第1章第24話
実力テスト当日。
教室に一馬と紬の姿はなく、空席のままホームルームが始まった。
自分の机で待機していると、テストの時間がやってきた。
文弥はスラスラと解答欄を埋めていき、すべてを書き終えると静かにペンを置いた。
テストが終了し、文弥は背中を伸ばした。
「ふみっち。テストどうだった? にひひっ」
ニコニコしながら千代がやってきた。
「うーん。まあまあかな」
「そういっていつもいい点取るんだよね。文弥くんは。うふふ」
千代の隣で、初音が微笑む。
「ねえ! 学校終わったら、ファミレスでテストの打ち上げしようよ!」
千代がキラキラと目を輝かせる。
「文弥くんは今日はバイト休みだよね?」
初音がトコトコと歩みより、少し覗き込むように文弥を見つめた。
「うん、休みだよ。行こうか」
文弥が素直に首を縦に振ると、千代が『やったー』とガッツポーズを作った。
「あ、ここっち先輩も誘っとこう」
千代はスマホ手に取ると、慣れた手付きで心愛にメッセージを送っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の放課後。
待ち合わせしていた心愛とも合流し、四人はファミレスでテストの打ち上げを始めた。
文弥がみんなのドリンクをトレーに乗せて、せっせと四人掛けの席へと運んだ。
「はい、初音のストレートティー」
文弥は初音の目の前に、飲み物を置く。
「ありがとうございます。文弥くん」
初音がにっこりと笑って、文弥にお礼を言う。
「ちよっちはコーラで、ここっちはメロンソーダね」
千代と心愛の前にも、飲み物をそっと置く。
「サンキュー。 ふみっち」
人懐っこい笑顔を見せる千代。
「ありがとう。文弥くん」
心愛は目の前のメロンソーダを一口飲んだ。
飲み物を配り終わると、文弥は初音の隣の席に腰を落とした。
「ここっち先輩はテストどうだった?」
「まあまあね。それなりにできたわ」
「ふーん、ここっち先輩って、勉強できるの?」
千代がニヤニヤしながら心愛に問う。
「私にできないことなんてないわ」
胸を張って、堂々と言い張る心愛。
『できないことだらけな気がする……』と思いながらも、文弥は黙っていた。
「ねえ、文弥くん。瀬名くんと紬がテスト来なかったけど大丈夫なのかな? どうしたんだろう? 二人とも体調が悪かったとか?」
「別に大丈夫じゃない。うちの学校は追試もないみたいだし。サボって遊んでるだけでしょ」
あくまでも無関心で、他人事の文弥であった。
「最近、かずっちとつむっちはいつも一緒にいるよね。ふみっちいいの?」
心配そうな表情で、千代は文弥に尋ねた。
「え? 何が?」
文弥は不思議そうな顔をして、きょとんと千代を見つめた。
「つむっちって、ふみっちの彼女なんでしょ?」
「……………………………うん、そうだよ」
文弥は一瞬、危うく悩みかけたが、彼女の設定だったのを思い出して何とか言葉を繋いだ。
謎の声(もう、設定って言っちゃってるよ)
「なに? 今の凄い長い間は?」
「文弥くんは最近、紬さんと二人で会ったりしてるのかしら?」
素朴な疑問を、心愛が真っ直ぐにぶつけてくる。
「ほとんど、会ってないな」
紬がたまに家に来ることはあるけど、寝取られてからデートなんてした覚えがなかった。
「いいの? 文弥くん」
初音が上目遣いで、心配そうに覗き込んでくる。
「別にいいよ。みんなといる方が楽しいし。あははっ」
──本気でどうでもいい。
文弥は心の底からそう思っていた。
その後も、四人の会話は弾み、楽しい時間を過ごした文弥だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
テストの打ち上げが終わった帰り道。
いつものように文弥は、初音を家まで送っていた。
夕方の六時を過ぎているが、まだ薄明かるさが残っていた。
初音のマンションのエントランス前まで送り届けると、文弥はそこで足を止めた。
「じゃあ、この辺で。また明日ね」
「あ、文弥くん! ちょっと待って!」
「何? 初音?」
歩き出そうとした足を止め、文弥は振り返った。
「す、少し部屋に寄っていかないかな?」
初音は耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いていた。
「え? でも、おばさんいるよね?」
