第1章第21話
文弥がバイトを終えた午後。
いつものように帰り支度をしてスーパーを出ると、心愛がお店の前で待っていた。
文弥に気づくやいなや、心愛は早足で駆け寄ってくる。
「お仕事お疲れ様。文弥くん」
「ありがとう。ここっち」
文弥は心愛の頭を優しく撫でた。
もはや彼の中では心愛は先輩というより、すっかり気心の知れた友達になっていた。
「……えへへ」
先輩という威厳を忘れ、それを無自覚に受け入れている心愛。
謎の声(チョロい、あまりにもチョロすぎる)
「文弥くん、あの……これから何か予定ある?」
心愛は文弥の顔を覗き込むと、恐る恐る聞いてきた。
「うーん、特にはないかな」
予定もないので即答する文弥。
「……な、ならさ、今から二人でどこか遊びに行かない? ボウリングどうかな?」
心愛は顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに視線を落とした。
「いいよ。ボウリングって久しぶりだな。はは」
文弥が気安く微笑むと、心愛は嬉しそうに胸を撫で下ろす。
「──あー、ここっち先輩。図書館から失踪したと思ったらやっぱりここに来てた」
氷点下の笑みを浮かべた千代が近づいてくる。……その目はまったく笑っていなかった。
「何をしているんですか、心愛先輩!」
初音に至っては、もはや野獣のような殺意のある瞳で心愛を睨みつけている。
「……わ、私はただ文弥くんの勇姿を一目見ようと通りかかっただけよ」
「文弥くんはただバイトをしてるだけですよ!」
射抜くような視線で、心愛を徹底的に糾弾する初音。
──そんな修羅場の空気を完全に無視して、文弥は首を傾げた。
「これからここっちとボウリング行くんだけど。二人も行く?」
「ボウリング~! 行く! 行く! 絶対行く!」
満面の笑みで即座に食いつく千代。
「私も、もちろん行きます!」
初音はぐっと、気合いの入った拳を握りしめた。
……文弥を独占しようと目論んだポンコツ心愛の抜けがけは、モノの見事に失敗したのであった。
……落胆する心愛を尻目に、三人は駅前のボウリング場へ向かって歩き出した。
「ま、待ってぇ、みんな!」
慌てて三人の後を追う心愛だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ボウリング場に足を踏み入れると、四人はそれぞれのレーンの椅子に腰かけた。
どうせなら、ペアで対戦形式にしようよと千代が言い出した。
くじ引きの結果、文弥&心愛ペア、初音&千代ペアに分かれて対戦することになった。
ルールは ペア内で交互に投球する形式で行うことに。
負けたペアには、ハンバーガー奢りの罰ゲームが課せられることになった。
まず最初に初音が投じた球は、綺麗なカーブを描いてヘッドピンを打ち抜き、見事なストライクを決めた。
「ナイス! はつっち!」
「ただのまぐれよ。ふふ」
笑顔でハイタッチを交わす千代と初音。
続いて、文弥が投じた球は、唸りを上げて物凄いスピードで一直線にヘッドピンを貫いていった。
圧倒的パワーでもぎ取った、見事なストライク。
「さすがね! 文弥くん!」
「ありがとう!ここっち!」
次に相手チームの千代が投じた球は、スピードこそないものの正確なコントロールでヘッドピンを捕らえた。
が、四列目の一番右端の一本だけが残ってしまった。
続く初音が残された一本を手堅く倒し、スペアを獲得。
さて、心愛の番。
綺麗な構えから、とても美しいフォームで繰り出される第一投──かと思いきや、指がすっぽ抜けて球は後方へと放り投げられた。
だが、その球を文弥は平然とした顔でスライディングキャッチした。
「後ろに投げたら危ないよ。ここっち。ボールは前に投げないと」
「ご、ごめんなさい。手が滑ったわ」
事故による投球は特別にノーカウント扱いとなり、気を取り直し、『えいっ』と投げたものの、球は溝に向かって一直線に転がり盛大にガターとなった。
直後、文弥が見事に残りの全ピン倒してスペアを獲得する。
その後も文弥の驚異的なカバープレイで一時食らいついたものの、いかんせん心愛が投じる球は、ガターか、良くて端っこの一本を掠める程度。
謎の声(……どこまでもポンコツ姫だね)
「文弥くん……ごめんなさい」
「ドンマイ。ここっち」
文弥が爽やかな笑みをこぼして頭を撫でたが、これが初音と千代のやる気を無駄に倍増させてしまった。
文弥の頑張りも虚しく差はどんどん広がり、勝利したのは初音&千代ペアだった。
