第1章第23話
その日の夕方。
文弥はスーパーのバイトに勤しんでいた。
台車から商品を慎重に降ろし、丁寧に棚に並べていく。
仕事に集中していると、自分の聖地を荒らすやつらがまた現れた。
「やっほー、ふみっち」
ギャルメイクをバッチリ決めた千代が、コロコロと楽しそうに笑いながら背後に立っていた。
「お仕事中、ごめんなさい」
その横で、初音が申し訳なさそうな顔をしている。
「今日のおすすめは何かしら? 文弥くん」
初音の隣で、買い物する気満々の心愛。
また三人で来たのかと内心で苦笑したが、みんな買い物もしていってくれるので、文弥は強くは言えなかった。
「今日は唐揚げですかね? 美味しいですよ」
「唐揚げね。夕飯に買っていくわ」
「ここっち先輩。アイス食べたいな」
人懐っこい笑顔で、千代が心愛にねだる。
「あなたさっきもアイス食べてなかった?」
心愛は呆れた顔を向ける。
「アイスは別腹だから。にひひっ」
すがるような瞳で、千代が心愛を見つめる。
「もう、仕方ないわね。奢るわよ。文弥くん。お仕事頑張ってね」
「ふみっち。またねー」
やれやれといった様子で、心愛は千代を連れてアイスコーナーに向かう。
「いつもごめんね。文弥くん、お仕事頑張ってください。またね」
初音は深々と頭を下げると、二人の後ろを小走りで追いかけていく。
三人の背中を見送ると、再び品出しを頑張る文弥だった。
バイトが終わり、更衣室で着替えを終え、帰ろうとした時──文弥はレジを担当している結菜が若い男二人に絡まれているのを目撃した。
文弥は即座にポケットからスマホを取り出し、録画ボタンを押した。
「あ、あの、もう、お帰りください……他のお客様のご迷惑になるので……」
結菜は顔を青くさせ、酷く困惑していた。
「お姉さんの連絡先教えてくれたら帰るよ!」
いかにもチャラそうな二人組が、ニヤニヤとやらしい笑みを浮かべている。
謎の声(この二人、前にどこかで会わなかった?)
「ねえ、仕事終わったら飲み行こうよ」
「わ、私はお酒飲めませんので……」
見かねた先輩店員が、助け舟を出した。
「お客様。他のお客様の迷惑になりますので、そういうことはお控えください」
「うるせえ! ばばあは引っ込んでろ」
『やれやれスーパーでナンパとか、頭のネジが外れてるんじゃないか?』と呆れつつ、文弥はスマホを手にしたまま二人に近づいた。
「お客様。迷惑なんで帰ってくれますか?」
「あ、何だお前は? 邪魔すんじゃねえ」
「早く帰った方がいいですよ。 僕がこの動画をSNSにアップする前に」
文弥はスマホの画面を二人に見せると、撮っていた動画を流し始めた。
「……て、てめえ、撮ってたのか、ってかお前は海で棒をフルスイングした危ないやつじゃないか」
文弥の顔を見て、慌てふためく二人。
『あっ、この人たち海で紬をナンパしてた人たちだ』と、気づいた文弥。
「……くっ、帰るぞ!」
二人はそそくさと逃げていった。
文弥はスマホの録画を停止し、そのままポケットへと滑り込ませた。
「ありがとう! 文弥くん! 助かったわ!」
結菜はふうっと息を一つ吐き、安堵の表情を浮かべていた。
「いえいえ、じゃあ、僕はこれで」
「お疲れ様でした! またね!」
文弥は軽く頭を下げると、帰路へとついた。
謎の声(……君の頭のネジも大分緩んでいると思うけどね)
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日の放課後。
新学期が始まってすぐに実力テストがあるため、文弥はいつものメンツと図書室で勉強をしていた。
しかし、そこには一馬と紬の姿はなかった。
今日はバイトが休みなので、落ち着いて勉強ができると文弥は張り切っていた。
「かずまっちとつむっちも誘ったんだけど、用事があるんだって」
「大丈夫なのかな? あの二人? この前も赤点ギリギリだったし」
初音は心配そうな顔をしている。
「まあ、実力テストだし、赤点とかないから大丈夫なんじゃないかな。出席日数とか色んなことにかなり響くけどね」
文弥はこれっぽっちも心配する様子もなく、淡々と答えた。
「それで、何でここっち先輩も一緒に勉強しているの? 二年生じゃん」
しれっと一緒に勉強している心愛に、千代が素朴な疑問を叩き込んだ。
「別に一緒に勉強したっていいでしょ」
心愛は当たり前のように、その場に居座っている。
