第1章第11話
昨夜の雨が嘘のように、真夏の強い日差しが降り注ぐ朝。
終業式に向かうため、文弥は身支度をしていた。
出かける準備を整え、ふぅ、と一息ついたその矢先、古びたインターホンがじりりと鳴り響く。
玄関に向かった母親が、『文弥! 紬ちゃんと初音ちゃんが迎えに来たわよ』と声を張り上げるのが、彼の耳に届いた。
文弥が玄関に向かうと、向日葵のような笑顔を浮かべた紬と初音が立っていた。
「おはよう。文弥くん」
「おはようございます。文弥くん」
「おはよう。紬。初音。」
三人はいつものように、真ん中に文弥を挟む形で学校へ向けて歩きだす。
「一学期ももう終わりだね。何だか早かったな。ふふ」
初音が朗らかな笑みを浮かべて微笑んでいる。
「私は何だか目まぐるしく終わった感じだけどね」
色々と大変だったなと、思い返して苦笑する紬。
謎の声(あり得ない出来事が多かったからね)
「僕は物凄く楽しかったから、少し名残惜しいけどね」
謎の声(……二学期は自重しようね)
「文弥くんは夏休みはどうするの?」
隣を歩く初音が、文弥の顔を覗き込んできた。
「うーん、多分、僕は勉強してるかな」
「ふふ、相変わらずだね」
同じく隣を歩く、紬がクスクスと微笑んだ。
「今年も花火大会に行こうね」
文弥は去年、紬と初音と三人で行った花火大会を思い出した。
「うん、行こう」
紬が満面の笑みを浮かべた。
「楽しみだね。ふふ」
初音も楽しそうに微笑んだ。
「今年は一馬くんも誘おうよ」
「……私は別にいいけど」
紬は複雑な表情を見せる。
「私もいいよ」
一馬への嫌悪感が、かなり薄れてきた初音。
駅に着くと、流れるように電車に乗り込み、三人は電車に揺られて学校へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
終業式を終えると、一馬から『奢るから昼ご飯を食べに行こう』と誘いがあり、文弥と一馬、紬と初音は四人でファミレスへと向かった。
「へー、一馬くんみたいなクズのボンボンでもファミレスに来るんだね」
文弥は相変わらず悪気ない、無邪気な笑みを浮かべる。
「まぁ、普通に美味しいしな」
文弥の毒舌にもすっかり慣れてしまった一馬。
店員がやって来ると、文弥は嬉しそうな笑顔を浮かべてオーダーを告げる。
「蒸し鶏と彩り野菜のサラダを五人前ください」
「……お前、それ一人で全部食べる気か?」
頬をぴくぴく引きつらせる一馬。
それぞれ注文を終え、ランチを食べ始めた。
「親父が海の近くに別荘を所有してるんだ。夏休み、皆で遊びに行かないか?」
「さすが親の七光りのボンボンは違うね! 海か! 楽しそうだね!」
全く悪意はない、清々しい笑顔を見せる文弥。
「楽しそうだね。ふふ」
紬がニッコリと微笑んだ。
「わ、私は海とか苦手だけど、文弥くんが行くなら行きたいな。うふふ」
初音は恥ずかしそうに、頬を赤くして俯いた。
「今度新しい水着を買いに行こうよ。初音」
「うん、いいよ」
「僕らも買いに行こうよ」
子供がおねだりするような目で一馬をじっと見つめる文弥。
「何で男同士で水着買いに行かなきゃいけないんだよ」
「一緒に買いに行こうよ」
目をうるうるさせて子犬のような眼差しを一馬に向ける文弥。
「……わかったよ。行くよ」
文弥の可愛らしさに負けた一馬だった。
「やったー、あ、そうだ別荘での寝取られもいいね! 一馬くんと紬! お願いできるかな!」
狂った瞳を輝かせ、一馬と紬を見つめる文弥。
「……そ、そういうのはまた今度にしよう」
「……わ、私もやめた方がいいと思う」
文弥のまさかの無邪気な言葉に戸惑う二人。
初音も頬を真っ赤にして、卓上に気まずい無言の時間が静かに流れた。
最後の文弥の言葉に三人はドン引きしつつも、昼食会を終えた四人はそのままそれぞれの帰路についたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夏休みに入ると、文弥は家の近くの図書館で勉強することが新しいルーティンとなっていた。
小さな図書館だが、人も少なく冷房も利いていて文弥にとってはとても快適な場所だった。
気分よく勉強をしていると、黒髪のロングストレートの見知らぬ女子に声をかけられた。
「あの……秋月くん? だったかしら?」
清楚という言葉がピッタリな長い黒髪に整った顔立ち、澄んだ瞳で文弥を見つめている。
