21.
「――俺の家はごく普通の農村の村長の家で――、ただ母親が使用人だったから、俺も使用人扱いで、それに加えて妖精と話してたもんだから気味悪がられて――、9《ここのつ》くらいの時だったか、母親は実家に帰ったんだけど、俺だけ置いていかれてね」
アルヴィンは空のコップの上で指を回すと、そこに水を注いで私にくれた。
冷たい水を一口飲んでから、彼がお皿に取ってくれた焼きたてのお肉を食べる。
硬い肉は噛み締めるたび、爽やかな香草の香りが口に広がった。
アルヴィンはぽつりぽつりと話を続けた。
「それで部屋もなくなって――馬小屋で寝起きしてたんだが――、ある夜、妖精が『寂しいでしょ』とか『可哀そうだね』とかうるさかったから――いつもみたいに焚火をしたんだ。火を起こすといなくなるのが何となくわかってたから。そしたら、――藁に燃え移って馬小屋が燃えた」
アルヴィンも焼けた肉をとって食べると、水を一口ごくっと飲んでから私を見た。
「家中大騒ぎで、俺はどこだって捜してて――死ぬほど殴られるだろうなって思って、そのまま逃げだして、ついうっかり妖精に誘われてあの花畑に足を踏み入れかけた。それで、師匠に拾われて――それだけだ。馬に悪いことしたな、とは今でも思ってる」
肩を持ち上げて、軽く笑顔を作ると網に向き直ってひょいひょいと良く焼けたお肉を拾って私のお皿に載せる。
「君のが腹減ってるだろ。どんどん食べろよ」
「うん、ありがとう」
私は頷くと、お皿の上のそれを口に入れてもしゃもしゃとそれを食べた。
行儀とか、そういうのはもういいやと思った。
ここには私と、この人しかいない。
馬小屋で寝起きする黒髪の少年を思い浮かべる。周りの人間からの畏怖するような視線、飛び回る妖精たちの囀るような話声、それに耳を傾けて良いものかわからず、周囲の人の反応を恐る恐るうかがう――。
私とアルヴィンは一緒だ、と思った。
空腹感が満たされるとともに、心が安心感で満たされる。
ここでは、誰かに怖がられるとか、そういうことを気にしなくていい。
思ったことを口にして、大丈夫。
「美味しいわね」
と呟くと、アルヴィンが「美味いな」と頷いた。




