは都合が良い。
「こうしてフィリップ様とお茶をするのも久しぶりですわね」
「そうですね。侍従になってからは、さすがに同じ席には着けませんでしたから」
アルマディア嬢も懐かしく思ってくれているのか、目を細め感慨深げだ。
「大変でしたでしょう、殿、いえフレデリクの世話は」
「いつだったかもそんな話をしましたね。交遊関係が広がったせいで、余計な苦労はさせられましたね…」
フレデリクとリリエラの話は避けるべきだと思って振らずにいたが、彼女からそう水を向けられた。
お守りは慣れたはずだったのに、誰かのせいで迷惑行為が二乗されたからな…。
「それが私の役目で貴族としての責務と思っていましたが……」
フレデリクは公務として回された書類すら、まともに見ていなかった。
見ても内容を理解出来なかったのかもしれないが、それならそれでわかる人間に説明を求めればいいものを、無知を知られるのが屈辱らしく、わかったふりをするので性質が悪かった。
しかもフレデリクの不出来っぷりを逆手にとって、普通では通らない書類を回す輩までいたため、迂闊にサインもさせられなかった。
おかげで俺が各部署に出向いて資料を用意したり、データの不正や予算の水増しがないか算出方法の根拠を提出させたり、書類の不備は予めチェックして、後はサインするだけで済むように整えたものだった。
しかし、リリエラと付き合いだしてからは、それすら放置されていた状態で、文官たちからも白い目で見られていたな…。
「まあ、色々経験を積ませてもらったと思っています」
物申したいことは多々あるが、それをアルマディア嬢に愚痴る気はない。
愚痴の多い男とは思われなくないからな…。
同情の込められた眼差しが向けられたので、俺の苦労は感じ取ってくれているのだろう。
「私の苦労は終わった話なので、いずれ酒の肴にでもなるでしょう。それよりも、アルマディア嬢の方が今後苦労も多く背負うことになる」
出来るなら、俺が共に背負いたい。
いくらアルマディア嬢が優秀だからと言って、不安や恐れを抱かないわけじゃないはずだ。
「近い将来、貴女は女王になる。少しでもアルマディア嬢を支えられるよう、私も尽力します」
「フィリップ様……ありがとうございます」
もし縁談が断られたとしても、臣下として尽くすことに変わりはない。
この笑顔のためなら、苦労も苦労と感じないだろう。
「フィリップ様には、直接お礼を申し上げたかったのです。本来ならわたくしの方から出向くのが筋だとは思ったのですが…」
「今の言葉と、すでに手紙を頂いているので十分ですよ」
「いいえ。今回の件だけでなく、わたくしは学友時代も学生時代も、フィリップ様には助けて頂いてばかりでしたわ。そればかりか、冤罪まで未然に防いで下さって、本当にありがとうございました」
丁寧に頭を下げられて、俺は居たたまれなくなった。
全て俺が自分のためにしたことで、アルマディア嬢が感謝することじゃない。
それどころか、卒業パーティーの件に関しては防げたのに防がなかった。
「アルマディア嬢……私にお礼は不要です。むしろ、私の方が謝罪をするべきなんですから」
有難いことに、敏い彼女はメイドに目配せをして下げてくれた。
テラスに面した部屋の中には控えているんだろうが、通常の声量であれば会話は聞こえない。
何もなかった顔で、アルマディア嬢に求婚をする資格はないだろう。
話すタイミングは、今しかないと思った。
俺は、父にも陛下にも明かさなかった事実を、卒業パーティーの断罪劇のことを告げる覚悟を決めた。




