11 リリエラの提案
卒業パーティーで、アルマディア嬢を吊し上げにしてやると息巻いていた殿下は、逆に議会で吊し上げを食らったようだ。
まあ当然だろう。
なんの証拠もなしに、王位継承者でもある公爵令嬢を糾弾したんだ。
しかも不貞を働いた自覚もなく、有りもしない自分の正当性を主張して散々叩かれたらしい。
俺の父が宰相補佐をしているので、議会の様子はある程度聞いた。というか愚痴と叱責を聞かされた。
なぜ傍にいながら、殿下の暴走を事前に防げなかったのかと。
防ぐ気がなかったからだ。
勿論馬鹿正直に言うつもりはないが。
父は、殿下が次期国王になることを推している。
別に殿下に王の資質があると期待しているわけではなく、王妃殿下と縁戚関係にあった為、否応なしに王太子派に属するしかなかっただけだ。
このままでは王太子の地位も危ういと、父は頭を抱えていた。
「ともかく、これ以上醜聞を重ねず、殿下は真摯にバルドゥール嬢に謝罪をするべきだ」
「殿下にそんな殊勝な真似は出来ないと思いますが」
頭を抱える父の薄くなってきた頭皮を眺めながら、俺は肩を竦めて見せた。
父は呻き声を上げ、どうにかして殿下の汚名を返上できないかと苦悩している。
はらりはらりと落ちていく髪の毛を見て、俺は頭皮ケアを心に誓った。
殿下のボンクラケアなんて考えるだけ無駄だ。
殿下本人に改める意志もなければ、自覚もないんだから。
議会は連日大荒れらしく、殿下がいると纏まるものも纏まらないと、部屋での謹慎を陛下に言い渡されたらしい。
なのにだ。
なんで殿下の私室にリリエラ嬢がいるんだ?
部屋から出ないのは当然として、人を招くことも本来は禁じられているはずなのに。
そして、謹慎してないといけないのはリリエラ嬢も同じはず。
なにせ問題を引き起こした原因だ。
二人とも謹慎の言葉の意味すら知らないのか?
俺は辞書を叩きつけてやるべきか?
殿下は議会での鬱憤や不平不満をぶちまけ、リリエラ嬢は「リックはなにも悪くないわ!どうしてリックが悪者にされるの!」と殿下を煽る始末。
「全く、議会の連中は頭の悪い奴らばかりだ!私を蔑ろにしてアルマディアを擁護するんだからな!あんな奴ら、私が王になったらクビにしてやる!」
色々ツッコミたいことはあるが、このまま王になれると思っている殿下の面の皮の厚さに驚く。馬鹿って凄いな。
まあ俺の父のように、議員の中には王太子派も多数いる。
国王の長子が継ぐのが当然だと考えている者もいれば、一度臣籍に下った王族を玉座に据えることを厭う者。
愚王の方が御し易いと考える者。
王は男がなるべきだと主張する者。
思惑は様々だが、殿下を擁立してきた貴族たちは、いきなり立場を違えることは出来ないだろう。
自分たちの益を守るためにも、殿下を擁護する貴族はまだいる。
このまま宮中が二分するような争いにまでは発展しないと思うが…。
議会の合間に、陛下と殿下で話し合いの場がもたれたが、平行線のまま時間だけが過ぎていった。
陛下がいくら言葉を重ねて諭そうが叱責しようが、フレデリク殿下は自分の愚行を理解しようとしない。
それどころか殿下は「婚約破棄の撤回も謝罪もしません!私はリリエラと結婚します!」と堂々と宣言していた。
いや撤回は兎も角、アルマディア嬢を含めて関係者全員に謝罪はしろよ。
不毛とも言えるやり取りを眺めながら、俺は心の中でツッコんだ。
議会で散々糾弾されただろうに、自分の立場の悪さすら、まだ理解していないのか。
この状況で、本気でリリエラ嬢と結婚出来ると思っているのか?いや思ってるんだろうな。
「この馬鹿者が!ノーマン嬢を妃にすることは許さん!此度の騒ぎの元凶を王室に迎えてどうするのだ!」
「私は真実の愛を貫くと決めたのです!リリエラ以外の女性を妻にする気はありません!」
激怒した陛下に食ってかかれる馬鹿は凄い。
恋は盲目とは良く言ったものだな。
二人の間で激しい口論が続き、結婚する許さんの応酬は、陛下ががっくりと肩を落としたことで止まった。
陛下は怒りが突き抜けたのか、それとも諦念からか、深く深くため息をつかれた。
「……………もう良い。そんなにその娘と添い遂げたいのなら、王位継承権を返上し臣籍に下るがいい……」
投げたな陛下。
気持ちは痛い程わかります。
俺もお守りを投げた身だし。
この数日で、陛下はめっきり老け込んだように感じられた。
そんな哀愁漂う父王を労るどころか、フレデリク殿下はようやくリリエラ嬢との仲が認められたと喜色を浮かべている。空気読め。
陛下はもう一度大きなため息をつくと、しっかりと殿下へ釘を刺した。
「ただし、授けるのは一代限りの男爵位だ。王宮への出入りも禁ずる。当然ノーマン嬢もだ。良いな」
「そんな!」
「それで不満があるのなら、平民でも良いのだぞ?男爵家なら、平民でも婚姻に支障はない身分差だ。ノーマン男爵が歓迎するかは知らぬがな」
冷たい眼差しに陛下の本気を感じたんだろう。さすがの殿下もぐっと言葉に詰まり、不満気にだが了承した。
まあ王太子が継承権を返上するのなら、今回の不祥事の責任を取る名目として妥当なところだろう。
これだけ周囲をかき回しておいて、当事者たちは幸せな結婚をするということには、釈然としない気持ちもあるが、事態が終息しないと俺もアルマディア嬢に求婚することも出来ない。
別に事を荒立てたいわけでもないしな。
これであとは謝罪や賠償問題、リリエラ嬢の処断が下されれば一応の決着はつく。
そう思っていたんだが―――
それがどうしてこんな展開になるんだ?
