第1章第13話
駅前へのタクシー乗り場に向かうと、文弥、紬、初音の三人組と、一馬と心愛の二人に分かれてタクシーに乗り込んだ。
車を十五分ほど走らせると、目的地の別荘に到着した。
別荘は高台にあり、海が一望できる絶景が広がっていた。
潮風が吹き込み、磯の香りが五人を包み込む。
「わあ、凄い綺麗な海だね」
「荷物置いたら泳ぎに行こうぜ。スイカ割り用のスイカも用意してあるから」
「スイカ割りするなんて、僕、初めてだよ!」
文弥のテンションはすでに最高潮に達していた。
別荘の中へと入ると、各自、部屋に荷物を置き、水着に着替えTシャツを羽織った。
部屋割りは文弥は一馬と一緒の部屋で、紬と初音が同じ部屋、心愛は一人部屋に決まった。
全員の着替えが終わると、さっそく海岸へと歩き出した。
別荘にあったスイカやパラソル、レジャーマットなどを文弥が一人で持ち運んでいる。
「重くない? 私も持とうか?」
初音が心配そうな顔して、文弥に声をかける。
「これくらい大丈夫だよ」
平然とした顔で、優しい微笑みを初音に向ける文弥。
「凄い! 力持ちなんだね! 文弥くん!」
どさくさに紛れ、心愛が文弥の隣に行き肩を寄せる。
「文弥くんから離れてください! 雨宮先輩!」
紬が鬼の形相で、心愛を睨み付ける。
「隣を歩くくらいいいじゃない。ねえ? 文弥くん」
文弥の隣を歩きながら、心愛は上目遣いで甘えた声を出す。
「わ、私も良くないと思います!」
初音が心愛に向かって、大きな胸を張って主張する。
「何? あなたには関係ないでしょ? 爆乳さんだっけ?」
心愛がTシャツ越しからでもわかる、初音の豊満な胸を睨み付けた。
「あ、浅井初音です!」
初音は顔を紅潮させ、頬を膨らませた。
そんなやり取りを一馬は、苦笑しながらどこか他人事のように遠巻きに眺めていた。
謎の声(平和だね……)
◇◇◇◇◇◇◇◇
海岸へ着くと、男性陣がパラソルを立て陣地を確保する。
海岸は家族連れやカップルで賑わっていた。
そんな中、女性陣がTシャツを脱ぐと、周囲の注目を集める。
タンキニ・セパレート水着でもわかる物凄い主張をしてくる初音の驚異の育ちすぎた胸に、清楚系グラビアモデルのようなフリルビキニ姿の心愛。
そして、普通で素朴だが何となく目を引くワンピース水着の紬。
浜辺にいる男性からの熱い視線を、一気に集めていた。
そんなのはお構いなしに、入念な準備体操をし、文弥は海へと走り出した。
まさに水を得た魚のように、飛び跳ねるように泳ぐ文弥。
「文弥! バタフライは他の人の迷惑になるからやめた方がいいぞ!」
一馬の声は文弥には全く届かなかった。
他の四人も文弥の後を追い海へと入り、それぞれ泳ぎ出す。
少しすると、文弥は何か小さな物体を手に持って、満面の笑みで一馬の元へと泳ぎ寄ってきた。
「これ見てよ! 一馬くん! 浅瀬でヒョウモンダコ見つけたよ!」
「何素手で掴んでんだ! 猛毒だぞ危ないだろ! 興奮して青い模様が浮き上がってるじゃねえか! 早く元いた場所に置いてこい!」
慌てふためく一馬をよそに、文弥は目をキラキラと輝かせている。
「わかったよ!」
文弥が元いた場所にヒョウモンダコを優しく戻すと、再び深場に向かって泳ぎ去った。
謎の声(※ヒョウモンダコはテトロドトキシという猛毒を持っています。素手で触るのはやめましょう)
「だから、バタフライはやめろって!」
一馬の声が波の音とともに虚しく響いた。
そんな中、心愛が獲物を狙うサメのように文弥に近づいていく。
もう少しで文弥の元へと思ったその時、心愛は足をつってしまった。
「い、痛っ! 足つっちゃった! 助けて! 文弥くん!」
心愛に気づいた文弥は、物凄いスピードで心愛のところに泳いでいく。
「大丈夫ですか! ビッチ先輩!」
文弥の大声で、一躍海岸中の男性の好奇の目が心愛に向けられる。
「大きな声で、そのあだ名で呼ぶのはやめて!」
文弥はすぐさま心愛を抱き上げた。
「大丈夫ですか! ビッチ先輩!」
「うん、ちょっと足がつっちゃったみたいなの……しばらくこのままでもいいかな?」
文弥の首に手を回して、心愛は抱きしめるようにすがっている。
「別に構いませんよ」
周囲の目など一切気にする様子がない文弥は、無邪気な微笑みを浮かべている。
「ありがとう。ふふ。ちょっと照れちゃうな」
