第1章第9話
体育の授業中、体育祭の練習が行われていた。
文弥は男女混合リレーと借り物競争に出場することになっていた。
紬もなぜかリレーに選ばれており、文弥たちと一緒に練習に励んでいる。
ちなみにバトンの順番は、紬が文弥の前、そして文弥はアンカーだ。
「えいっ、えいっ……!」
紬がバトンを受け取り、文弥の元へと駆けていく。
だが、激しい腕の振りとは対照的に、足が全然前と進まない。
紬はシニアカーにも大差で負けるのではないかと思うくらい鈍足だった。
謎の声(この子……何でリレーの代表になったの?)
実のところ紬は、文弥とただ一緒にリレーに出たいという理由だけで自ら立候補したのであった。
周りから見たらいい迷惑である。
だが文弥は、そんな紬を暖かい目で見つめると、声を張り上げ声援を送った。
「紬!!ファイトー!!」
文弥の声援に応えようと一生懸命走る紬だったが、気持ちに足が追いつかない。
それでも何とか文弥のところまで辿り着き、彼にバトンを託した。
バトンを受け取った瞬間、文弥は爆発的な加速を見せる。
原チャリにも勝てるのではないかというスピードで、あっという間にゴールを駆け抜けた。
『あいつめちゃくちゃはえーな』
『陸上部か?』
『いや、帰宅部らしいぞ』
『何で運動部に入らないの?』
周りがざわついてる中、文弥は気にすることなく平然と練習を続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
体育祭当日。
青葉を渡る爽やかな風の中、体育祭は開催された。
文弥はクラスを代表して、まずは借り物競争に出場していた。
電子ピストルの号砲が響き渡ると同時に、文弥は持ち前の俊足を生かし見事なスタートダッシュを決める。
後続をぐんぐん突き放し、トラック中央に置かれたお題の書かれた紙を手に取った。
紙を開いて確認すると、そこには『胸の大きい女子』と書かれている。
謎の声(何そのふざけたお題……絶対に調子に乗った男子の悪ふざけでしょ……)
しかし、一刻も早く一位になってクラスに貢献することしか頭にない文弥は、すぐさま観客席にいた初音の元へ一直線に駆け寄った。
文弥の頭の中には『胸が大きい女子=初音』というストレートの発想しかなかった。
「初音。一緒に来てくれ」
「え? な、何? 文弥くん?」
文弥は初音をヒョイとお姫様抱っこして抱え上げると、そのまま物凄いスピードで判定ようのテントへとダッシュした。
「きゃっ……!」
初音は頬を真っ赤に染めながら、恥ずかしそうに文弥の胸に顔を埋める。
ぶっちぎりのトップで判定席に滑り込んだ文弥がお題を差し出すと、係の女子生徒は初音の胸元をチラ見して『……オッケーです』と軽く呟き、文弥の一位が確定した。
「ねえ? 文弥くん……お題ってなんだったの?」
「これだよ」
何の疑いもない澄んだ瞳で、文弥は嬉しそうに『胸の大きい女子』と書かれたお題を見せる。
「む、胸の大きい女子?」
初音の心は複雑だったが、文弥が喜んでるから良いかと考えるのをやめた。
続く種目は、一馬が出場する綱引き。
文弥と紬は観客席から精一杯声を張る。
「一馬くん! ファイト!」
「頑張って! 一馬くん!」
しかし、二人の応援も虚しく、一馬は相手チームの力に押され、ただただ縄に引きずられて終わった。
その後は、クラスが違う初音の登場するダンスパフォーマンス。
ヒップホップダンスに乗せて、キレキレのダンスを披露する初音。
彼女もまた抜群の運動神経を誇っていた。
だが、ダンスに合わせて激しく揺れる彼女の胸元から、男子勢の視線は最後まで離れなかった。
体育祭は順調に進み、いよいよクライマックスの『男女混合リレー』がスタートする。
クラスの総合順位は拮抗しており、リレーの結果次第で順位で優勝が決まる状況になっていた。
文弥は静かに呼吸を整えて、順番が回ってくるのを待っていた。
そろそろ自分の順番だと文弥がストレッチを始めたその時──前走者の紬がバトンを受け取った。
しかし相変わらず超絶的に遅い。
歩いてるのかと錯覚するほどのペースだ。
二位でバトンを受け取った紬だったが、次々と抜かれ、あっという間に最下位の六位まで転落してしまった。
それでも必死に走ってきった紬から、文弥はバトンを受け取る。
その瞬間、文弥は疾風のごとく解き放たれ、トラックを激走した。
『あいつヤベーな』
『嘘だろ? 速すぎだろ』
『三組の秋月だっけ? 陸上部より全然速いんだけど?』
『ちょーウケるんですけど』
謎の声(最後ギャルいなかった?)
先頭からトラック半周以上の差を一瞬で詰め、怒涛のゴボウ抜きで見事大逆転の一位ゴール!
