13 解呪の口付け
そして二日後。
侍医にも診せて、通常の睡眠ではないというお墨付きをもらい、俺は陛下に報告をした。
正確には、陛下の侍従にだが。直通で陛下に繋ぎがとれる訳がない。
偶々宰相もその場にいたらしく、陛下と共に険しい顔で殿下の寝室へと乗り込んできた。
息子の状態を案じてというよりは、また何かいらん事をやらかしたんじゃないかと言わんばかりの疑念に満ちた表情だった。
陛下正解です。
「……なぜノーマン嬢がここにいる?」
当然のように、リリエラ嬢は殿下の枕元に侍っていた。
彼女もまだ謹慎を言い渡されているはずの身だ。
陛下は眉間に皺を寄せ、そういう意味も込めての問いかけだったんだろう。
しかし、リリエラ嬢は変化球の会話が得意だ。
相手が陛下であっても、それは変わりなかった。
「リックは悪い魔女に呪いを掛けられてしまったんです!きっとアルマディア様が頼んだんだわ!真実の愛でないとリックは目覚めないんです!」
リリエラ嬢の度胸はある意味凄いな。
たんなる無知からくる怖いもの知らずなだけの気もするが。
物語なら定番とも言える解呪の方法だが、今回の呪いが真実の愛でなぜ解けるのか。
冷静になれば疑問に思うはずだ。
そもそも俺は、殿下が目覚めないと報告しただけだ。
侍医の見解も告げたが、それも通常の睡眠状態ではないというだけで、まだ病気の可能性だってある。
しかし、説明を求めたり疑問を口にする前に、リリエラ嬢ははっきりと呪いと口にした。
………語るに落ちてないか?
「わたしがリックを真実の愛で目覚めさせます!」
いきなり呪いだと言い出したリリエラ嬢に、陛下も宰相も呆気に取られていたせいもあるだろう。
宣言したリリエラ嬢の行動を、誰も制止することはなかった。
そうして陛下や宰相の前で、ぶちゅっと音がしそうな勢いのまま、リリエラ嬢は殿下と唇を重ねた。
情緒もなにもあったもんじゃない。
「リック!さあ目を開けて!」
「………………」
「あ、あれ?リック?早く起きて!ねえってば!」
殿下の瞼はピクリとも動かなかった。
ああ、やっぱりな。
焦ったリリエラ嬢は、もう一度殿下に口付けをしたが、結果は変わらない。
なんとも言えない空気が流れた。
「そ、そんな…」
リリエラ嬢は愕然として肩を震わせた。
「酷い!リックは私のことを愛してなかったのね!?」
いやいやいや!逆だろう(笑)!
やはりリリエラ嬢はフレデリク殿下を愛してはいなかったか。
そんな気はしていた。
そもそも結婚は許されたんだ。
なのに殿下の王位継承権を惜しんで、わざわざ呪いまで持ち掛けて事態を好転させようとした。
王妃の地位目当てとしか思えなかったが、殿下はこれっぽっちも疑っていなかった。
幸せな愚者だな。
目の前で行われた寸劇に、陛下と宰相は唖然としていた。
それはそうだろう。
いきなりキスシーンを見せられて、困惑しない方がおかしい。
これまで様々な事案を片付けてきた国のトップである方々さえも想定してなかった事態だろう。
「………フィリップ、どういうことか説明せよ」
呪いはリリエラ嬢の妄想で、フレデリク殿下は原因不明の眠り病だと説明するのが、一番穏便に事態をおさめる手段だったかもしれない。
だけど、俺はもう殿下の尻拭いをするつもりはない。
「嘘偽りなく申し上げます。―――ここにいるリリエラ・ノーマン嬢の甘言に惑い、殿下は自ら魔女に依頼して、呪いの眠りにつきました」
「ちょっ…!なにバラしてるのよ!?」
俺の包み隠さない説明に、リリエラ嬢は焦った様子で口を挟んだが、自ら首を締める発言をありがとう、と言った気持ちになった。
その言葉に、陛下と宰相は厳しい視線をリリエラ嬢に向ける。
「フレデリク殿下とリリエラ嬢は、真実の愛を証明し、呪いを依頼した犯人をアルマディア嬢に仕立て上げ、婚約破棄の騒動をなかったことにしようと画策しておりました」
「………ノーマン嬢、なにか申し開きはあるか」
「う、嘘に決まってるでしょ!?その人が適当なことを言ってるだけだわ!」
いくら動揺してるからって、陛下にまでこんな口の聞き方しか出来ないのか…。
平民だって、もっとましな敬語を使えるぞ?
陛下の眉間の皺が凄いことになっているが、事情を聞く方を優先したいのか、咎めることはなかった。
「フィリップが説明するよりも前に、自ら言っていたではないか。真実の愛で呪いを解くと」
「そ、それはっ……そうっ、そうよ。フィリップがリックは呪いに掛かったって私に言ったの!真実の愛で解けるからって、リックを愛する私に助けを求めてきたのよ!」
一応筋は通ってる。でもなあ。
「では先程の『なにをバラしているのよ』という台詞はなんだ?」
「そ、それは……えっと」
そう。それは事実をなぜ言うのかと咎める言葉だ。
俺の言葉が事実だと知らないと出てこない台詞だと、陛下が気づかないと思うのか?