突然のことで、文弥は珍しく驚いていた。
「うん、いるよ。実はお母さんが文弥くんに久しぶりに会いたいって言ってるの。行こう」
初音は文弥の手を握ると、強引に彼を引っ張り、マンションのエントランスの中へと入っていった。
マンションの中へと招き入れられると、リビングで初音の母親がソファに腰を落としていた。
「お母さん。ただいま」
「お邪魔します」
「あら? 珍しい。文弥くんじゃない。うちに来るの中学生の時以来じゃない。ふふ」
「ご無沙汰してます。おばさん」
「文弥くん。おばさんじゃなく薫子でしょ。ふふ」
薫子はソファから立ち上がると、文弥に歩み寄り、首に手を回して抱きついてきた。
そして、このままキスされるのではないかと思うほどの圧で、薫子は顔を近づけてくる。
「……すみません。薫子さん」
本当に初音の母親なのかと思うくらい、薫子は積極的で妖艶という言葉がピッタリの大人の女性だった。
「お、お母さん! 何抱きついてるの! 文弥くんが困ってるから、早く離れて!」
「あら、あら、ごめんなさいね。うふ」
薫子は文弥から離れて、彼を解放した。
「……いえ、大丈夫です」
手汗をびっしょりかきながら、文弥は直立不動になっている。
文弥は子供の頃から、過激なコミュニケーションを取ってくる薫子のことがちょっと苦手だった。
「もう、行こう。文弥くん」
初音は再び文弥の手を握ると、自分の部屋へと彼を連れていった。
「あらあら、ラブラブね。ふふ」
その光景を温かく見守る薫子だった。
部屋に入ると、初音がピンクのもこもこクッションを持って来た。
「これに座って。ふふ」
「うん、ありがとう」
文弥はクッションに、腰を落とした。
「お母さんがごめんね」
「気にしないでいいよ。でも、相変わらずだね。薫子さんは。ははっ」
「うん、文弥くんのことを気に入ってるから、余計にベタベタしようとするんだよね」
「それは光栄だね。薫子さんは美人だし」
「えっ? 文弥くんはお母さんみたいな人がいいの?」
「うーん、僕はどちらかというと初音みたいなタイプがいいかな」
『薫子さんみたいな人といたら、精気を抜かれそうだ』と思ったが、文弥は口には出さなかった。
「……え? わ、私。嬉しいなぁ」
初音は顔を真っ赤にして、嬉しそうに微笑んでいる。
「初音の部屋に来るのって久しぶりだよね」
文弥は、久しぶりに見た初音の部屋を軽く見渡した。
「紬と付き合い始めてから、全然、来てくれなくなったもんね。ちょっと寂しかったな」
「そうだったか。何かごめんね」
「ううん、文弥くんが悪い訳じゃないから、私も紬に気を遣って誘いにくかったし」
「あれ? あの写真は、入学式の時のやつ?」
文弥は壁にかかっている、フォトフレームに目をやった。
「うん、あれ、最後に文弥くんと、ツーショットで撮った写真なんだ」
「そうだったけ?」
文弥が中学時代を思い返すと、確かに、初音と一緒にツーショット写真を撮ったことはない。
そもそも、紬と付き合い始めてからは、二人だけで会うことも少なかった。
「初音。スマホで写真撮ろうか。二人で」
「え? いいの?」
「ああ、写真撮るくらい、浮気にはならないだろ」
「うん、ありがとうございます。文弥くん」
二人で写真を撮っていると、薫子が部屋にやってきて『今、晩御飯作ってるから、食べていきなさい』とだけ言い残し去っていった。
半ば強引に誘われたのだが、ちょうど、今夜は母親は夜勤なので、文弥は気兼ねなく夕飯をご馳走になることになった。
再び、部屋に乾いたノックの音が響き渡ると、薫子が入ってきた。
「これ、うちの旦那のジャージ。大きいかも知れないけど使って。あと、これバスタオルね。お風呂沸いたから入ってきなさい。二人で入ってもいいわよ。うふふ」
薫子は綺麗に畳んであるジャージとまっさらなバスタオルを部屋の床に置くと、思わせぶりに微笑んで部屋を出ていった。
「……ふ、二人で……一緒に……ブォフォッフォー」
初音は耳まで真っ赤にして、むっつりスケベを爆発させていた。
妄想モードに突入している初音を放って、文弥はお言葉に甘えてお風呂を借りることにした。
その後、薫子の手による豪華な料理の余韻に浸りながら、文弥はマンションを後にした。
すっかり暗くなった道を、足取り軽く歩いて行った。
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