異世界の魔法と、私の知らない常識
アルベルト様の魔力を体感した翌日。
「リナ。魔法を体感した後、体調に変化などはありませんでしたか?」
「はい、何も問題ないです。ありがとうございます!」
「それなら、このまま魔法の練習を続けても問題なさそうですね。今日の定時が来たら、一時間ほど練習しましょうか」
「ありがとうございます。私は大丈夫ですが、アインス様はお時間、大丈夫ですか?」
「あなたが優秀なので、自分の時間がかなり増えました。感謝しているんですよ。ありがとうございます」
ニコリと笑った。
最近、笑顔が増えている。
アインス様はあまりみんなの前では表情を崩さないから、時折見せる笑顔の破壊力が凄まじい。
(やっぱり仕事に余裕が出てくると、笑顔も増えるんだな。自分が役に立てているようで嬉しい。それにしても……笑うと本当に綺麗な人だな。こんな間近で拝めるなんて、役得かもしれない。ありがとうございます、アインス様)
「お役に立てたようなら嬉しいです」
平静を装って、私もニコリと返事をした。
♦︎
定時に仕事が終わると、私はアインス様と資料室へ向かった。
アインス様は厚い本を何冊か取ると、机の上に置いた。
「今日は、実際に魔法を使う前に、この世界の魔法について少し説明しましょう」
「はい。お願いします!」
元の世界に魔法なんてものは存在しなかった。
せっかく異世界に来たのだから、魔法について知れるのは純粋に楽しみだった。
「まず、魔法を使うために必要なのが『魔力』です。魔力は生まれつき持っているものですが、その量や性質には個人差があります」
「じゃあ、魔力が多い人ほど強い魔法が使えるんですか?」
「基本的にはそうです。ただし、魔力量だけで魔法の強さが決まるわけではありません」
アインス様が指先を軽く動かす。
すると、机の上に置かれていた小さな水晶が、ふわりと浮かび上がった。
「これは風魔法を応用させています。魔力をどれだけ効率よく使えるか。そして、どれだけ正確に制御できるか。これも重要です」
「なるほど……」
昨日のアルベルト様の魔力は、とんでもない量だった。
けれど、それだけではない。
あれほど強大な魔力を、私を傷つけないように優しく包み込むことができていた。
「だから、アルベルト様はすごいんですね」
「……ええ。あの方の魔力量は、この国でも類を見ないほどです。普通の人の五倍ほどある方だと思います」
アインス様が少し遠い目をする。
「ただ、あの規格外の魔力をあれほど自在に扱えることの方が、私は恐ろしいと思っています」
「そんなにですか?」
「ええ。普通なら、あれだけの魔力を持て余して暴走すると思います」
昨日の光景を思い出す。
眩い黄金色の魔力。
圧倒されるほど強かったのに、不思議なくらい温かかった。
「……すごい人なんですね」
「そうですね。本人は大したことではないと思っているようですが」
「では次に、魔法の属性についてです」
「属性?」
「火、水、風、土。一般的には、この四属性が基本になります」
「基本属性は、誰でも使えるんですか?」
「ええ。ただし、得意な属性は人によって違います。水晶に現れるのは、その人が最も得意とする属性です」
すると、その指先に小さな水の球が浮かんだ。
「そこから派生する属性や、特殊な性質を持つ魔力もあります。光や闇、雷などです。使える人間はかなり限られます」
「氷は?」
「氷は水属性の派生です」
なるほど。
私は昨日測定された水晶を思い出した。
「じゃあ、私は水属性の魔法を細かく操れるってことですか?」
「正確には少し違います」
「え?」
「リナの魔力は、水属性から氷を生み出すこと自体よりも、その氷を極めて細かく制御することに長けています。言うなれば、氷の精密操作ですね」
アインス様が水晶を机の上に置く。
「例えば、この水を凍らせてみてください」
「私が?」
「ええ」
アインス様が水の入った小さな器を、私の前に置いた。
「昨日感じた魔力を思い出して……」
目を閉じる。
昨日、アルベルト様の魔力に触れたときの感覚を思い出した。
温かくて、力強くて。
その中に、自分の魔力をそっと流し込むような感覚。
「……凍れ」
ぱきん。
小さな音がした。
目を開けると、器の中の水が一瞬で凍っていた。
「できた……!」
「……」
アインス様が無言で氷を見つめている。
「アインス様?」
「……いえ」
アインス様は氷を持ち上げると、光に透かした。
「綺麗ですね。普通、初めて氷魔法を使った人間が、ここまで均一に凍らせることはできません」
「……そうなんですか?」
「ええ」
アインス様が氷を机の上に戻す。
「どこにも余計な魔力が残っていない。凍結の速度も均一。まるで最初から、どう魔力を流せば無駄がないのか理解していたようです」
「……」
私は氷を見つめた。
そんなことを言われても、自分では全然分からない。
「たまたまじゃないですか?」
「では、もう一度」
「え?」
「今度は、この氷を半分だけ溶かしてください」
「半分……?」
「左側だけです」
言われた通り、氷に意識を集中する。
冷たい魔力を感じる。
そこから、左側だけを少しずつ緩めるように――。
ぱき。
氷の左半分だけが水になった。
「わ! 溶けた!」
今度こそ、アインス様が完全に黙り込んだ。
「……リナ」
「はい?」
「あなたは、魔法を使うのが初めてですよね?」
「はい」
「……そうですか」
アインス様は少し考えたあと、小さく笑った。
「教えることが、あまりなさそうです」
「え! なんでですか?!」
「魔法を思った通りに操れるようになるまでには、普通ならかなりの時間がかかるものなんですよ。これほど正確にできるなら、技術的に教えることはほとんどなさそうです」
「そうなんですね……」
異世界から来た私の魔力が普通ではない。
それは、もしかしたら良いことばかりではないのかもしれない。
そんな私の表情を見て、アインス様が少しだけ声を和らげた。
「心配する必要はありません。珍しいというだけで、悪いことではありませんから」
「……はい」
「それに」
アインス様は机の上の本を一冊、私の方へ差し出した。
「これまで帰還方法が見つかっていない以上、何とも言えませんが、できることは多い方がいいでしょう」
「……!」
その言葉に、私は本を両手で受け取った。
「もっと勉強したいです」
「ええ。そう言うと思っていました」
アインス様が微笑む。
異世界に来てから、分からないことばかりだった。
けれど、少しずつこの世界のことが分かっていく。
「明日は、実際に街へ出てみるのもいいかもしれませんね」
「街?」
「魔法は騎士や魔術師だけが使うものではありません。この国では、日常生活にも普通に使われていますから」
「日常生活に?」
「ええ。料理、照明、冷却、運搬……見れば面白いと思いますよ」
「それ、ぜひ見てみたいです!」
魔法が使えることに驚いて、そしてワクワクした。
すごく楽しい。
この世界で魔法を学びながら、ここで過ごす時間を大切にしていけばいい。
そうしているうちに、自分が本当にどうしたいのかも、いつか分かるのかもしれない。
魔法説明回。ここもまた書き換えるかもしれません。設定ってほんと難しいですね。