聞き流すはずないだろうに。
俺とリリエラ嬢。
どちらが正しいことを言っているか、ここに百人いたら百人が俺の方を支持してくれるだろう。
事実だしな。
リリエラ嬢は真実の愛がお好きなようだが、この真実はお気に召さなかったらしい。
おろおろと辺りに視線をさ迷わせ、なにか逃れる術はないか、この場に味方はいないかと探しているようだ。
だが当然見つかるわけもない。
殿下の呑気な寝息だけが、この緊迫した空気を微妙なものにしていた。
「わ、私、そんなつもりで言ったわけじゃ……」
リリエラ嬢はじわりと目を潤ませ、肩を震わせて気弱げな少女そのものを演じてみせた。
これが殿下相手なら有効だっただろう。
ちょろい男だったからな。
しかし老獪な貴族を相手にしてきた陛下や宰相に、小娘の泣き落としが効くはずもない。
「衛兵!この者を牢へ連行せよ!」
「なっ…!?そんな陛下!私はなにもしてません!ただリックを助けようと……!」
往生際悪く陛下にすがろうとするも、それよりも早く駆け込んできた兵に、リリエラ嬢は押さえつけられた。
「ちょっと離してよ!私は未来の王妃よ!こんな無礼な真似して許されると思ってるの!?首をはねてやるわよ!」
頼みの殿下も夢の中なのに、リリエラ嬢は状況認識の能力すらないのか、不遜な言動を繰り返す。
陛下と宰相は、最初から彼女の証言など信じていなかっただろうが、初めて直接見るリリエラ嬢の妄言に呆れ果てていた。
「……あの娘は精神を病んでいるんですかね?」
「なんと言うか凄まじいな。アレが義理とは言え、娘になるところだったのか……」
喚きながら連行されていくリリエラ嬢を見送って、宰相と陛下はなんとも言えないため息をついた。
俺はそんな二人の前に、膝を折って頭を垂れた。
「陛下、此度の騒動を止められず申し訳ございませんでした」
「防げなかったこともそうだが、事前に知っていたにも関わらず、なぜ報告を怠ったのだ」
苦渋に満ちた声音に、俺は申し訳なさを感じた。
王として、父親として、この方がどれだけ苦労してきたかは殿下の傍で見てきた。
殿下だけじゃない。
俺も、陛下や王妃殿下の期待に応えられなかったことに変わりはない。
殿下をなんとか真っ当な君主へと導こうとしたが、果たせなかった。
フレデリク殿下を見捨て、自分の望みを取ったんだ。
「は。無礼を承知で申し上げることをお許し下さい」
「良い、申せ」
「フレデリク殿下は、今回の事のみならず、度重なる忠言にも耳をお貸しくださいませんでした。自らの行いの責が自身に返ってきたことすら、アルマディア嬢の責任に転嫁し、彼女への反感は増すばかりで、このままではいつアルマディア嬢の身命に危害が及ぶかと危惧しておりました」
陛下は苦虫を噛み潰したような表情をされた。
思い当たる節があるんだろう。
と言うか、そんな息子の言動は陛下も嫌と言う程耳にされているしな。
つい三日前の話し合いの場でも然り。
弁明に赴いたはずの議会でも然り。
「殿下とリリエラ嬢の会話を書き留めたものを、後程提出させていただきますが―――殿下方は反省するということを知りません。事前に報告し、今回の事を止めたところで、また別の騒動を引き起こしていたでしょう。把握出来ないところで事を起こされるよりは、事情を知っている今の方がまだ対処しやすいと愚考致しました」
魔女の証言と、俺の会話の書留に齟齬がなければ十分証拠となる。
物証になる報酬の品も、あの魔女は早々に処分したりしないはず。
あの魔女にとっても命綱だからな。
殿下のやらかしは、そろそろ自分で責任を取ってもらうべきだろう。
「止めなければフレデリク殿下が呪われるだけ、と言っては僭越ですが、他に被害が出るよりも内密に対応しやすいと判断致しました。もしリリエラ嬢によって、殿下の呪いが解かれても解かれなくても、私は事の顛末を陛下に報告するつもりでした」
問題なく呪いが解呪していても、王太子を狙った事件として当然調査はされる。
俺は殿下方の自作自演だとバラすつもりでいた。アルマディア嬢を犯人にしようなんて、誰が許すか。
アルマディア嬢への目に余る言動を、牢屋で後悔すればいい。
「リリエラ嬢は、今回の事だけでなく、幾度となくアルマディア嬢への悪意や事実と異なることを吹き込み、殿下を唆してきました。その教唆の罪で処罰されるべき人物であると上申致します。殿下はリリエラ嬢に傾倒しており、引き離す必要があると思われました。そのためにも今回のことを黙認し、報告を止めた次第です」
殿下自らの行動とは言え、リリエラ嬢の今回の教唆は、殿下が目を覚ましていたとしても庇えないレベルのものだ。
なにせ王太子の身を脅かす行為だ。結果として呪いは解けていないしな。
「ただ、私の一存で決めていいことではなかったことは承知しております。如何様にもご処分下さい」
俺のしたことも王太子の侍従として、あるまじき行動だとは自覚している。
殿下の身を危険に晒した俺も同罪だ。
俺はもう一度陛下に対して深く額付いた。