「まあ、ここっち先輩がいいなら、いいんだけどさ」
千代は珍しく、苦笑していた。
会話を止め、四人が黙々と勉強に集中していると、あっという間に日が暮れてきた。
「わあ、もうこんな時間か」
千代がスマホで、時間を確認する。
「そろそろ帰らないといけないわね」
参考書などを片付け始める心愛。
それを見て、文弥と初音も帰る準備を始めた。
四人仲良く駅前まで歩き、電車に揺られながらそれぞれの駅で降りていった。
駅前はまだ人通りが多く、人で賑わっていた。
「初音。家まで送るよ」
「ありがとうございます。うふふ」
初音は文弥の隣に、ピッタリとくっ付いて歩きだした。
「すっかり、日が短くなったね」
文弥が真っ暗な空を見上げながら、ポツリと言った。
「もう、九月だからね」
初音も文弥と一緒に、空を見上げる。
「文弥くんは明日と明後日はバイトだから、一緒に勉強できないね」
「うん、あれ? 初音が何で知ってるの?」
「秘密だよ。うふふ」
初音は文弥のバイトのシフトを完璧に把握していたのだ。
もちろん、彼には内緒で。
「まあ、いっか」
文弥は気にするのをやめた。
二人は楽しそうにお喋りを交わしながら、帰路につくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
文弥たちがテスト勉強をしている頃。
一馬と紬は昼間、遊園地で散々遊び倒した後──地平線に沈み込む、夕日が窓いっぱいに広がる高層階のレストランで、ディナーを楽しんでいた。
周りには高そうな服や装飾を施したカップルたちが、グラスを傾け合っている。
「ここの料理は本当に美味しいよね。連れてきてくれてありがとう。一馬くん」
「紬が喜ぶ顔が見れて、嬉しいよ」
「でも、私たち勉強しなくていいのかな?」
「今回はただの実力テストだから、受けなくても関係ないよ」
「そうなの?」
「ああ、テストなんて受けなくても大丈夫だし、赤点もない。内申にも響かないからサボろうぜ」
ただ遊びでサボっただけの理由では、出席日数や色々なことに影響することを一馬は知らなかった。
「なあ、今日も泊まっていくんだろ?」
「どうしようかな? 昨日も泊まったしなぁ」
「いいじゃん。泊まっていけよ」
「うん、わかった。ふふ」
少し考えたが、流されやすい紬はすぐに頷いた。
高級イタリアンを堪能した二人は、タクシーに乗り、一馬のマンションへと向かった。
部屋に入るなり、二人はバスルームに直行し、脱ぎ捨てた服をそのままにシャワーを浴びた。
シャワーを浴び終えるやいなや、二人は広い寝室のキングサイズベッドに滑り込んだ。
──そして、事の後、火照った身体を横たえる二人。
紬は一馬の腕の中で、先ほどまでの情事の余韻に浸っていた。
「一馬くん。昨日もしたのに今日もあんなに激しくするんだもん。びっくりしちゃった」
「うん? ダメだったか?」
「ううん、嬉しかったよ。愛してくれて」
「愛してるよ。紬」
紬の唇に一馬は口づけをそっと落とした。
謎の声(キス解禁されてたんだ……)
「私も愛してるよ。一馬」
一馬の胸に、火照った顔を恥ずかしそうに埋める紬。
「なあ、俺、紬とちゃんと付き合いたいと思ってるんだ」
「えっ?」
一馬の思ってもいなかった言葉に、紬は絶句した。
「文弥には俺から別れてくれるように、ちゃんと誠心誠意頼むからさ」
そんなことはこれっぽっちも考えてなかった紬は、目を見開き激しく動揺した。
「……私……文弥くん以外の誰かと付き合う気はないんだけど……」
思わず本音を紬はボソッと呟いた。
「え? なに? どうしたの? 紬?」
「その話はちょっと待って!」
紬は急に語気を荒げる。
「え? なんでだ?」
「文弥くんは寝取られ動画を楽しみにしているから、そんな簡単には別れてくれないと思うよ」
自分が別れる気がないのに、紬は文弥のせいにした。
「ちゃんと俺たちが愛し合ってることが解れば、文弥も許してくれるよ」
真剣な表情をして、一馬は懇願する。
「文弥くんに言うのまだ絶対にやめて!!」
紬はそれまでの甘い雰囲気を一変させ、取り乱したように悲鳴に近い声を上げた。
「……わ、わかったよ」
紬の迫力に圧され、一馬は渋々、従った。
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