第2章第40話
クリスマス当日。
紬は昼に琉衣に呼ばれ、彼のマンションにいそいそと出掛けた。
もはや数多いる都合のいい女の一人に成り下がっていることなど、とっくにわかっていた。
それでも、今の紬にはここしか居場所がなかったのだ。
リビングのソファに腰掛けていると、不意に軽い声が降ってきた。
「あ、紬ちゃんだ! 元気にしてた!」
最近よく顔を合わせるようになった、琉衣のセフレの一人だ。
見た目は清楚な女子高生だが、中身はまるでスポーツ感覚で琉衣と性欲に溺れるような女。
「……別に普通です」
「じゃあ、琉衣くんと仲良くね! またね!」
昨夜、彼に抱かれたであろう女が何のためらいもなく、笑いながら部屋を出ていく。
「……うん、またね」
乾いた声でそう返しながら、紬はただ、空虚感を抱いていた。
彼女は重い腰を上げると、天井を見上げて一つため息をついた。
琉衣の部屋に入るなり、服を脱ぐように促され、言われるがままに衣服を滑り落とす。
「あ、紬ちゃん。今日も可愛いね」
相変わらず彼は優しそうな笑みを浮かべるが、今の彼女にはそれが偽りの仮面にしか見えなかった。
かつて心底思い知らされた文弥の、あの本当に優しそうな笑顔を脳裏に浮かべながら、紬は彼の腕に抱かれていく。
手慣れた愛撫に身体こそ快感を覚えてしまうものの、心はどこまでも虚しく、冷めきった感情に包まれていた。
幾度も身体を重ね合わせ、ふと気がつけば、窓から差し込む美しい夕日が二人を赤く染めていた。
「紬ちゃん、ピザ頼むけど食べてく?」
「ううん、私はもう帰るから……シャワー借りていくね」
「わかった。またね」
紬はシャワーを浴びるために部屋を出ると、美月とばったり出くわした。
「……あ、美月ちゃん。お邪魔してます」
「紬さん。顔色悪いですが大丈夫ですか?」
心配そうに自分を見つめる美月の視線から、紬はそっと目を逸らす。
「……だ、大丈夫だよ。ふふ」
紬は無理して、引きつった笑顔を取り繕った。
「もう兄さんとは会うのはやめた方がいいんじゃないですか? 紬さんは他の方たちみたいに今の関係を楽しんでるわけではないですよね?」
「……そんなことないよ……楽しいよ。私には琉衣くんしかいないしね」
「私には紬さんが泣きそうな顔で苦しんでるようにしか見えませんが……」
「大丈夫だって……シャワー借りるね……」
紬は決壊しそうになる涙を堪えて、その場を足早に立ち去った。
シャワーを浴び、マンションを後にして駅前を歩いていると、クリスマスのイルミネーションの中を幸せそうに歩くカップルたちの姿が目に飛び込んできた。
自分はひとりぼっちだと思うと、堰を切ったように、紬の目から大粒の涙が溢れてきて止まらなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クリスマス特有の浮かれた喧騒をよそに、一馬は今日もバイトに勤しんでいた。
バイト終えてマンションへ帰ると、ダイニングテーブルには大食い大会の撮影でもあるのかと思われるくらいの料理が並んでいた。
うなぎに牡蠣、豚肉とニラとニンニクの炒め物、すっぽん鍋など──いかにも精がつきそうな、あまりにも直球すぎる料理の数々。
一馬の背中に嫌な予感という名の冷や汗が走る。
「あ、一馬くん。おかえりなさい」
一馬に気づいた志歩が、完璧すぎる笑顔を浮かべて振り返った。
「……ただいま。この料理は志歩さんが作ったの?」
恐る恐る尋ねる一馬に、志歩は期待に満ちた目をきらりと輝かせる。
「そうよ。残さずいっぱい食べてね」
期待に満ちた目で志歩は一馬を見つめている。
「……こんなに食べられるかな」
だらだら流れる冷や汗が止まらない。
一馬は苦笑いを浮かべながら答えた。
「……うん、とりあえず先にシャワー浴びてくるね」
一馬は心を落ち着かせるため、シャワーを浴びにいった。
シャワー上がりに志歩特製のスタミナ料理を無理やり全部食べさせられた一馬は、リビングのソファにぐったりと体を預け、満腹の苦しみに耐えていた。
「どうだった料理は? 美味しかった?」
隣にピタリと腰掛け、上目遣いで顔を覗き込んでくる志歩。
