第2章第34話
放課後、千代と図書室に向かうため教室を出た。
廊下で初音の到着を待っていたら、思いもよらない人物に声をかけられた。
「君たちすまない。紬を呼んできてくれないか?」
爽やかな笑みを浮かべる琉衣だった──。
「槙原さんのことですか?」
文弥が淡々と聞き返す。
「ああ、頼むよ」
ニコリと笑う琉衣。
「つむっち~! お客さんだよ!」
千代が教室に向かって、元気いっぱいに声を張り上げる。
「はーい!」
カバンを慌てて手にした紬が、駆け足でやってきた。
「やあ、行こうか」
琉衣は紬に向かって、優しそうな笑みを浮かべた。
「はい! よろしくお願いします」
紬は琉衣にとても嬉しそうに微笑むと、二人はそのまま廊下を歩いていった。
二人の背中を見送っていると、一馬が足早にやってきた。
「あ、かずっち。いいの?」
一馬に千代が尋ねる。
「ああ、何か勉強教えてもらうんだって。あ、文弥。このノートありがとな。じゃあ。また明日」
バイトがあるためか、文弥に嬉しそうにお礼を言うと一馬は足早に去っていった。
完全に真っ黒な紬のことを、一馬に打ち明けるべきか──文弥はずっと迷っていた。
けれど、このまま何も知らない一馬を放っておくのはかわいそうだ。
期末テストが終わったら、すべてを話そうと結論を出した。
「ふみっち。かずっちに渡したのって何のノート?」
「今回の期末テスト対策をまとめたノートだよ」
「へー、私も欲しかったなぁ」
「ちよっちとはこれから図書室で、一緒に勉強するからいらないでしょ」
「うーん、そっかぁ」
「お待たせ! 遅くなってごめんなさい」
すまなさそうな顔をして、初音が小走りでやってきた。
「いや、そんなに待ってないから。にひひっ」
千代が人懐っこい笑みを浮かべる。
「気にすることないよ。初音」
文弥が初音の頭をポンポンと撫でる。
「……もー、だから、そういうことは二人だけの時にしてってば」
照れながらも注意をする初音。
「ごめん。ごめん。」
そう言いながら、文弥はついでに千代の頭も優しく撫でた。
「ひゃっ!」
千代が顔を真っ赤にして、照れくさそうに身をすくめる。
「そういうこと他の女の子にしちゃダメだよ!」
初音がむっとした顔で、じとーっと文弥を睨みつけてきた。
その後、図書室で心愛と合流して、四人は暗くなるまでテスト勉強をした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
テスト勉強を終えた帰り道。
文弥は初音と一緒に、晩御飯のおかずを買いにバイト先でもある近所のスーパーへと立ち寄った。
文弥が食材を選んでいると、初音が特売コーナーへと小走りで向かっていく。
「見て文弥くん! 豚肉が安いよ!」
手際よく吟味するその姿は、どこかすっかり新妻のようだ。
「あ、本当だ。夜ごはんは豚の生姜焼きにしようか」
文弥は豚ロース肉を手に持った。
「あ、いいね。それ。玉ねぎとキャベツも買わないとね」
初音がうんうんと頷くと、野菜コーナーへと向かっていった。
食材をカゴに入れ、二人でレジへと向かうと結菜が満面の笑みで迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! 相変わらず仲良しね。羨ましいな。ふふ」
「い、いえそんなことは」
初音は大袈裟に手を振り、顔を赤くしている。
彼女の純情な反応が可愛くて、文弥は思わず目元を緩めた。
「僕たちはいつも仲良しなんで。あははっ」
文弥がそっと初音の肩を抱き寄せると、結菜は口角を上げつつも、どこか眼光鋭い笑みを浮かべた。
「当店は過度なラブラブ禁止だからね。ふふ」
「……は、はい、以後気をつけます」
結菜の迫力に圧され、文弥は頭を下げた。
会計を済ませると、二人は肩を寄せ合いながらアパートへの帰り道を歩いていった。
アパートの古びたドアを開け部屋に入ると、母親が仕事から帰ってきていた。
「お帰りなさい。文弥。 あ、初音ちゃん。いらっしゃい」
母親は初音に気づくと、温かい笑みを浮かべた。
「お邪魔します。えへへ」
初音が母親と軽いハグをする。
二人はそのまま仲良く、晩御飯の準備を始めた。
文弥が初音と付き合い始めたのを知った時、母親は心からホッとしたような表情を浮かべていたものだ。
今ではすっかり本当の親子のように接している。
三人での賑やかな晩御飯を食べ終えた文弥は、初音を彼女のマンションまで送り届けた。
