第2章第48話
ある日の放課後。
初音は紬と二人で、駅前のファッションビルを訪れていた。
明後日──二月一日は、文弥の誕生日。
今日はそのプレゼントを選ぶためのショッピングだ。
文弥には財布をプレゼントしようと決めていた初音だったが、いざ売り場を前にするとどれにするか決めかねて迷ってしまう。
「これなんてどうかな?」
見かねた紬が、シックな長財布を手に取って勧めてくれた。
「二つ折りの方がコンパクトで良くないかな?」
初音は、普段の文弥を思い浮かべながら、別の二つ折りの財布を手に取る。
「確かに、文弥くんならそっちの方が使いやすいかもね。あ、私はこの定期入れにしようかな」
お互いに納得のいく品が決まり、初音と紬は大事そうにそれぞれのプレゼントを抱えてレジへと向かう。
そして、文弥の喜ぶ顔を想像しながら、綺麗にラッピングをしてもらうのであった。
初音は受け取ったプレゼントをリュックに大切にしまうと、二人は小腹を満たすため近くのドーナツショップへと向かった。
「文弥くんと上手くいって良かったね」
紬は、心底嬉しそうに初音へとはにかんだ。
「うん、ごめんね」
初音は小さく唇をかみ、申し訳なさそうに瞳を伏せる。
「初音が謝ることじゃないよ。上手くいって良かったね」
紬は『気にする必要ないよ』と言わんばかりに、満面の笑みを浮かべてみせた。
「ありがとう。紬」
初音は嬉しそうに、パッと顔を輝かせて笑みを浮かべた。
「中学生の時からずっと好きだったんでしょ? あ、もっと前からか?」
紬は悪戯っぽい笑みを浮かべて小首をかしげる。
「えっ? 気づいていたの?」
予想もしていなかった指摘に、初音は大きく目を見開いた。
「うん、態度でバレバレだったよ。あははっ」
「……そうだったんだ」
頬を桜色に染め下を向く初音を見て、紬はニヤニヤと楽しそうに笑みを深めた。
「私は二人はお似合いだと思うよ。 初音も文弥くんも一途だもんね。まあ、文弥くんは寝取られ癖があるけど……」
何かを思い出したように、紬は苦笑していた。
「……そうなんだよね。たまに私にも求めてくるんだよね。きっぱり断ってるけど」
初音は困ったように眉を八の字に曲げた。
「そうなんだ? 相変わらずだね」
「紬の方はあれから早乙女先輩はどうなの?」
初音は心配そうに、紬に尋ねた。
「大丈夫だよ。図書館で会って以来会ってないし、もう、私のことは諦めたんじゃないかな」
初音の心配をよそに、紬はあっけらかんとしていた。
「……そうかなぁ? そんな簡単に諦める人ではなさそうだったけど」
神妙な面もちで、初音は紅茶を口にした。
「初音は気にしすぎだって」
全く気にしてない様子で、紬はコーヒーを飲み干した。
「……美月ちゃんも大丈夫かな?」
「……そっちは心配だよね。日常的に暴力振るわれてるみたいだし」
「警察とか児相に相談した方がいいんじゃないかな?」
「私も言ったんだけど、あれでも実の兄だからって……」
「……そっか、兄妹だもんね」
何も起こらなければいいな──。
心の底からそう願う初音だった。
「ねえ、初音。この後カラオケでも行かない?」
「うん、いいよ」
その後、二人はカラオケで心ゆくまで楽しんだ。
気づけば外はすっかり夕暮れ時。
オレンジ色の夕日に包まれながら、二人は並んで帰路へとついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
二月一日。
古びたインターホンが部屋に鳴り響き、文弥は玄関へと足を運んだ。
玄関のドアを開けると、初音と紬が微笑みながら佇んでいた。
「おはよう。初音」
「おはようございます。文弥くん。お誕生日おめでとうございます」
初音はリュックからプレゼントを取り出すと、文弥にそっと差し出した。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
「おはよう。文弥くん」
「ア・マキハラサン・イタンダ」
「もう、冗談はやめてよ。ははっ」
文弥のあからさまに無感情な態度に、紬はすっかり慣れてしまっていた。
「ボクハ・オオマジメナンダケド」
「これ私からの誕生日プレゼント」
紬は満面の笑みを浮かべ、ラッピングされた包みを文弥に手渡した。
「……アリガトウ」
物凄く嫌そうな顔をして、文弥はそれを受け取った。
貰った二つのプレゼントをリュックの奥へとしまい込み、三人は学校へと向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
