第2章第31話
中間テスト当日。
試験開始の合図とともに、文弥は流れるようにペンを走らせて、すらすらと解答を埋めていく。
一方、その隣では、完全にフリーズした一馬と紬が、まるで未知の生命体にでも遭遇したかのように答案用紙を凝視していた。
結局、二人が奇跡を起こすこともなく、中間テストは無情にも終わりを告げた。
テストが終了し、意気揚々と帰宅の準備をしていると、人懐っこい笑みを浮かべ千代がやって来た。
「ふみっち! この後、テストの打ち上げするからファミレス集合ね!」
「えっ? うん、わかったよ」
教室にやって来た初音と正門で待っていた心愛と合流し、促されるまま文弥たち四人はファミレスへと向かった。
一馬と紬はただ呆然と、書かれていたテストの注意事項などは綺麗に消され、真っ白になったホワイトボードを眺めることしかできなかった。
ファミレスへ着くと、いつものように文弥が女性陣のドリンクをせっせと運んでいく。
一応、一馬と紬も千代が誘っていたのだが、二人はピクリとも反応しなかった。
「はい、ストレートティー」
文弥は女性陣の飲み物をそれぞれ置くと、初音の好きなストレートティーをそっと彼女の前に滑らせた。
「ありがとうございます。ふふ」
「相変わらずラブラブだね。にひひっ」
「本当ね。できれば他所でやってほしいけれど」
千代と心愛の目がまったく笑っていない圧力に負け、初音は思わず小さく縮こまる。
「……ご、ごめんなさい」
「でも、かずっちもつむっちはヤバそうだったよね」
千代が険しい顔をした。
「……うん、紬に『一緒に勉強しよう』って誘ったんだけど」
初音は心底心配そうな顔を浮かべ、少し視線を落とした。
「紬さん。初音さんに対しての敵対心が凄いわよね。わからなくもないけれど、ちょっと異常よね」
心愛は『はあ』っと深くため息を吐く。
「まあ、僕たちが気にすることではないんじゃないかな」
文弥は特に紬に関しては、まったく気にする素振りを見せなかった。
そんな中、店員がトレーにパフェを四個乗せて運んできた。
美味しそうなパフェが目の前に置かれる。
「わあ、文弥くんのシャインマスカットのパフェ美味しそうだね。」
「一口食べなよ。ほら、あーん」
文弥はパフェをスプーンで掬うと、初音の口元へと運んだ。
「美味しい。私のも食べて。あーん」
初音もスプーンで、自分のパフェを文弥に食べさせる。
二人のパフェよりも甘い世界を見せつけられ、千代と心愛は呆れ果てた。
「……ふみっちとはつっちさ……そういうのは二人だけの時にやってくれないかな」
「……本当よね……見てるだけで胸焼けしそうだわ」
「……ご、ごめんなさい」
頬を桜色に染め、あたふたと両手を振って照れる初音だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、一馬と紬はようやく現実へと引き戻され、気まずそうにお互いを見つめ合った。
「一馬くん。気分転換に何か食べに行こうよ。この前連れていってくれたレストランとかは?」
紬がすっと席を立ち上がり、甘えるように一馬に歩み寄っていく。
「ダメだ。予約取ってないし、何より金がない……」
一馬は頭を抱え、苦々しい表情で眉間にシワを寄せた。
「えっ? どういうこと?」
紬は目を丸くして、慌てて聞き返した。
「クレカは父さんに一時停止されたし、小遣いも十万に減らされたからそんな贅沢はできないんだよ……」
「……そ、そんなの嘘でしょ」
「嘘じゃねえよ……なあ、牛丼屋でも行くか?」
「はあ!? 牛丼屋!? いやよ、絶対に無理!」
紬はあからさまに見下すような視線を向け、激しく拒絶した。
「じゃあ、うちのマンションに来るか? カップラーメンならあるけど」
「いい! 今日は帰る!」
紬は不機嫌そうな顔をして、ズカズカと教室を出ていった。
帰り道、駅前を通った紬は、ファミレスの窓から楽しそうに仲良くパフェを食べている文弥と初音を目撃した。
紬の心にどす黒い嫉妬が、メラメラと燃え上がっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
一週間後。
数学の授業中に答案用紙が返却された。
これで全教科のテストが返ってきたことになった。
目の前に広げられた答案用紙を前に、一馬と紬は文字通り絶句していた。
