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彼女を寝取ったチャラ男と、反省して泣きつく彼女。だが一番おかしいのは新世界に目覚めた僕だった  作者: 燕


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第1章28話

次の日の朝。


文弥がいつものように初音と登校してくると、一馬から『悪いけど、隣の空き教室へ来てくれ』と呼び出された。


謎の声「──何か懐かしい感じだね」


文弥が空き教室へと向かうと、待ち構えていた一馬の隣に歪んだ笑みを浮かべた紬が立っていた。

 

文弥を見たとたん、紬はねっとりした悪意のある瞳で彼を睨み付けてくる。


「悪いな、文弥。わざわざ来てもらって」


一馬は心底すまなそうな顔で頭を下げた。


「気にすることないよ。それで話って何かな?」


「実は……俺と紬は正式に付き合うことになったんだ。だから、紬とは別れてほしい」


神妙な面持ちで、一馬は苦渋の決断のように告げる。


「うん、わかった。話ってそれだけ?」


表情一つ変えず、淡々と文弥は頷いた。


「……えっ? ああ、そうだけど」


全く関心無い反応に、一馬は逆に拍子抜けして呆気に取られる。


「……はっ?」


もっと慌てて動揺すると思っていた紬は、驚いて思わず言葉を失った。


「じゃあ。僕は教室に戻るね」


文弥は爽やかに片手を上げ、踵を返そうとした。

 

「ち、ちょっと待って! 文弥くんはそれでいいの!? 私たち付き合うんだよ! 寝取られ動画もこれで終わりなんだからね!」


優位に立てると思っていた紬は完全に文弥のペースにもっていかれ、思わず声を荒げた。


「うん、寝取られた彼女が寝取られ相手と結ばれる……これ以上のハッピーエンドはないよ。これこそが寝取られ愛だよ。僕の『作品』もこれでめでたく完結だね」


文弥は大きな仕事をやり遂げたかのようで晴れやかな満足感を浮かべ、うっとりと微笑むのであった。


「……へ?」


紬は思わず間抜けな声を漏らした。


「他に話がないなら、僕は行くね。ははっ」


絶句して立ち尽くしている二人を他所に、文弥は歓喜のスキップをしながら教室へと戻っていった。


文弥の中の何かが、修復されていくような音がした。


◇◇◇◇◇◇◇◇


その日のお昼休み。


中庭の芝生の上で、文弥はいつものメンバーに囲まれながら、心穏やかにお弁当の箸を進めていた。


「ねえねえ、ふみっち。かずっちとつむっちと、朝、何かあったの?」


千代が、抑えきれないといった様子で身を乗り出してきた。


「大したことじゃないよ。一馬くんと槙原さんが付き合うことになったんだって」


文弥はまるで他人事のように、平然とした顔をして告げた。


「……えっ? そうなの!?」


初音は箸をぴたりと止め、隠しきれない驚きの声を漏らす。


「うん、良かったよね」


何の温度を感じない声だった。


文弥は何の関心もない様子で、弁当を美味しそうに食べている。


「なら、文弥くんは紬さんと別れたの?」


心愛がここぞとばかりに、けれど少しおずおずと文弥に尋ねる。


「うん、もう別れたよ。ははっ」


清々しい笑みを浮かべ、文弥は嬉しそうに目を細めた。


「それじゃ、ふみっちはフリーなんだね。にひひっ」


千代が不敵な笑みを浮かべる。


「文弥くんは……紬と別れた……ぶふぉっ」


思わず変な声が出た初音。


「……わ、私が彼女になってあげてもいいわよ」


心愛の声があまりにも小さすぎて、文弥に全く聞こえない。


「どうしたの? 三人とも」


「ううん、別になんでもないよ」


千代がどこか嬉しそうに微笑んでいる。


「……あ、文弥くん。ハンバーグ好きだったよね。食べる?」


初音も嬉しそうな顔をして、弁当箱を文弥に差し出す。


「いいの。貰うね」


文弥は気を遣くことなく、ハンバーグを箸で摘まんで口に運んだ。


「……どうかな?」


不安そうな顔で、初音は文弥を見つめている。


「すごく美味しいよ」


「あ、ありがとうございます。えへへ」


「文弥くん、私のハンバーグも食べて」


満面の笑みを浮かべて、心愛は弁当箱を文弥の目の前に持っていく。


「ここっち先輩。それ冷凍のハンバーグでしょ。みんな食べ慣れてるっしょっ」


「うるさいわね! 私の一肌で、愛を込めて解凍したのよ!」


謎の声(それどんな解凍方法? 余計に食べたくない気がするんだけど……)