教室に入るなり、クラスメイトたちに挨拶を交わして自分の席に着く文弥。
そこへ、千代が愛くるしい笑みを浮かべて、トコトコと近づいてきた。
「ふみっち、おはよう。はい、これ誕生日プレゼント!」
「ありがとう、ちよっち」
「気にしないで、お金払ったのはここっち先輩だから。あ、でも、選んだのは私だからね。にひひっ」
『ここっちは誕生日プレゼントまで買わされてるのか』そんなことを内心で思いつつ、文弥はラッピングされた箱を受け取った。
千代が自分の席へと戻るのを見届けると、さっそくプレゼントをまたリュックの底へ押し込んだ。
すると、今度は一馬が歩み寄ってくる。
「よう、これ、俺からのプレゼント。こっちは志歩さんから」
「ありがとう、一馬くん。志歩さんにもお礼を言っとかなきゃ」
一馬が差し出してきた無骨な包みを笑顔で受け取ると、文弥はさっそくスマホを取り出した。
慣れた手つきで志歩にお礼のメッセージを送信し、ポケットへと滑り込ませる。
「あ、あの、ちょっといいかな……? 一馬くん?」
その時、クラスメイトの大人しそうな女子が、顔を赤く染めて一馬に話しかけてきた。
「何? 何か用かな?」
普段あまり接点のない女子からのアプローチに、一馬は不思議そうに小首を傾げている。
「い、今、時間ありますか……?」
「ああ、大丈夫だけど」
促されるまま、一馬は彼女の背中を追って教室を出ていった。
何かあると直感した文弥は、二人の後をそっと尾行するように教室を抜け出す。
二人が隣の空き教室に滑り込むのを見届けると、文弥はドアの陰に身を隠し、そっと聞き耳を立てた。
「好きです! 私と付き合ってください!」
「えっ?」
文弥が睨んだ通り、それは愛の告白だった。
一馬は元々背の高いイケメンだ。
その上、最近は昔と違って、男女関係なく優しい態度を取るようになっている。
かつての『寝取り男』の評判はまだ残っているものの、必然的にある一定の女子からはモテるのだ。
「ごめん。俺、婚約者がいるんだ」
「こ、婚約者ですか?」
恋人を通り越した『婚約者』というワードに、彼女は驚いた。
「うん、だから君と付き合えない」
「……わかりました」
小走りで教室を出ていく彼女。
文弥は気づかれないように身を隠すと、そっとその場を離れ、自分の教室へと戻った。
そしてスマホを取り出し、志歩へとすかさず報告を入れる。
すると、秒で志歩からの返信が届いた。
画面には『文弥くん。報告ありがとう、情報料はすぐ振り込んでおくわ』という一文。
実は文弥、志歩専属の『スパイ』という裏バイトもこなしているのだった。
しばらくして、教室に戻ってきた一馬が、真っ青な顔をして近づいてきた。
「どうしたの? 一馬くん」
「し、志歩さんから『朝から告白されたらしいわね』ってメッセージが……。何で知っているんだ、志歩さん……」
「さあ、僕にはわからないな」
あくまでも惚け倒す、志歩のスパイ・文弥だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の昼休み。
文弥は、中庭でいつもの、初音、紬、千代、心愛、一馬の六人で昼ご飯を食べていた。
「文弥くん。これ私から。誕生日おめでとう。ふふ」
心愛が、丁寧にラッピングされた包みを手渡してきた。
「ありがとう。ここっち」
「ううん、大したものじゃないから気にしないでね」
「ここっち先輩。本当は手作りのマフラー贈ろうと思ってたんだけど、編みかたがガタガタでボロ雑巾みたいになったんだよね」
「余計なこと言わないで! あれは家のふみやのマットとして活用しているわ!」
「ここっち? ふみやって?」
「最近、飼った犬の名前なの。ほら、見て」
心愛は、これ見よがしに嬉しそうな笑みを浮かべ、スマホの画面を文弥に突きつけてきた。
画面には、可愛らしい豆柴の子供の写真が映っていた。
「わあ! 可愛い!」
動物好きの初音が、写真に飛びついてきた。
「でしょ! ふみやは世界一可愛いわ! ふふ」
ふみやを褒められ、心愛は上機嫌になっている。
「ふみや! 本当に可愛いね」
紬も写真に食い付いてきた。
「私はもう会ってるけどね。にひひっ」
千代が自慢気に胸を張る。
「そうなの? 私もふみやに会いたいなぁ」
初音が心愛におねだりしている。
「いつでも会いに来ていいわよ。ふみやはチンチンが得意なのよ。ふふ」
『名前変えてくれないかなぁ』と思う文弥だった。
謎の声(誕生日おめでとう。文弥)
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