第1章第6話
次の日の朝。
文弥の家のインターホンが鳴り響いた。
ガチャリと文弥が玄関のドアを開けると、そこには制服姿の紬と初音が佇んでいた。
「おはよう。文弥くん」
紬は朝からはじける笑顔で挨拶をしてくる。
「おはようございます」
初音は嬉しそうな微笑みを浮かべると、ペコリと頭を下げた。
「おはよう。紬。初音。二人で来るなんて珍しいね」
「すぐそこで初音と会ったから、一緒に来たんだ」
「そうなんだ。ちょっと待ってて」
文弥は部屋からカバンを取って戻ると、三人で学校へ向かって歩き始めた。
文弥を中心に、紬と初音が彼を挟む形で歩いていた。
「もうすぐ中間テストだね。でも、文弥くんは心配ないか。勉強得意だもんね」
初音が隣の文弥に、微笑みながら話しかけた。
「そういう初音だって、いつも成績はトップクラスじゃないか」
「テストか……嫌だな」
紬は瞳をうるうるさせて、絶望した表情を浮かべていた。
紬は真面目だが、おバカだった。
「テスト終わるまで、寝取られ動画の方はしばらくお休みだね」
「え? そうなの?」
紬は思ってもなかった、文弥の言葉にきょとんした顔をしている。
「うん、テストは大事だからね。一馬くんにも僕から言っとかないと」
文弥は制服のポケットからスマホを取り出すと、神速の運指で一馬にメッセージを送った。
「わ、わかった」
文弥くんって、何が大事なのかわからないな……と不思議そうに首をかしげる紬だった。
「……ずっとやめればいいのに」
初音は文弥に聞こえないくらい、小さな声でボソッと呟いた。
駅に着くと、ガタゴトと電車に揺られて三人は学校へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
五月下旬の風が吹き抜ける昼休み。
人気のない中庭の片隅のベンチには、若葉の匂いを乗せた風が吹き抜けていた。
今日も文弥と一馬と紬と初音は、四人で昼食を取っていた。
謎の声(すっかり仲良しグループになったね。アホみたいな関係だけど……)
「あれ? 今日の文弥の弁当彩りが茶色と緑色だけじゃなくね?」
「よくその寝取り男のクズでゲスの脳ミソで気づいたね! 今日はミニトマトを入れてみたんだよ! お弁当は彩りも大事だからね! ははっ」
文弥は全く屈託ない、純粋な爽やかな笑顔を浮かべる。
「爽やかな笑顔で、普通にディスるのやめてくれないか?」
「……死んでくれたらいいのに」
初音は嫌悪感を隠そうともせず、一馬を睨み付けている。
「……もう寝取りとかしてないから……俺」
一馬は初音のクズを見るような視線にたじろぎ、蚊の鳴くような声でぽつりと言った。
「テスト終わるまで動画は休みだし、皆で勉強会でもする?」
文弥が提案すると、三人も乗り気で次の土日は一馬のマンションで勉強会を開くことになった。
「そういえば、この前のパートナーの話なんだけど、知り合いがやりたいって言ってきたんだけどどうする? 俺は正直すすめないけど……」
「何でなの?」
「俺以上に寝取るのが大好きな中学の先輩でさ、たちが悪くて、自分に完全に惚れさせてからあっさり捨てるみたいなやり方を繰り返してるんだ。断ろうと思ったんだけど、一応文弥に確認してからにしようと思って」
「それはクズを通り越して、この世から抹殺していいレベルだね。ははっ」
文弥は一つの曇りもない瞳で、狂喜の笑みを浮かべている。
「笑顔で怖いこと言うのやめてくれ! お前が言うと洒落になってないから!」
文弥の金糸雀色のように見える狂喜の瞳に怯える一馬。
「わ、私は瀬名くん以外の人とはしたくない」
紬はほんのり頬を赤く染めて訴えてきた。
「えっ?……それって?」
紬の言葉に一馬は驚いて、少し動揺している。
「だって、瀬名くんは早いから。ほんのちょっと我慢してればすぐ終わるし、他の人とはしたくない。」
真顔で残酷なことを言う紬。
「紬がそういうなら仕方ないね。一馬くん、断っといてくれる」
「……おう、わかった」
謎の声(爽やかな青春とはかけ離れたお昼の一時だね……)
◇◇◇◇◇◇◇◇
土曜日の午後。
文弥と紬と初音が一馬のマンションに集合した。
男子陣と女子陣に分かれ、高級ダイニングテーブルを挟んで対面するようにそれぞれ椅子へと腰を下ろす。
「僕、寝取られの聖地に来たの初めてだよ。ここの寝室で聖なる儀式が行われているんだね」
文弥は恍惚とした表情を浮かべて、部屋の中を無邪気に見渡している。
「……神々しいものみたいな言い方するのやめてくれ」