悪女ぶってはいるが男性に全く耐性のない心愛は、耳まで真っ赤にしてうつむいている。
「ビッチ先輩。顔が真っ赤ですけど大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ。文弥くんって筋肉質なんだね」
「まあ、毎日、鍛えてるんで、このまま海岸に戻りましょう」
「あ、ありがとう」
文弥は心愛の体をぐっと寄せると、片手で軽々と抱えたまま浅瀬まで泳ぎ切った。
浅瀬まで来ると、文弥は心愛を優しくお姫さま抱っこをして歩いて行く。
「……お、重くないかな?」
文弥の逞しい腕の中に抱かれ、顔をさらに赤くする心愛。
相変わらず彼女はチョロかった。
海岸に戻ると、紬が般若のごとくやって来た。
「な、何してるの!?」
後から初音も頬を膨らませながらやって来る。
「ふ、文弥くんから離れてください」
「ビッチ先輩が足をつったみたいなんだ」
文弥が、二人に告げると心配そうな顔で二人は心愛を見つめる。
「えっ? 大丈夫ですか? ビッチ先輩?」
紬が心愛に駆け寄る。
「揉みほぐした方がいいですよ! ビッチ先輩!」
さらに、初音も心配そうな顔で駆け寄る。
すっかりビッチ先輩が定着していた。
「……文弥くん……ちょっと恥ずかしいから下ろしてくれる?」
周囲の目に、困惑する心愛。
文弥はレジャーシートまで運び、丁寧に心愛を下ろした。
「ちょっと揉みますね」
無邪気な笑みを浮かべる文弥。
「えっ? どこを揉むの?」
頬を最大限に赤めるむっつり心愛。
「え? 足ですけど」
「あ、そ、そうよね。お願いしようかな」
「私、ミネラルウォーターを買ってきます」
紬が気を利かせて、自販機に走っていく。
「何か温めるものないか探してきます」
初音もすぐさま、コンビニ向かう。
元来の二人の優しい性格が、際立った。
「……何か悪いわね。ありがとう」
「いえいえ。気にしないでください」
「大丈夫ですか。ビッチ先輩?」
一馬が遅れて、走ってやって来た。
「……その呼び方やめてくれる?」
不機嫌そうな目で、一馬を睨め付ける心愛だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
心愛のつった足も良くなり、人気のない砂浜でスイカ割りを始める五人。
「文弥くん! もっと右だよ!」
文弥は目隠しをして、スイカ割り専用のヒノキの棒を握りしめる。
「あ、文弥くん! もっと左!」
右往左往する文弥。
そんな時、いかにもチャラ男です~! という風貌の男二人組が、紬たちに話しかけてきた。
「ねえねえ、君たち俺たちと遊ばない?」
チャラ男Aが、紬の腕を掴む。
「あっちで、俺たちとかき氷でも食べようよ~」
もう一方のチャラ男Bが、ヘラヘラと気持ち悪い笑みを浮かべる。
「や、やめてください」
本気で拒絶する紬。
「あ、あなたたち迷惑行為は良くないわよ」
ヘタレのくせして、後輩を助けようとする心愛。
「つ、紬に触らないでください!」
怖いけど、勇気を振り絞って親友を助けるために声を上げる初音。
「おいおい、お前ら何やってんだ!」
一馬がすかさず、やって来てチャラ男たちに掴みかかろうとしたその瞬間──紬の腕を掴むチャラ男Aの頭に目掛けて文弥がヒノキの棒をフルスイングする。
間一髪、避けたヒノキの棒はチャラ男の鼻先を掠めた。
「……い、いきなり! 何するんだてめえ!」
もうすぐで即死レベルのフルスイングに腰を抜かすチャラ男A。
「あ、すみません。スイカ割りしてたので間違えました。」
『いやいや、お前スイカじゃなくて人の頭をカチ割ろうとしてただろう。目隠しずれてるぞ』と思った一馬だったが、文弥への恐怖で何も言えなかった。
「……しらけちっまった行こうぜ」
こいつは関わってはいけないやつだと、すぐに察したチャラ男Aはチャラ男Bとともにそそくさと足早に去っていた。
「助けてくれてありがとう! 文弥くん!」
「僕は何もしてないよ。ははっ」
「そんなことないよ。嬉しかったよ」
「紬は僕の大事な人だからね」
狂った瞳で、紬を見つめる文弥。
「嬉しいな。へへ」
その瞳に気づかない紬は、純粋に嬉しそうに微笑んでいた。
五人はスイカ割りを再開して、楽しいお昼を向かえた。
謎の声(……アオハル? ちょっと違わない?)
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