20.だから、俺は君に会えた
私は焚き火に掌をかざしながら、じっと自分の手を見つめた。
アルヴィンの大きな手の感触が、まだ掌に残っている。
また炎がぼぼぼっと勢いを増したので、慌てて頭を振って意識を集中した。
――何を意識しているのかしら。
ずっと屋敷に閉じこもっていた私は、父以外の男性とほとんど接したことがない。世話役は女性のメイドばかりで、目にする男性といえば、窓の外の庭師や執事くらいだった。
それがいきなり手を握られれば――それは頭が混乱しても仕方がないわ。
私は炎を見つめながら頷いた。
ここへ来る途中には背負ってもらったし――お風呂まで使わせてもらったし――その前には、抱きしめられたし――。
「メリル!」
ふとアルヴィンが後ろから私の名前を叫ぶのが聞こえて、はっと意識を戻すと家の屋根に届きそうなほどの火柱が上がっていた。慌てて深呼吸して、火を小さくした。
「――火力の調整がわかってきたわ」
そう呟くと、アルヴィンは「それは良かったが……」と燃え尽きた薪を見て言った。
彼が手に持ったお皿の中には、綺麗に薄切りになった兎のお肉が入っている。
乾燥した香草がまぶしてあって、少し刺激のある良い匂いがした。
◇◇◇
私は薪を組み直すと、手をかざして、心の中で炎の精霊に呼びかけた。ぼっと音がして焚き火に着火する。
「――できたわ」
感動して呟くと、納屋から金網と石を運んで来たアルヴィンが感嘆の声を上げた。
「すごいな。俺、何日もかかったのに」
「そうなの?」
アルヴィンは頷くと焚き木の周りに石を並べて、上に金網を置いた。
その上に兎の肉を置いて焼いていく。
……こんな目の前で焼いて、すぐ食べるなんて食べ方があるのね……。
行儀も何もあったものではない。
そう思いながらも、目の前で焼ける肉の香りに、何て贅沢な食べ方なのだろうと感動した。
彼は納屋の傍に転がっていた丸太を、私の切り株の横へ運んできた。
そこへ腰を下ろすと、「代わるよ」と言って、私の代わりに火へ手をかざした。
ちらちらと踊る炎が、肉をほどよく焼いていき、香草の匂いが際立った。
「美味しそうな匂い……」
思わずそう呟いてから、私は、周りから“良い匂いっていうのはお花の匂いだよ”とか茶々を入れてくる妖精たちの声がしないことに気がついた。
慌てて周りを見回すと、きらきら輝く光が、庭の隅から私を遠巻きに見ていた。
「どうしたの?」
大きめの声で呼びかけると、遠くから小さい妖精の声が聞こえた。
“火は怖いもん”
“危ないよ、メリル、燃えちゃうよ”
アルヴィンが私に言った。
「――妖精は火が嫌いだからな。一人になりたいときは焚き火をすると良いよ」
「そうなのね……」
「妖精は風と水が好きなんだ。焚き火をしていると近づいてこない」
アルヴィンの言葉は重みがあって、何かを思い出しているようだった。
「――ねえ、私がどうして自分の家から出て来たか聞かないの?」
その横顔を見ながら彼に問いかけた。
私がアルヴィンに最初に会ったとき、私の服は血だらけだったのに――気にならないのだろうか。
アルヴィンは肩をすくめると、こっちを見て笑った。
「全部はわからないけど、大体は想像がつくから」
私が『他に行く場所がない』と言った時に、アルヴィンは『わかるよ』と言った。
彼もそう思ったことがあるのだろうか。
彼はどうして妖精に誘われてあの花畑に行ったんだろう。
私は――この人のことがもっと知りたいと思った。
「私には、お父様とお母様と妹がいたの。妹は王太子様との婚約が決まって――私のような気味の悪い姉がいると邪魔になるからって、お父様たちは私を殺そうとした」
私は焚き火へ目を落とした。
「そうしたら、妖精たちが私を守ろうとして、二人を殺してしまった。それを妹に見られて――私は家を出てきたの」
アルヴィンはしばらく私を見つめて黙り込むと、焼けたお肉をお皿に載せて私の前に置いた。
「食べなよ」
それからとんとん、と背中を叩いた。
「君が自分を責めることじゃない。自分たちと違うものを気味悪がって、排除しようとした奴らが悪い。逃げてきて正解だよ」
青い瞳が私を見つめる。
「君がここまで来たから、俺は君に会えた」
私はじっとアルヴィンを見つめ返した。
……この人のことを、もっと知りたい。
「――あなたは、どうして妖精にあのお花畑へ誘われたの?」