「……うん、味はすごく美味しかったよ。物理的な量が多すぎただけで」
喉元まで出かかってる何かを必死に飲み込みながら、一馬は消え入りそうな声で答えた。
「これだけスタミナ付けたら、今夜は朝まで愛し合えるわね。ふふ」
志歩が妖艶な微笑みを浮かべて見つめてくる。
「……ど、どうかなぁ? 昨日も朝までしたし」
一馬の背中に再び冷や汗が流れ出す。
「それじゃあ、そろそろベッドに行きましょうか?」
「……もう少し待ってくれませんかね。今は動けそうもないので」
「わかった。何か飲み物でも飲む?」
「……水と胃薬をお願いします」
志歩から水と胃薬を受け取ると、一馬は一気に飲み干した。
しばらくして、お腹も落ち着いてきた一馬はコーヒーを飲んでいた。
「一馬くん。もう大丈夫そうね。行きましょう」
「え? どこにですか?」
「行くとこなんて一つしかないわ」
志歩は一馬の腕をがっしりとホールドした。
「もう少し休みたいんだけど! 志歩! 聞いてる」
志歩に手を引っ張られ、一馬は無理やりベッドへと連れていかれるのだった。
その後、志歩は朝まで寝かせてくれなかった。
一馬の苦悩は続いていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇
文弥は初音と少しお高めのレストランで食事をしながら、楽しいクリスマスの夜を過ごしていた。
お腹も心も満たされた二人は、イルミネーションと街灯に照らされながら、静まり返った街を歩き、アパートへの帰路につく。
古びたドアを開けて部屋に入ると、二人は居間の畳の上で、互いの体温を確かめ合うように抱き合って横になった。
「レストランの料理、美味しかったね」
「喜んでもらえて良かったよ。予約したかいがあったよ」
「連れていってくれて、ありがとうございます。うふふ」
「僕は初音の作った料理の方が好きだけどね」
「嬉しいな。私も文弥くんが作った料理の方が好きかな。えへへ」
謎の声
二人の間に流れる甘い空気を引き裂くように、テーブルの上のスマホが震えだした。
文弥がスマホを手に取り、画面を確認するとそこには母親からのメッセージだった。
『今日は実家に泊まるから初音ちゃんと仲良くね』画面を躍る文面を確認し、苦笑しながら視線を初音に戻した。
「母さん実家の方に泊まるって。……今日も泊まってく?」
「うん、そうしようかな」
いつでも泊まれるように、文弥の部屋のクローゼットには、彼女の着替えが当たり前のように用意されているのだった。
しばらくして、二人でシャワーを浴びるとそのまま引き寄せられるように一つのベッドへと横たわった。
文弥が上からそっと、優しく口づけを落とすと、二人は自然と見つめ合った。
そして、再び文弥が深い口づけを交わすと、初音がそれに応えるように舌を絡み合わせた。
互いの吐息を分け合うように、貪るように熱を求め合う。
そのまま文弥の手が、初音の豊かで柔らかなふくらみへとそっと触れた。
まるで大切な何かを扱うように、彼は愛おしそうにそれを優しく丁寧に揉み解していく。
徐々に呼吸を荒くしていく初音。
その硬くなった先端を、文弥は慣れた手つきで指でじっくりと愛撫した。
「……ん……あっ……文弥くん……」
初音の口から、熱を帯びた甘い吐息が漏れ出す。
その声を合図にするかのように、文弥はさらに手を動かし、彼女の胸を愛おしんだ。
やがて、初音の頬が愛らしい桜色に染まっていくのを見届けると、文弥は彼女の湿った秘部へと顔を寄せ、その舌で丹念に愛撫し始めた。
薄暗い部屋の中で、二人だけの世界でお互いの身体を激しく感じ合い、愛を確かめていく。
そして、二人はじっと見つめ合い、どちらともなく身体を重ね合わせた。
甘い空気がまだ漂うベッドの上、文弥の腕の中で小さな寝息を立てる初音。
その愛おしい寝顔を見つめながら、彼は静かに幸せを噛み締めていた。
どんどんとふくらんでいく初音への愛が、いよいよ『寝取られ愛』という歪んだ領域すらも超越していくのを感じる。
もう文弥の中では初音がすべてになっていた。
謎の声(寝取られ愛はもういいって)
読んでくださりありがとうございました




