第2章第37話
次の日の朝。
弱い日差しに、冬が近づいてくる気配を感じながら文弥はいつものように、初音と仲良く学校へと向かっていた。
教室の前に着くと、文弥は初音を見送る。
「じゃあ、また後でね。初音」
「うん、またね。文弥くん」
隣のクラスに入ったのを確認すると、文弥は教室へと入った。
すると、千代が真っ先に駆け寄ってきた。
「ふみっち。おはよう」
「おはよう。ちよっち」
「もう少しで冬休みだね。はつっちと遊び行ったりするの?」
「うん、クリスマスと初詣は一緒に過ごす予定だよ」
「相変わらずラブラブだね。にひひっ」
そんなたわいもない話をしていると、一馬と紬が入ってきた。
一馬はどこかすっきりした顔をしていたが、紬は涙で晴らした瞳でキッと鋭い目つきで文弥を睨みつけてきた。
きっと別れ話をしたのだろうと、察した文弥は触れないでおくことにした。
「ねえねえ、かずっちとつむっち何か変じゃない?」
千代が鋭い感想を述べてきた。
「そうかなあ? 気のせいじゃない」
惚ける文弥。
「つむっち何かめっちゃ怒ってたよ」
「まあ、人間だから機嫌が悪い日もあるよ」
「そうかなぁ」
「それより、ちよっちはクリスマスとかどうするの?」
文弥はさりげなく話題を変える。
「ここっち先輩の家に遊び行く予定だよ。私たち彼氏なんていないからね。」
「へー、二人は仲良いよね」
「遊んであげてるんだよ。ここっち先輩は友達いなくてぼっちだからかわいそうでしょ。にひひっ」
文弥が『あっ』と察した時には、もう遅かった。
いつの間にか、千代のすぐ後ろに心愛が立っていたのだ。
心愛は無言のまま千代のこめかみに拳をグリグリと押し込んでいく。
「い、痛いっ! 痛いよ! やめてぇ!」
「あなたが余計なことを言ってるからでしょ」
さらに心愛は力を込めた。
「ご、ごめんなさい! ここっち先輩!」
「ふう、はい、これ。私の部屋のテーブルに置き忘れていたわよ」
ようやく拳を離した心愛は、息をひとつ吐くとリップクリームを千代に手渡した。
「あ、朝、探してたんだ。ありがとう。ここっち先輩」
千代は痛みで涙目になりながらも、とても嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「ちよっちはここっちの家によく遊びに行くんだね」
文弥は無邪気な笑みを浮かべて尋ねる。
「うん、週五で遊びに行ってるんだ。ここっち先輩の家はめっちゃ広いんだよ。もう、お屋敷って感じ」
「へー、そうなんだ」
『週休二日制かよ』と思いながらも文弥は無邪気な笑みを浮かべた。
「ふ、文弥くんもいつでも遊びに来ていいわよ」
心愛はほんのり頬を赤く染めて、視線を彷徨わせた。
「うん、今度遊びに行くね」
そんな乙女心にはお構い無しで、文弥は無垢な笑みを浮かべて頷く。
「じゃあさ、冬休みになったらふみっちも一緒にここっち先輩の家に遊びに行こうよ。はつっちも誘ってさ」
「それはいいわね。ふふ」
友達が遊びに来ることを、本当に嬉しそうにしている心愛。
「決定ね。はつっちには私から言っとくね」
千代が胸の前で両手でグーポーズを作った。
文弥はまだ何も言ってないのに、話が勝手にどんどん進んでいく。
「私はそろそろ教室に戻らないと。また昼休みでね」
ニッコリと微笑むと、教室を出ていった。
「はい、また」
「じゃあ、いつ遊びに行くか決まったらメッセ送るね」
「うん、わかった」
一言も行くとは言ってないのだがと思った文弥だったが、仕方ないかと諦めた。
謎の声(ポンコツだけど悪い子ではないからね)
◇◇◇◇◇◇◇◇
バイトが終わり、一馬がコンビニを出ると前から黒塗りの外車が滑りこんで来て彼の隣に横付けされた。
スッと後部座席の窓が開き、志歩が顔を覗かせる。
「一馬くん。お疲れ様」
「あれ? 志歩さん? どうしたんですか?」
思わぬ人物の登場に、一馬は驚きを隠せない。
「そろそろ一馬くんのバイトが終わる頃だと思って迎えに来たのよ。ふふ」
「俺に何か用でしたか?」
「例の彼女とは別れたのでしょう?」
「……別れましたけど」
「それを聞いて安心したわ。私ね。あなたの告白を受けることにしたの。じゃあ行きましょう」
志歩は艶やかな薄笑いを浮かべると、そのまま窓を閉めてしまった。
「え? 告白って? どこに行くんですか?」
一馬の思考が追いつかないでいると、運転席から黒いスーツにサングラスをした大柄の男性が現れた。
夜なのになぜかサングラスである。
サングラスの男性は、スッと手際よく後部座席のドアを開く。
