22.
この森の奥の一軒家は、ずっと同じように日の光が差し込んでいるから――どれくらい時間が経ったかよくわからないけれど――時々うたた寝をしながら、川から持って帰って来た桶の水をぐるぐる操ったり、庭先で焚火を大きくしたり小さくしたりしているうちに――私はいつの間にか火を起こすことと、水を空中から出したり、濡れたものから水分を持ち上げて乾かしたりだとか、そんなことができるようになった。
何度も交流するうちに、水の精霊や火の精霊の気配を感じとれるようになったので、その感覚をとらえて、心の中で「水を出して」みたいに意識すれば、現象が起こる。
――アルヴィンが水と火の魔法はすぐにでも使えた方が良いと言っていたのは本当だった。この二つが使えると、アルヴィンに頼まなくても自分で色々なことが何とかなる。火の魔法の応用で、熱の部分だけを、やっぱり魔法で出した水に伝えればお湯が作れるから、そこまでできるようになるとかなり快適だった。
「アルヴィン、紅茶飲むかしら?」
リビングの日に当たる場所で、黒猫のサニーを膝の上に置きながら揺り椅子に座って本を読んでいるアルヴィンに声をかける。
「ありがとう、頼む――」
アルヴィンは本を閉じると呟いた。私が魔法の練習している間、アルヴィンは分厚い本を読んでいるか、一階奥の書斎で何かしているか、軽く寝ているか、庭で犬と猫と遊んでいるかのどれかで――ここは、静かでどこまでものどかだった。
ポットに茶葉を入れ、水を出し、熱を加えお湯にする。アルヴィンは魔法を使う時人差し指と中指を立ててくるっとするから、私もそれに倣って人差し指を指差すようにしてくるっと回すようにした。――これは、何ていうか――、魔法を使う時の自分の中の合図のようなもので、特に意味はない。
ポットから良い茶葉の匂いがしてきた。私はそれをとぽとぽとコップに注いだ。にゃあ、と猫の鳴き声に顔を上げると、本を置いたアルヴィンが黒猫を小脇に抱えてこっちに来た。
“いい香りだね”
“うん、いい香り”
妖精たちが周りに集まってくる。
アルヴィンもカップを持ち上げて一口飲むと呟いた。
「――俺が淹れるより、美味いな」
「アルヴィンは蒸らしすぎなのよ」
私は彼の淹れる少し苦めな紅茶の味を思い出しながら苦笑した。
「――もう、水も火も、十分だなぁ。次は風と土に行くか」
アルヴィンは私を見て呟いた。まだまだ魔法の道は遠そうだわ、と思いながら私は立ち上がってキッチンの棚に向かった。お茶うけにクッキーが食べたかったんだけど……。
「俺にも少し取ってくれないか」
そう言ったアルヴィンに私はため息交じりに返事した。
「――もうないわ」
蓋つきの器に入っていたアルヴィンが森で迷っていた人を助けたお礼にもらったというお菓子はもう空になっていた。
「そうか。――お茶ばっかりしてたもんな」
「――そうね」
思い返すと魔法の練習をしていると小腹が減るので、途中途中うたた寝をはさみながら休憩してはお菓子を食べつつお茶を飲んでいたのだから、もう空っぽになっていても仕方がない。
アルヴィンは窓を眺めた。
「――大分時間が経ったな」
私も窓に目を向ける。ずっと同じように差し込んでいると思っていた日差しは、改めて見ると少しオレンジがかって夕日の様相になっていた。




