10 断罪劇
そして卒業式の日、賽は投げられた。
あとは殿下達が勝手に動いてくれる。
俺は侍従の立場を利用して、パーティー会場に入り、傍観者として成り行きを見守るつもりだった。
殿下のことは正直どうでもいいが、アルマディア嬢が気がかりだった。
さすがに衆人環視の中で婚約を破棄されれば、いくら気丈な彼女だってショックを受けるだろう。
例え殿下に恋情を持っていなくても、予想外の出来事のはず。
俺は罪悪感を抱きながら、それでも自分の選択を後悔はしていなかった。
殿下との婚姻を、アルマディア嬢が望んでいるとは到底考えられなかったからだ。
ここで婚約破棄をされても、アルマディア嬢が今後社交界でつま弾きにされたり、縁談が来ずに嫁き遅れるという未来はない。
どちらに責があるかは明らかだからだ。
しかもフレデリク殿下が失脚すれば、次代の王位はバルドゥール公爵のもの。その娘であるアルマディア嬢が貴族たちに蔑ろにされることはない。
……むしろ膨大な縁談を持ち込まれて、目を通すだけでも大変な思いをする未来が見える気がした。
アルマディア嬢に、事前に殿下の企みを伝えるかどうか迷ったが、結局俺は誰にも話さなかった。
そうすると、アルマディア嬢が卒業パーティーの前に殿下と話し合いの場を設けてしまうかもしれないと危惧したからだ。
殿下を黙らせるには、失脚してもらうのが一番だ。
このまま、あの馬鹿に権力を持たせておくわけにはいかない。
義務も果たさず、公務すら蔑ろにする殿下が王太子でいる必要などない。
どうせフレデリク殿下は、玉座の重みも責任もわかっちゃいないんだ。
アルマディア嬢と共に、王太子の地位も手放してもらう。
やがて、いつか観た劇のワンシーンが、この場で再現された。
「アルマディア!貴様との婚約を、今ここで破棄することを、王太子フレデリクの名の下に宣言する!そして真実の愛で結ばれたリリエラとの婚約を宣言する!」
朗々と婚約破棄を宣言し、勝ち誇ったような顔で殿下はリリエラ嬢との婚約を発表した。
殿下の隣には、この場の誰よりも派手に着飾ったリリエラ男爵令嬢の姿があった。
殿下が用意したんだろうが、正直趣味が悪い。ゴテゴテして、品の欠片もない装いだ。
過剰なフリルやレースも、大きすぎる宝石もまるで成金の見本のようで、恥ずかしくないんだろうか。
しかしリリエラ嬢も我慢して着ているようには見えないから、センスも似ているのかもしれない。
「きゃあ!嬉しいリック!ようやくわたし、リックの婚約者になれたのね!」
無邪気な様子で喜ぶリリエラ嬢に、殿下は甘い笑みを浮かべ「愛してるリリエラ……待たせてすまなかったな」と二人の世界に突入しかけた。
「それは、陛下のご許可はすでに得ていらっしゃいますの?でしたらわたくしに異論はございませんわ。謹んで、婚約破棄をお受け入れ致します」
場違いに甘ったるい空気を醸し出した二人を、アルマディア嬢は容赦なく冷静な声音で現実世界へと引き戻してくれた。
アルマディア嬢は、もしかして予想していたのかと思う程いつも通りだった。
少なくとも動揺した素振りも見せず、凛とした佇まいはすでに王妃の貫禄だ。
「そ、そうだ!それとお前には謝罪を要求する!これまでにリリエラにしてきた悪辣な行い、平身低頭謝罪しろ!」
「そうよ!アルマディア様、ちゃんと謝ってください!」
陛下の許可なんてもらってないだろ。
一瞬視線を泳がせ、どもりながら、殿下は虚勢を張り、有りもしない悪行を言い募り、糾弾をし始めた。
例のお茶を掛けただの、教科書を破いただのというあれだ。
その件は、すでに正論で返り討ちにあったことは忘れているんだろうか。
と思っていたら、階段から突き落とされたという狂言を言い出した。
「危うくわたしは死にかけたんですよ!これは立派な殺人未遂です!」
「幸いリリエラに怪我はなかったが、未来の王妃を害するなど、貴様の罪は許しておけん!」
それ言ったら、まだ陛下の認可が下りていない以上、未来の王妃はむしろアルマディア嬢の方だと思うんだが。
フレデリク殿下とリリエラ嬢の断罪を、ここにいる誰一人として鵜呑みにしている者はいないだろう。
殿下に対して媚びへつらっていた連中すら、唖然としている。
さすがにお花畑の頭を持つ者は、極々少数だったようで安心した。
まあ、筆頭がこの国の王太子という、悲しくもろくでもない事実があるわけだが。
「わたくしが謝罪をする謂れはございません。全てそちらの言いがかりですもの。わたくしを罰するとおっしゃるなら、まずは証拠をご提示くださいませ」
「そんなものは必要ない!どうせ貴様のことだ、証拠なんて残していないんだろう!」
「つまり証拠もなく、王太子たるお方が公爵家の娘を糾弾していると言うことですわね。呆れてものも言えませんわ」
アルマディア嬢は緩く首を左右に振ると、扇で口元を隠し、冷たい双眸を二人へ向ける。
愚物を見る、絶対零度の眼差しにフレデリク殿下はぐっと息を飲んだ。
たぶん奴の中では、悪行を突きつけられたアルマディア嬢は打ちひしがれ、この場で赦しを請い願う、という筋書きだったんだろう。
例の劇の悪役のように。
それが冷静に淡々と応じられ、正論を突きつけてくる。
いや、それ今まで通りだろ。
なんで、この時だけ成功すると思ったんだよ。
ここまでは俺の予想通りだった。
いつものパターンだったから。
だか予想以上に殿下が馬鹿だった!
「うるさい!これ以上の詮議は不要だ!アルマディア・バルドゥール!貴様を未来の王妃暗殺未遂の罪により、国外追放を言い渡す!」
まさか俺も、殿下が国外追放を言い渡すところまで、あの劇を真似るとは思っていなかった。
だって普通に考えたら、明らかに無理があるのはわかるだろう!?
劇では確かに断罪してたけど!それは劇だから、捜査や裁判を省略できたことであって、現実でやるか!?出来ると思うか!?いや思ってるからやったんだよな!
しかもあの馬鹿、自分の護衛騎士達にアルマディア嬢を引っ立てるよう命令しようとしていて、さすがに黙って見てられなくなり、殿下を抱えるようにしてパーティー会場を退出した。
フレデリク殿下は何やら文句を喚いていたが、騎士たちも殿下のやらかしに、今回ばかりは実力行使を辞さなかった。
有無を言わさず殿下を馬車に押し込め、俺たちは王宮まで最速で舞い戻るはめになった。