「一馬さん。どうぞ。お乗りください」
サングラスの男性は、一馬に丁寧に頭を下げる。
「ありがとう。嶺井。ほら、一馬くん、乗って」
絶対に乗りたくないと思う一馬だったが、サングラスの男性の早く乗れという圧力に負けて車に乗り込んだ。
「……失礼します」
車に揺られること十五分。
十階建てのビルの前へと、車が停車した。
運転席の嶺井が素早く車から降り、後部座席のドアを手際よく開ける。
「ありがとう。嶺井。降りるわよ。一馬くん」
「は、はい」
降りたくなかったが、降りなかったら海に沈められるのではないかという恐怖で一馬は足を震わせながら車を降りる。
ビルには『速水組』と書かれた大きな看板が設置されていた。
「……こ、ここは」
看板を見て一馬の顔がみるみる青ざめていく。
「ここは私の実家なの。あ、確かに昔は裏社会だったけど、今は真面目に土木作業をしている会社だから安心して」
志歩は安心してとばかりに、ニッコリと微笑む。
志歩がビルのエントランスへと向かうと、黒いスーツの男性たちが列を作って志歩を出迎えている。
『お嬢! おかえりなさい!』
黒いスーツ軍団が、一斉に志歩に向かって頭を下げていく。
黒いスーツの男性たちと『お嬢』という言葉に一馬はちっとも安心できないでいた。
「一馬くんを父に会わせたくて来てもらったの」
「え? 志歩さんのお父さんとですか?」
事態が全く飲み込めず、狼狽える一馬。
そんなことはお構い無しに、志歩は一馬の手を握るとエレベーターへと連れていく。
そのまま十階にある志歩の自宅へと案内されると、一馬はソファに座らされた。
一馬の前のソファに腰かけている着物を着た中年女性が、艶っぽい笑みを浮かべている。
「あら? あなたが一馬くん。志歩の母の速水牡丹よ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
「志歩は一人娘でね。少しわがままに育っちゃったけど大丈夫かしら?」
「いえ、全然大丈夫です。志歩さんには仕事でいつもお世話になっています」
そんな他愛のない話をしていると、絶対に何人か手をかけていそうな厳つい風貌の中年男性がやって来た。
「やあ、君が一馬くんかね。私は志歩の父親の速水星夜だ。そんな緊張してないで楽にしたまえ。あははっ」
見た目と違い物凄いキラキラネーム。
物腰の柔らかい口調が、かえって不気味で怖かった。
「お父さん。彼が結婚を前提にお付き合いしている一馬くんよ」
「えー!? 結婚? 付き合ってる? なんでそんなことに?」
志歩の衝撃的な言葉に、一馬は動揺を隠せずあたふたしている。
「え? 私のこと好きだって言ったわよね?」
「言いましたが、それはそういう意味ではなくてですね」
「え? あれは告白じゃなかったの? もしかして遊びだったの……?」
志歩は絶望的な瞳をして一馬を見つめた。
「……遊びだと」
遊びという言葉が出た瞬間、星夜の眼光が鋭く反応した。
蛇に睨まれた蛙状態の一馬。
「……………」
牡丹が無言で着物の懐から何かを取り出そうととしている。
キラリと怪しく光る小刀の刃を、一馬の目が一瞬とらえた。
「あ、遊びなんてとんでもないです! 志歩さんのことは本気です!」
命の危険を感じた一馬は、とんでもない大嘘をついた。
「良かったぁ。そうよね。一馬くんはそういうことする人とかじゃないわよね」
とても嬉しそうに微笑む志歩。
「そっか。そっか。一馬くんが成人したら式を挙げよう」
星夜は鬼の形相から笑顔に戻った。
「そうね。一馬くんのご両親にもちゃんと挨拶しないとね」
牡丹もにこやかな笑顔で、取り出そうとした小刀を懐にしまう。
その後、出前のお寿司がテーブルに並べられたが、一馬は全く味がしなかった。
地獄のような晩餐会が終わると、一馬は黒塗りの外車でマンションまで送ってもらった。
「送ってもらって、ありがとうございました」
「気にしないで。恋人なんだから。あ、そうだ。私、浮気だけは絶対に許せないから、覚えておいてね」
「浮気は絶対にしません! 大丈夫です!」
浮気したら俺は消されるかもしれないと震える一馬だった。
「もしも浮気したらあなたを殺して私も死ぬわ」
月夜に照らされた志歩の瞳が、狂おしい輝きを放っている。
『志歩の重い愛』という絶対に外せない足かせが一馬の足にかけられた瞬間だった。
なぜ志歩から男性たちは逃げていくのか。
彼女の真実を知った一馬だった。
読んでくださりありがとうございました