鮮烈な赤字で彩られた点数。
なんと、全教科が赤点だった。
それは、二人の高校生活における『補習決定』という名の私刑宣告に他ならなかった。
その日の放課後。
頭を抱える二人を尻目に、文弥は完全放置して、スキップ踏みながらバイトへと向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
今日はクラス対抗の球技大会。
文弥も教室で準備を進めていた。
指定の体操着──半袖、ハーフパンツに着替えを終えると、胸を踊らせながらグラウンドに向かう。
開会式も無事に終わり、いよいよ大会の火蓋が切って落とされた。
ちなみに文弥の出番は、午前中は男女混合バレーボール、そして午後はドッジボールだ。
まずは午前の試合に臨むため、体育館へと歩みを進めた。
やがて文弥のクラスの出番が回ってきた。
相手は初音のいるクラスだった。
文弥に気づくと、初音は嬉しそうに微笑んだ。
文弥も彼女に無邪気に微笑み返した。
それを見た紬が、イライラして地団駄を踏んでいたが、文弥はそれを完全にスルーした。
「ふみっち! 今は敵なんだから、手を抜かないでよ!」
千代が『バァン』と文弥の背中を叩いて気合いを入れた。
「うん、大丈夫だよ。真剣にやらないと相手にも失礼だしね」
試合が始まると、さっそく紬のところへボールが飛んでいった。
紬はあたふたとしながらも、何とかレシーブしようとするが──バシッ! という乾いた音とともに、ボールは彼女の顔面へと直撃した。
『なぜ? そうなる?』と文弥は内心でツッコミを入れつつも気を取り直して前を向く。
次はチームメイトがレシーブしたボールを、千代が華麗にトスへと繋げた。
すかさず飛び上がった文弥は、相手チームの初音を目掛けて強烈なスパイクを叩き込む。
「きゃっ」
初音は何とか受け止めようとしたものの、ボールの勢いに押し切られてしまった。
「ナイス! ふみっち!」
「ありがとう。ちよっち」
文弥は相手が大好きな彼女でも、まったく手を抜く様子はない。
謎の声(真面目すぎるのも考えものだね)
続いて、相手のサーブが一馬を襲う。
一馬は必死に腕を伸ばして弾いたものの、跳ね返ったボールがそのまま自分の顔面にめり込んだ。
『何やってんの? あのポンコツカップルは? ガチ勢のチームに何であの二人を入れたの?』文弥が心の中で頭を抱えていると、再び千代のトスが上がる。
文弥の鮮やかなバックアタックが炸裂した。
そこから文弥のスパイクが次々と決まっていく。
試合を観戦する生徒から。
『三組の秋月くん凄いね』
『凄いジャンプ力だよな』
『ちょっとカッコいいかも』
『うん、恋人とかいるのかなぁ?』
『イケメンは地獄に落ちろ』
と嫉妬が混じった悪口まで聞こえてくる。
そんな歓声をよそに、コート上ではポンコツカップルが言い争いをしていた。
「一馬くん! 一馬くんもスパイク決めてよ! 背が高いんだし!」
「無茶言うなよ! 俺は運動苦手なんだよ」
試合中にポンコツカップルが揉め始めていた。
謎の声(じゃあ、何でこのチームに入ったの?)
文弥の活躍に呼応するようにクラスメイトたちも次々と得点を決め、二十二対十五と突き放した。
しかし──次第に相手の攻撃が、あのポンコツ二人へと集まり始める。
『マズい。相手チームに二人が穴だって完全にバレた……!』文弥は汗を流しながら焦り始めるのだった。
相手チームはポンコツ二人に狙いを定め、怒涛の連続得点で一気に追い上げてくる。
そんな中、相手チームの初音のスパイクが狙い澄ましたように紬の顔面を捉え、ついに二十二対二十二の同点まで追いつかれてしまう。
焦るチームを救うように、文弥が強烈なスパイクを相手コートに叩きつけ、これで二十三対二十二。
ここで文弥がギアをさらに一段上げた。
怒涛のスパイクが炸裂して、二十五対二十二で見事勝利を収めた。
その後の試合も勝ちを重ね、クラスは三位という好成績を残した。
優勝こそ逃したものの、ポンコツ二人のハンデを背負いながら勝ち取った結果に、文弥はクラスメイトとともに大喜びした。
その横で、ポンコツカップルはまだ醜いいがみ合いを続けていた。
愛と思われたメッキが、今、音を立てて剥がれ落ちようとしている──。
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