第2章第42話
大晦日の夜。
文弥は初音と仲良く二人でテレビをぼーっと眺めながら、炬燵でみかんを食べていた。
文弥の母親と初音の両親はすでにそれぞれの実家へと帰っているため、この年末はずっと二人で過ごしていたのだった。
「文弥くんはいつおじいさんの家に行くの?」
「うーん、三日と四日に休みもらったから行ってくるよ」
「なら、私も三日と四日におじいさん家に行くことにするね」
「本当は初音と離れたくないんだけどね」
「私もずっと文弥くんと一緒がいいんだけどなぁ。ふふ」
謎の声(ラブラブなのはいいけど、おじいさんとおばあさんは大切にね)
「あ、このみかん甘いよ。はい、あーん」
「本当だ。甘い」
初音は自分が食べていたみかんの一房を、文弥に食べさせた。
「十年後も二十年後も、文弥くんとこうやってみかんを食べていたいな」
初音は少し頬を赤く染め、照れくさそうに笑った。
「大丈夫だよ。僕はずっと初音と一緒にいるから」
無邪気な微笑みを浮かべ、文弥が返す。
「嬉しいなぁ。えへへ」
とても嬉しそうに、初音はぱぁっと満面の笑みを咲かせた。
「明日の初詣は何時くらいに行く?僕、バイト午後からだから午前中行こうか」
「去年と同じ時間でいいんじゃないかな。朝早く紬と私たちの三人で行ったでしょ」
「……そうだったっけ?」
紬の名前が出た途端、何かのスイッチが急に切れたみたいに文弥は無表情になった。
「そういえば、最近全然紬と会ってないんだよね。元気にしてるのかな……」
「アレなら心配しなくても大丈夫だと思うよ」
全く無関心な文弥。
謎の声(ついにアレ呼ばわりになったよ)
「あの先輩と上手くいってるのかな?」
「あのクズの権化みたいな先輩と? 上手くいってんじゃないの。まったく興味ないけど」
本当にどうでもよさそうに、文弥は行儀悪く鼻の頭をかいた。
「だといいけど……」
「アレの話はやめてもっと楽しい話しようよ」
「紬のことになると、文弥くん、ちょっと冷たいよ」
「そうかな、僕はただアレのことを記憶から抹消したいだけだよ」
「もう、またそんなこと言う」
初音は不満気に頬を膨らませた。
「そんなことよりそろそろ年越し蕎麦食べようよ」
「わかった。お蕎麦を温めてくるね」
その後、年越し蕎麦を食べ終え、初音と楽しくお喋りしていると、あっという間に時間は流れていき、新年のカウントダウンが始まった。
文弥は初音を後ろから抱きしめながら座ると、テレビ画面のカウントダウンに視線を向ける。
『三、二、一、』という二人のカウントダウンとともに新年が幕を開けた。
「あけましておめでとう。初音」
「あけましておめでとうございます。文弥くん」
二人は見つめ合うと、そっと口づけを交わした。
「新年初キスだね。えへへ」
頬を桜色に染め、照れている初音を優しい瞳で見つめる文弥だった。
「初エッチもしちゃう?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、文弥は初音に尋ねた。
「いいよ。えへへ」
二人は仲良く手を繋いで、ベッドへと向かった。
白々と夜が明けて初日の出が顔を出すその瞬間まで、文弥と初音は、お互いの鼓動と体温を確め合うように求め合っていた。
謎の声(二人ともあけおめ)
◇◇◇◇◇◇◇◇
元日の朝。
文弥は眠い目をこすりながら、初音と一緒に初詣に行くため、近所の神社へと向かっていた。
神社に着くと、小さな境内にはすでに人が大勢押し寄せていた。
人混みに並び、順番を待つ二人。
お賽銭を投げ入れ、心の中で願い事を祈る。
初音の願いは、文弥の願いと全く同じものだった。
「文弥くんは何をお願いしたの?」
「初音がずっと自分の傍にいてくれるようにだよ」
「……そんなこと神様にお願いしなくても、私はずっと傍にいるから大丈夫だよ。ふふ」
朝から甘い空気を漂わせる文弥と初音だったが、人混みの中で、初音が見覚えのある姿に気づいた。
「あれ? あそこにいるの紬じゃない?」
初音は境内の端の方を指差す。
「僕には見えないな? 目の錯覚じゃないかな?」
頑なまでに視線を逸らし続ける文弥。
「絶対に紬だよ! 行こう!」
またかと思いつつ、文弥は初音の背中を追っていく。
二人で人混みの中を掻き分けると、境内の端で紬がポツンと立っていた。
「紬! 初詣に来たの? 一人?」
「……初音と文弥くん。初詣に来たんだけど。一人ではないよ」