ボウリング場を出ると、四人は負けたペアの約束通り、近くのハンバーガーショップへと向かった。
「ボウリング楽しかったね」
初音がニコニコ笑いながら、小さな口でハンバーガーを頬張る。
「私も楽しかったわ。ふふ」
本当に楽しそうに微笑む心愛。
「ここっち先輩が思い切り足を引っ張ってたね。にひひ」
悪戯っぽい笑み浮かべる千代。
「ご、ごめんなさい……文弥くん……ここは私がお金を全部出すから……ぐすっ」
自分のポンコツぶりを反省し、涙ぐむ心愛。
「気にすることないよ。半分は僕が出すから」
心愛に無垢な瞳を向け、慰めるように彼女の肩にポンッと手を乗せた。
「……ありがとう。文弥くん」
心愛の顔に笑みが戻った。
その様子を、初音と千代が凄まじい殺気を放ちながら見つめていた。
店を出ると街並みは夕映えに照らされていた。
楽しい? 宴は終わり、四人は帰路へとついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日の午後。
バイトも終わり、帰ろうとしたら文弥は結菜に声をかけられた。
「文弥くん。駅前のファミレスでも行かない? お姉さんが奢るよ」
「ゴチになります!」
奢るの言葉を聞いた文弥は、速攻で二つ返事をした。
ファミレスへ入ると、文弥はすぐさまドリンクバーで結菜の好きだと言っていたハーブティーを二つ注ぎ、彼女が待つ席へと運んだ。
「どうぞ。ハーブティーです」
「ありがとう。文弥くん」
文弥たちが他愛のない話をしていると、見慣れた男女がファミレスへと入ってきた。
入ってきたのは一馬と、文弥といる時には見たこともないお洒落をした紬だった。
文弥と紬の目が合う。
一馬も文弥に気づき、文弥の元へ歩み寄ってきた。
「文弥じゃん。何してんだ?」
「バイト先の先輩と来たんだ。結菜先輩、こちら友達の一馬くんです」
「あ、どうもっす」
一馬が結菜に軽く頭を下げると、隣の紬も軽く会釈をした。
「こんにちは。ふふ」
結菜はにこやかな笑みを浮かべている。
「あの、文弥くん……こんにちは」
何か気まずそうにしている紬。
「こんにちは。紬」
文弥はそんなことは全く気にしていなかった。
「そんじゃ。またな」
「うん、またね。一馬くん。紬も」
「……またね。文弥くん」
一馬と紬は自分たちの席へと向かうと、ソファに腰かけた。
時々、紬は文弥のことが気になりチラチラと見ていたが、文弥はあっさりとガン無視を決めていた。
「学校のお友達?」
「はい、女の子の方は彼女です」
「へ? 彼女なの? いいの? 外の男の子といるけど」
「はい、彼は寝取り友達なんで」
「え? 何それ……」
今まで生きてきて一度も聞いたことがない衝撃的なワードに、結菜は思わず絶句している。
「きっと、デートでもしてたんじゃないですかね」
「いいの? 彼女なんでしょ?」
「はい、別に興味ないので」
文弥は一切の嘘偽りがない、心底どうでもよさそうな無垢な笑顔を浮かべている。
『は? 何言ってるの? 何で彼女に興味ないの?』と結菜の頭の中は混乱していた。
「つ、付き合ってるんだよね?」
「はい、付き合ってますよ。でも、プライベートは寝取り友達に任せているので」
『寝取り友達ってなに!? ネトラレってこと!? 最近の高校生の間で流行ってるの!?』結菜の脳内処理能力は完全に限界を迎えていた。
「結菜先輩。パフェ注文してもいいですか?」
「……えっ? あ、もちろん。いいわよ」
結菜は初めて聞いた言葉に頭がフリーズし、ストローをくわえたまま固まっていた。『寝取り友達って……それってもはや彼女じゃなくて――!?』と、頭の中で盛大なツッコミが渦巻いていたが、あまりの衝撃に言葉が出てこない。
「ありがとうございます」
文弥は満面の笑みを浮かべながら、タブレットでパフェを注文した。
『もうこれ以上彼女のことは聞かない方がいいのかしら』と思いつつも、結菜は文弥のことを放っておけなかった。
「ねえ、文弥くん。何か悩みがあるなら聞くからいつでも言ってね」
「はあ、でも、特に悩みはないです」
「いいから、あ、そうだ。連絡先交換しよう」
結菜はテーブルの上のスマホ手に取ると、文弥とメッセージアプリの連絡先を交換した。
その後、パフェを食べ大満足の文弥は、結菜にお礼を言い、ファミレスを後にした。
『文弥くん。大丈夫かしら?』と心配しながら駅へと向かう優しい結菜だった。
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