「はい、そうです。秋月ですけど……あなたは?」
「やっぱり! 初めまして! 私は同じ高校の二年の雨宮心愛です。よろしくね! うふふ」
「高校の先輩ですか。よろしくお願いします。あの? 何で僕のこと知っているのですか?」
「体育祭で凄く目立ってたからね。勉強? 隣座ってもいいかな?」
「はい。全然大丈夫です」
「ありがとう。ふふ」
清楚な笑みを浮かべて文弥の隣に座る心愛──だが……この女は、一見清楚に見えるが、『実は人の彼氏を奪うことに快楽を覚える』最低の女子だった。
体育祭で目立ってしまった文弥は、この心愛に完全にロックオンされていた。
謎の声(……ほぼクズとゲスと変態しか出てこないよね)
「何の勉強をしているの?」
「今日の分の勉強は終わったんで、今は寝取られ愛について勉強してます」
「……ね、寝取られ愛?」
一瞬心愛は自分の耳を疑ったが、文弥の真っ直ぐな瞳に吸い寄せられる。
「はい、やっぱり寝取られた彼女には愛を感じて欲しいんですよね」
寝取られた彼女に愛を? 心愛は意味不明だったがとりあえず話を合わせた。
「……そ、そうね」
「最近、僕の寝取られ彼女と寝取り友達がいい感じに良くなって、もっと良くなる方法がないかと勉強してるんです」
「……そ、そうなんだ」
寝取られ彼女と寝取り友達って何? 図書館で勉強するようなことなの? と疑問に思いながらも話を合わせる心愛だった。
「先輩って、美人さんですね」
何の下心もなく、純粋な笑みを浮かべる文弥
「……えっ? そ、そうかな?」
まさかのど真ん中のストレートの言葉に、心愛は耳まで真っ赤にして照れる。
な、なにこの子、こんな可愛い顔で無邪気に言ってくるなんて反則じゃないと心愛は動揺を隠せなかった。
心愛は人の彼氏を奪うと言ってもただ相手を好きにさせるだけで、交際経験はなく無垢で残念な女子だったのだ。
「長い髪とか凄い綺麗ですし、日本古来の幽霊みたいですね」
「……あ、ありがとう」
褒めてるのか貶してるのかわからない言葉だが、とりあえず心愛はお礼を言った。
「顔も凄い美形ですよね。一つしか違わないのに大人っぽいし」
「はふっ。そ、そんなことないよ。」
心愛は文弥の無自覚な言葉に、真っ赤な顔をして完全にペースを乱されていた。
「今、彼氏とか何人いるんですか? 三人はいますよね?」
文弥は目を爛々とさせて、興味津々で聞いてくる。
彼は美人にたいして、大きな偏見を持っていたのだ。
「……え?」
普通は彼氏は一人だろと思ったが、ここは三人くらいかなと答えた方がいいのかと心愛は戸惑った。
悪女を演じたい彼女だが、異性と付き合った経験がゼロなので何人が正解なのかがわからなかったのだ。
「これからはビッチ先輩って呼んでいいですか?」
「……そ、それはちょっと」
いいわけないだろと思ったが、文弥のキラキラした無垢な瞳で見つめられると心愛は強く断れないでいた。
「あまり話していると、他の方の迷惑になりますからお喋りはこの辺でやめましょう。ビッチ先輩」
「私たち以外にもう誰もいないわよ。それとビッチ先輩はやめてほしいのだけど……文弥くん。聞いてる?」
その後、文弥は帰るまで無言を貫いた。
文弥の頭の中で、心愛はビッチ先輩と認識された昼下がりの午後だった。
帰り際、心愛に頼まれLINEの交換を頼まれると、文弥は快くお友達追加をして帰っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
文弥が風呂場に行こうとしたたころ、スマホのバイブ音が部屋に鳴り響く。
スマホの画面を確認すると、ビッチ先輩からのメッセージだった。
『こんばんは いま暇かな?』
文弥はすかさず返信を送る。
『すみません 今から風呂に入るんで』
『ごめんなさい またメッセージするね』
『気にしないでください ビッチ先輩』
文弥は机の上にスマホ置き、風呂場へと向かった。
『ビッチ先輩はやめてくれないかな?』
『メッセージ見てる? 文弥くん』
『ビッチ先輩じゃなくて心愛って呼んでほしいな』
連続して鳴るバイブ音が、部屋に虚しくこだまする。
シャワーを浴びて、浴槽に浸かるとご機嫌で謎の歌を歌う文弥。
「寝取られた~♪ 寝取られた~♪ 今夜も彼女が寝取られている~♪ 寝取られ愛は永遠だ~♪ Fu~fu~fu~♪」
謎の声(変な歌を熱唱するのはやめて……近所迷惑だから……)
読んでくださりありがとうございました