紬の後ろから中学生くらいの可愛い女の子がちらりと姿を見せた。
「この子は紬の知り合い?」
「うん、早乙女先輩の妹の美月ちゃん」
「初めまして、私は浅井初音です。よろしくお願いします」
「早乙女美月です。よろしくお願いします」
「僕は秋月文弥。 よろしくね」
「……よ、よろしくお願いします」
文弥を見た美月は、どこか少し怯えるような仕草を見せた。
「みんなでおみくじ、引きに行かない?」
「初音。無理に誘ってはダメだよ。槙原さんたちは多分忙しいと思うよ」
頑として文弥は紬を遠ざけようとする。
「……別にいいけど。いい? 美月ちゃん?」
紬は遠慮がちに美月に尋ねた。
「はい! 面白そうですね!」
美月は満面の笑みを浮かべて答えた。
断るかと思ったら行くのかよと思いながら、文弥は初音のあとをとぼとぼ着いていった。
授与所で各々おみくじを引くと、中身を確認する。
「私は中吉だ。でも、恋愛運は思い叶うだって。えへへ」
初音は幸せそうな顔をして、文弥に向かって微笑んだ。
「当たってるね。 僕は吉だって、平穏無事ってことかな」
「私は大吉でした。うふふ」
美月が嬉しそうに、おみくじをみんなに見せてきた。
「紬は? どうだった?」
「……大凶だった。ははっ」
紬の乾いた笑いが、場を凍らせた。
「だ、大凶を引く確率ってすごい低いらしいし、ある意味レアなんじゃないかなぁ」
必死にフォローしようとする初音。
「そ、そうですよ。ある意味大吉より良いのかもですよ」
どの意味だかわからないが、美月も何とかフォローしようとしている。
「いや、大凶なんて最悪だろう」
フォローする気など微塵もなく、文弥は本音を漏らした。
「文弥くん! はっきり言ったらダメでしょ!」
「え? 何かマズかった?」
なぜ初音に怒られるのかが、文弥にはさっぱりわからなかった。
初音と美月が紬をひとしきり慰め終わると、文弥たち四人は神社を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕方。
初音は文弥の部屋を掃除しながら、バイトに行った彼の帰りを待っていた。
彼女は文弥の母親から合鍵を持たされているので、アパートへはいつでも出入り自由になっている。
勉強も運動も家事もそつなくこなす文弥だったが、どういうわけか掃除だけは苦手で、部屋の散らかり具合にはまるでお構いなしだった。
「もう、机の上をまたこんなに散らかして……」
初音が甲斐甲斐しく机の上を片付けていると、ふと、棚にある一冊の本に目が留まった。
それは、文弥が大事にしている──一冊の『NTRもの』のライトノベルだった。
初音は何気なくその本を手に取り、ページをめくり始めた。
内容は、彼女が他の男性と浮気し、寝取られてしまう男性の物語。
結局は浮気がバレた後、彼女と間男は主人公の男性に『ざまぁ』されるという、王道の展開だった。
「何で彼氏がいるのに、他の男性と肉体関係を持つのだろう」
初音には、その心理が全く理解ができなかった。
だが、同時に不穏な思考が頭をよぎる。
「でも、文弥くんは私が誰かに抱かれるのを望んでいるのかな……」
もし、自分が他の男性に抱かれている姿を見たら、文弥くんは喜んでくれるのだろうか。
「──ダメ。想像しただけで、鳥肌が立つわ」
他の人となんか絶対にできない。
身震いした初音が本を机の棚に戻そうと思った瞬間、ガチャリとドアが開いて文弥が部屋に入ってきた。
「何だ。初音。いたんだ。帰ったときに呼んでも返事なかったから、いないのかと思ったよ」
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて……」
バイトから帰ってきた文弥は、初音の手元に視線をやると、パッと目を輝かせた。
「あれ? 初音が手に持ってるのって、僕のライトノベルだよね? 読んでくれたんだ!」
「ち、違うの! これは掃除してただけで!」
慌てて否定する初音。
「嬉しいよ。初音も寝取られに興味が出てきたんだね……ううっ」
なんと、文弥は感極まって涙を流し始めてしまった。
「だから、違うって言ってるでしょ! 寝取られなんてこれっぽっちも興味ないから!」
その後、必死の説得を試み、文弥に何とか勘違いだと理解してもらった初音だった。
読んでくださりありがとうございました