クラスの大歓声に包まれがら、逆転優勝という最高のフィナーレで体育祭は幕を閉じたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
体育祭が無事に終了した、その日の夜。
文弥、紬、一馬、そして初音のいつもの四人は、一馬の奢りで高級焼肉店での祝勝会に興じていた。
「今日は俺の奢りだからな。じゃんじゃん食べてくれ」
「メニューはお決まりでしょうか?」
店員が注文を取りに来ると、文弥は手際よくオーダーを伝えた。
「ヒレ肉と上タン、それとハラミを五百グラムずつください」
「……お前は相変わらず遠慮という言葉を知らないな」
呆れ顔で文弥を見つめる一馬。
それぞれが注文を終え、肉が運ばれてくると賑やかな宴が始まった。
「わあ、凄く美味しい」
紬は美味しそうに上カルビを頬張っている。
「本当に美味しいですね。違うクラスなのに私までごちそうになっちゃって、ありがとうございます」
初音も満足そうに微笑む。
「気にすることねえって。ここの店は国産のいい肉扱っているからな。ははっ」
喜んでいる二人を眺めながら、一馬も満足そうに頷いた。
「一馬くん! ヒレ肉二百グラム追加していいかな?」
注文した肉をペロッと平らげた文弥が、目を潤わせながら一馬に懇願する。
「いいけど……お前食い過ぎじゃないか?」
もう文弥だけはこの店に連れてこない方がいいかもしれない、と心に誓う一馬だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
体育祭明けた翌朝。
文弥は一躍、クラスの人気者へと格上げされていた。
『おはよう! 文弥!』
『おはよう! 文弥くん!』
『体育祭のリレー本当に凄かったよな!』
『本当にメロいよね!』
謎の声(……また最後ギャルがいなかった?)
普段の文弥は童顔で可愛いらしい顔立ちをしており、自分から積極的に目立ちたかるタイプでもなかったため、単なる『真面目な可愛い男子』と思われていた。
しかし体育祭での激走を経て、文弥の評価は爆上がりしてしまった。
文弥が褒められているのは嬉しいものの、紬は少し複雑な思いでその光景を遠巻きに見つめていた。
女子たちから文弥に向けられる視線が、昨日まで明らかに違うことに戸惑っていた。
元々、文弥は小柄だが女子顔負けの可愛い顔している。
その上、勉強もできてスポーツもできる文弥がモテないわけがなかった。
『私が彼女なんだからね』と割り込んでアピールしたい気持ちはあるものの、ポンコツな紬にはその度胸はあるはずもなく、ただただソワソワと拳を握りしめることしかできなかった。
文弥の周りは人だらけで、紬は全く近づくことができない。
結局、放課後までそれは続いていった。
紬は人影が少なくなった正門の前で、文弥が来るのを今か今かと待っていた。
文弥は初音と図書室で勉強をしている。
勉強会以来、放課後は二人で図書室で勉強することが日課になっていた。
そんな時、また赤毛の奴が意気揚々とやってきた。
「紬さん。何してるんですか? 暇なら遊びに行きませんか?」
律は相変わらず不穏な笑みを浮かべながら、紬に近づいてきた。
「暇じゃないです! 文弥くんを待ってるんです!」
「ふふ。一緒にカラオケでも行きませんか?」
「話聞いてました!? 暇じゃありません!」
「うーん、仕方ないですね。あまり手荒な真似はしたくないんですが」
そう言うと律はスマホを取り出し、どこかへ電話をかけた。
すると、ワンボックスカーが正門の前に横付けされ、中から若い男の三人組が降りてきた。
「な、何ですか? あなたたちは?」
紬は身の危険を感じ後ずさりする。
?「この子ですか? 拉致るのは?」
金髪に耳にピアスをしている男が、律に問いかけた。
「ええ、よろしく頼みます」
律は不気味に微笑んだ。
その時、騒ぎに気づいた一馬が飛んできた。
「お前ら槙原に何してるんだ!」
?「どうします? 律さん?」
「騒がれると面倒なんで、一緒に連れていきましょう」
?「了解です。おい、やっちゃって」
金髪ピアスが一際ガタイのいい坊主の男を促すと、一馬のボディに強烈な膝蹴りを打ち込んだ。
「ぐわっ」
腹を抑えて悶絶する一馬を、坊主の男は軽く持ち上げ車の中に乱暴に入れた。
紬も金髪ピアスと右腕にタトゥーをした男に、腕を捕まれ強引に車の中へと入れられた。
律たちも素早く車に乗り込むと、車は発進した。
しばらくして文弥と初音が正門に現れた。
「あれ? 紬も一馬くんもいませんね?」
初音は正門の前をキョロキョロと見渡した。
「そうだね? どうしたんだろう?」
文弥はふと足元を見ると、パープルのミッ◯ィーのハンカチが落ちていることに気がついた。
見覚えのあるハンカチ。
文弥はこれは紬のハンカチだということがすぐわかった。
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