こうして四人は、いつも通りの賑やかなお昼休みを満喫するのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


その日のバイト終わり、文弥が他の店員に帰りの挨拶を済ませ、スーパーを出ると、店の前にはスマホをいじっている一馬が佇んでいた。


まるで、彼が来るのを待っていたように。


文弥に気づいた一馬は手元に落としていた視線を上げると、スマホをポケットに収めてゆっくりと歩み寄ってきた。


「よう、今、ちょっといいかな?」


どこか申し訳なさそうな顔で、一馬が尋ねる。


「別にいいよ」


文弥は爽やかな笑みを返した。


一馬が自販機で、文弥の好きなソーダを買うと、それを手渡してきた。


二人は人気のないスーパーの裏で、話をすることにした。


「悪かったな。こんなになっちゃって」


「槙原さんのことなら気にしないで、全然大丈夫だから」


「でも……寝取った形になっちゃったし」


「いいって、それを望んだのは僕だし。それよりも今まで寝取られ動画なんて変なものに付き合わせちゃってごめんね」


「気にするなよ。あれがなければ俺だって紬と付き合うことはなかったろうし」


「幸せにね。僕のことは、本当に一切気にしないで大丈夫だから」


後悔した様子は微塵も見せない文弥は、これ以上ないくらいの清々しい微笑みを浮かべていた。


「……ありがとう。文弥」


一馬の顔から、張り詰めた緊張がホッと解けていった。


「こんなところにいていいの? 槙原さんは?」


「ああ、今日は家に帰ってるよ」


「あまり外泊ばかりだと、槙原さんのお母さんが心配するからね」


文弥は柔らかな笑みを浮かべた。


「そうだな。これからは気をつけるよ。話に付き合わせて悪かったな。帰るわ」


言いたいことを伝えて満足したのか、一馬は、サッと片手を上げて背を向けた。


「うん、また明日学校でね」


去っていくその後ろ姿を、文弥はどこまでも優しい目で見送った。


彼は自分の寝取られ物語が、綺麗に完結したことを本当に喜んでいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


次の日の朝。


いつものように文弥が初音と並んで正門をくぐると、正面から恐ろしい視線を感じた。


そこに待ち構えていたのは、紬だった。


彼女は鬼の形相で、これっぽっちも隠そうとしない殺気を初音に向けて放ってくる。


それに気づいた初音が、身体を震わせ猛獣に睨まれた小動物のように怯えている。


「大丈夫だよ。初音」


文弥は初音の肩にそっと手を回すと、優しく抱き寄せると──。


「……は、恥ずかしいよ……文弥くん……ここ学校だから」


頬を真っ赤に染めて照れくさそうにしながらも、初音はこぼれんばかりの嬉しそうな微笑みを浮かべていた。


しかし、案の定、登校している生徒たちの視線が一斉に文弥と初音に注がれる。


それを見た紬の目から、今にもレーザービームでも飛び出すんじゃないかというほど、その眼光が凶悪に跳ね上がる。


今にも襲いかかりそうな紬を一馬が必死に抑えながら、どうにか校舎へと引きずっていく。


一方、顔を火照らした初音を促して、文弥も校舎へと向かった。


周囲からの好奇の視線を全身に浴びながら、文弥は初音を彼女のクラスへと送り届けた。


それから小さく息を吐き、自分の教室へと足を向ける。


すると、教室を踏み入れた瞬間、待ち構えていた千代がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて文弥に突撃してきた。


「おはよう。見てたよ。朝からラブラブだね。ふみっちとはつっちは。にひひっ」


「おはよ。そんなんじゃないよ。ちよっち」


文弥は千代の頭をそっと撫でてから、自分の席に着いた。


「そういうところだよ! ふみっち!」


千代は耳まで真っ赤にして、必死に訴えたものの文弥は生返事でうんうんと頷くだけだった。


そんな中、もはや、般若と化している紬を一生懸命宥めている一馬だった。


そんな空気など気にせず、自分の席に着いた文弥は、チャイムが鳴るまで予習を始めることにした。


やがて担任の先生がやって来て、SHR(ショートホームルーム)が始まる。


告げられたのは、十月に行われる中間テストの知らせだった。

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