謹慎処分続行中の殿下は、いつもと変わらぬ尊大さでリリエラ嬢を王宮に呼びつけ、結婚の許可が下りたと喜色満面で告げた。
それを聞いたリリエラ嬢は、文字通り跳び跳ねて喜んだが、詳細を聞いてからはポカンと口を開けて立ち尽くしていた。
「リリエラのところは嫡子がいないし、そのまま私が婿入りする形になるだろう。謹慎が解けたら、すぐに男爵家に移れるよう手配せねばな」
具体的な手配をするのは、お前じゃないけどな。
しかし殿下が臣籍に下れば、この傍若無人男ともお別れが出来る。
男爵家まで付き従いたい者は、殿下の側仕えの中にはいない。
まあ男爵家はそれなりに裕福だから、世話役くらい雇えるだろう。殿下の我が儘に対応出来るかは別として。
「え、待って……ちょっと待ってっ。どうして?リックが婿入りって?え?王位はどうするの!?」
「だから王位継承権を返上すれば、父上はリリエラとの婚姻を認めてくださると言ったんだ。良く考えれば、公務や政治なんて面倒な事を毎日しなくてよくなるんだ。リリエラとだって、もっと一緒に過ごす時間を取れるんだ。嬉しいだろう?」
狼狽えるリリエラ嬢に対して、殿下は上機嫌だ。
リリエラ嬢のその引きつった表情は、けして喜んでいるようには見えないが、殿下は気づいていない。
やがてリリエラ嬢は、ふるふると肩を震わせはじめた。
「そんな……」
「リリエラ?」
「リックは王になるために生まれてきた高貴な方なのよ。それを私のために棒に振るなんて耐えられない!」
リリエラ嬢は瞳を潤ませ、悲壮感たっぷりに宣った。
それ意訳すると、王位を継げないフレデリク殿下と一緒にいるなんて耐えられないってことだよな?
「それにこのままだと私は公爵家に楯突いた罪を着せられてしまうわ。そうなると貴方との結婚も難しいかもしれない…」
「リリエラ……」
罪を着せるもなにも、全部言いがかりだし、自作自演なんだから当然の帰結だろ。
そこのボンクラも何を案じ顔になってんだよ。
お前らが巻き起こした醜聞だろ。
心の中でツッコミながら、成り行きを見守っていたら、理解出来ない思考回路の持ち主たちは、さらなるやらかしを思い付いたようだった。
「リック…私たちの真実の愛は、みんなに目に見える形で示すべきだわ。そうしたら、みんなにも私たちを祝福してもらえて物語のようにハッピーエンドになれると思うの!」
いきなり何を言い出すんだ、この女。
思考が読めず、殿下も戸惑っているだろうと思いきや。
「目に見える形って、一体どうするんだ?」
質問そこかよ!
いや、そもそもなんなんだその理論。
お花畑同士ならわかるのか?
だからそこはスルーなのか?
「悪い魔女に呪われた王子様を、美しいヒロインの口付けで呪いを解除すれば、真実の愛が良くわかるでしょ?」
「の、呪い!?」
ぎょっとしたように身を引き、今度は殿下が顔を引きつらせている。
が、リリエラ嬢は、さも当然の如く頷いた。
「そうよ。そのくらいインパクトがないとダメでしょ?王様だって、そんな悲劇に見舞われた息子に王位継承権を返せなんてひどいこと言わないわ。それに王子様の呪いを解くなんて、国を救うような大きな功績だわ。そしたら私も王妃になることを反対する人だっていなくなるでしょ?」
だからどんな理論だよ!
喉から出かかったツッコミを、俺は辛うじて飲み込んだ。
さすがにこんなぶっ飛んだ話、殿下と言えど一蹴するだろうと思っていたら、なにやら殿下の目がキラキラ輝いていた。
おいまさか……。
「なるほど!さすがリリエラ、頭がいいな!そうだ。ついでにアルマディアが私に呪いをかけたと証言すればいいのではないか?そうすれば、私の呪いを解いた君を公爵家だって糾弾出来なくなるだろう」
「まあリック!なんて機転が利くの!貴方こそ天才だわ!」
な ん で や ね ん !
つい東方の旅芸人のツッコミの言葉が飛び出す程、これは酷すぎだ!
頭の弱さが酷すぎる!
本当にどうしてこんな展開になるんだ!?
俺の苦悩をよそに、二人はアルマディア嬢が窮地に立たされる場面を想像して盛り上がっている。
いつか見た光景だな……。
こいつら本当に成長してないな。
父上、殿下に醜聞を重ねず、というのは無理な相談だったようですよ。
俺は連日の会議で、より薄くなった頭皮を思い浮かべながら心の中で呟いた。