あまりの言われように、呆れ顔を作る一馬。
「……私には我慢の儀式だけどね」
紬は行為を思い出し、少し視線を落とす。
「……最低っ」
初音は嫌悪感から鳥肌を立てた。
「そういえば、紬は一馬くんとしてる時に感じたことないんだよね?」
文弥は何の悪気もない様子で、素朴な疑問を投げかけた。
「うん、一度もない」
紬は当たり前のように即答した。
「え? そうなの?」
初めて知った事実に、一馬は激しく動揺した。
「よく行為ができたね?」
文弥はさらに素朴な疑問をぶつける。
「潤滑ゼリー塗ったから」
追撃のような文弥の問いにも、紬は淡々と即答した。
「え? 潤滑ゼリーがあるの?」
文弥は驚いた表情で一馬を見つめた。
「必須アイテムだからな。ストックも山ほど置いてあるぞ。欲しいならやるけど」
一馬は動揺を隠すように、自慢気に胸を張った。
潤滑ゼリーを使ったことがなかった文弥は『だから濡れなくてもできたのか』と妙に納得した。
「いらないよ、貰っても今の僕には使い道がないからね」
「あ、あの、そういう話は私がいない所でしてくれないかな?」
初音は耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いていた。
初音は今まで異性と付き合ったことがなく、当然そういう経験もない彼女にとって、この会話は刺激が強すぎたのだ。
「ごめん。初音。よしっ、勉強始めようか」
文弥は黒のスクエア型のバックパックから大量の用紙を取り出すと、一馬たちの前に配り出した。
「な、何だこの紙の山は?」
一馬は三十枚はありそうな大量の用紙に驚愕している。
「僕が作成した数学Ⅰの問題集だよ! 問題集をやり込むのが一番いいからね」
「文弥くん……いくらなんでもこの量は多すぎない? 何日かかるのこれ……」
紬は青ざめた顔して、文弥に問いかけた。
「何言ってんの? これ全部今日で終わらすからね」
「文弥くん。わざわざありがとうございます。私、頑張るね」
気合いの入った顔をして、一人だけやる気満々の初音だった。
関数や公式と格闘すること三時間。
一馬と紬はようやく終わったと安堵していたが、『次の問題集だよ』と文弥が再び問題集を配り始めた。
「ふ、文弥? 何これ?」
一馬は青ざめた顔で文弥を見つめる。
「次の問題集だよ。今日はこれやって終わりにしようか」
文弥は当たり前のように答える。
「こ、これもやるの?」
絶望する紬。
「こんなに! ありがとう! 頑張るね! 文弥くん!」
またもや一人だけやる気満々の初音。
生真面目な文弥は容赦なく、勉強を教えるスパルタだった。
本人は無自覚だったが。
地獄のような勉強会が終わった頃には、一馬と紬は魂が抜けるくらい疲弊していた。
謎の声(……お疲れ様です)
勉強会を終えた帰り道、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
文弥は先に家が近い紬を家に送った後、初音を家まで送っていった。
「私まで送ってくれて、ありがとうございます。ふふ」
初音は文弥の隣を歩きながら、とても嬉しそうに微笑んでいる。
「夜道を初音を一人で帰らせるわけにはいかないからね。気にしないでいいよ」
「紬も瀬名くんも勉強頑張ってたね。瀬名くんのことちょっとだけ見直した。ふふ」
「うん、でも、これからテストまでもっと頑張らないといけないね」
文弥は人懐っこい笑みを浮かべ、初音を見つめる。
「そ、そうだね。もっと勉強頑張らないとね」
初音は頬を真っ赤にしながら、恋する乙女の瞳をして文弥を見つめ返す。
そんなたわいのない会話をしていると、初音の住むマンションの前まで着いた。
「明日も勉強会頑張ろうね。初音」
文弥は爽やかな笑みを浮かべて、サムズアップをする。
「送ってくれてありがとうございます。えへへ」
初音は文弥の目を真っ直ぐ見て、少し照れくさそうに微笑んだ。
「僕と初音の仲だろ。ふふ」
そう言うと、文弥は無自覚に初音の頭を撫でた。
「ひゃっ! そういうとこやめた方がいいよ! 文弥くん!」
耳たぶまで真っ赤に染める初音。
「何だかわからないけど。また明日ね」
文弥は一瞬キョトンした顔をしたが、すぐに清々しい笑顔に戻り去っていった。
初音は文弥に触れられた余韻に浸りながら、にやけた顔でマンションへと入っていった。
謎の声(ここだけだとただのラブコメなんだけどね……)
読んでくださりありがとうございました