帰り道、文弥が何気なく空を見上げたその瞬間、ひとすじの流れ星が尾を引いて消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
期末テスト当日。
文弥はすらすらと答えを埋めていくと、軽やかにペンをスッと置いた。
テストも全部終了し、安堵から文弥はグッと背筋を伸ばした。
ふと周りを見渡すと、一馬も紬も珍しく自信に満ちた表情を浮かべている。
今回の期末テストには手応えを感じている様子が伺えた。
特に一馬の方は満足気に微笑んでいた。
自分のノートが役に立って良かったと思う文弥だった。
千代がいつもの人懐っこい笑顔を浮かべて、文弥の席へと近づいてくる。
「ふみっち。テストどうだった?」
「まあまあだよ。あははっ」
「ふみっちはそう言いながら、いつも成績がいいからね。にひひっ」
「ちよっちも成績いいじゃん」
「ふみっちには敵わないよ」
二人は少し談笑してると、先生がやって来たので、千代は自分の席へと戻っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
テスト終わりの放課後。
文弥は一馬に少し話があると、いつもの空き教室へと呼び出した。
「ごめんね。バイトがあるのに」
文弥は一馬に向かって軽く一礼した。
「いいよ。気にすんなよ。でっ、話って何だ?」
一馬はにこやかに微笑んだ。
「槙原さんのことなんだけど……」
文弥は神妙な顔をして、話を切り出した。
「紬のこと? 何だ?」
一馬はぽかんとした顔をしていた。
「あのクソ女が早乙女先輩と浮気してるみたいなんだ……」
文弥は思わず、ドスの利いた本音がダダ漏れしてしまうのだった。
「えっ? 紬が浮気?」
驚きのあまり、一馬の顔から一気に血の気が引いていく。
「うん、これを見て」
文弥はスマホを取り出すと、画面を一馬に向けた。
そこには隠し撮りされた、琉衣と紬が深いキスを交わしている写真が映し出されていた。
「……………くっ」
思いもよらない残酷な現実に、一馬は絶句した。
「どうするの? もう寝取られてるかもしれないけど……」
「そっかぁ……少し考えるよ……」
「うん、わかった。何か手伝えることがあったら言ってね」
「ああ、ありがとう……文弥……」
一馬は無理に笑顔を作ると、フラフラしながら歩き始めた。
ガツン! っと一馬は勢いよくドアにぶつかった。
『教室のドアは自動ドアではないよ……大丈夫かな……?』と思いつつ、文弥はショックでふらつく一馬の、小さくなった背中を心配そうに見送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
文弥がバイトを終え、スーパーを出ると、今はあまり会いたくない人物に出会った。
「文弥くん! こんばんは! 最近、家に来てくれないわね! バイトが忙しいの?」
紬の母親がニコニコしながら、背後から声をかけてきた。
どうやら別れたことを、紬は母親に話してないみたいだ。
「バイトも忙しいのですが、それよりも僕たちはもう別れたので」
「え、別れたの? 紬は何も言ってなかったけど……」
紬の母親は大きく目を見開いた後、戸惑うように眉をひそめた。
『新しい彼氏もいますし、ついでに新しい浮気相手もいますよ』と文弥は言いたかったが、それは紬のプライベートなことなので、そのことは伏せておくことにした。
「一ヶ月くらい前に別れました。僕にはもう新しい恋人がいますし」
無表情で淡々と話す文弥。
「そうなの? それはおめでとう……でいいのよね?」
さらに困惑した表情の紬の母親。
「ありがとうございます。相手はおばさんもよく知っている初音です」
「え? そうなの? 初音ちゃんとお付き合いしてるんだ。こういうのもなんだけど、お似合いね。ふふ」
さっきまでの困惑した表情から一変し、紬の母親は優しい笑顔に戻った。
初音は紬の母親からもかなり好かれていた。
「では、僕はこの辺で失礼します」
文弥は丁寧にお辞儀をした。
「あ、呼び止めて長々とごめんなさい。またね」
「はい。それでは失礼します」
文弥は再びアパートへ歩み始める。
アパートに入ると、初音と母親がまた二人で仲良く台所で料理をしていた。
元々、初音は文弥と幼なじみだから、子供の頃から母親と仲が良かったが、最近はさらに仲良くなっている気がした。
文弥は二人の仲睦まじい光景をぼんやりと眺めていた。
謎の声(平和だね~)
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