5. 堅物団長と、規格外な魔力
「……なるほど。水系統への適性が強く出ていますね。……その中でも、特に氷への反応が強い。ですが……少し妙ですね。詳しく調べてみないと」
アインス様がどこからか借りてきた魔力測定の水晶が、キラキラとした美しい光を放っていた。
「帰る方法を探すにしても、まずは自分の魔力を感じ取れるようになった方がいいでしょう。この世界の魔法を知っておいて損はありませんから」
「はい。お願いします!」
帰る方法がすぐに見つかるわけではない。それでも、できることがあるならやっておきたい。
「それから、魔法を使うための『魔力経路』も、一度きちんと通しておいた方がいいでしょう」
「魔力経路?」
「魔力を体内から外へ流すための通り道です。何もしなくても成長とともに形成されますが、この国では子どもの頃に、高密度で安定した魔力を一度通して経路を開きやすくします」
そうして一度通りやすくなった経路に、自分の魔力を繰り返し流すことで、少しずつ魔法の扱いに慣れていくらしい。
「リナは魔力の流れを捉える感覚には優れていますが、こちらの人間なら幼い頃に経験していることをしていませんからね」
「なるほど……。じゃあ、私もそれをすれば、もっと魔力を扱いやすくなるんですね」
「ええ。ただ、本来は専用の魔道具で魔力を圧縮し、密度を安定させて行うものです。今ここにはありませんから、今日はここまでにして……」
「なら、私が協力しよう」
聞き慣れた低い声に振り返る。
軍服をきっちりと着こなしたアルベルト様が、資料室の入り口に立っていた。
「あ! 団長! おかえりなさいませ。会議、終わったんですか? 予定より早かったのですね」
「ああ。二人ともいなかったので、こちらかと思ってな。明日にでも見てもらいたい資料を取りに来たんだ」
アルベルト様はアインス様の手元にある水晶へ目を向けた。
「今の話は聞こえた。アインス、私の魔力で代用できるか?」
アインス様は少し考えるようにアルベルト様を見た。
「……ええ。団長なら、魔道具を使わずとも必要な密度を維持できるでしょう。私が状態を確認しながら行えば問題ありません」
「そうか」
アルベルト様は頷くと、今度は私を見る。
「リナ。体調は大丈夫か?」
「はい。大丈夫です!」
「無理に今日する必要はない。君がよければ、私がやろう」
「あ、ありがとうございます! お時間いただいてすみません!」
「……君が帰ろうとしているのは、知っている。協力したい」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
アルベルト様が、そっと右手を前に差し出す。
次の瞬間、資料室の空気がぴんと張り詰めた。
手のひらの上に、見たこともないほど濃密な、眩いゴールドの魔力が集まっていく。
「……相変わらず、とんでもないですね」
アインス様が魔力をじっと観察しながら眼鏡を押し上げた。
「密度も安定しています。そのまま維持してください。リナ、先ほど私の魔力を感じた時と同じように、今度は流れだけを追ってみてください」
「はい」
「怖ければ、すぐに言ってくれ。止める」
アルベルト様が静かにそう言った。
圧倒されるほど強い魔力なのに、不思議と怖くはなかった。
目を閉じると、その濃密な魔力が少しずつ私の身体へ触れる。
温かい。
あれほど強い存在感を放っていたはずなのに、実際に触れた魔力は驚くほど穏やかだった。
押しつけられるような感じはしない。ただ、今まで細くしか通っていなかった場所を、温かな何かがゆっくりとなぞっていく。
「あ……」
身体の奥で、何かがすっと通った。
「分かります。さっきより、はっきり……。魔力が通る場所が分かる気がします」
「その感覚を覚えておいてください」
アインス様の声に意識を集中させる。
胸のあたりから腕へ。そこから指先へ。
温かな流れを追っていくうちに、さっきまでぼんやりとしていたものが、少しずつ輪郭を持ちはじめた。
「……すごい、です。圧倒的なのに、すごく優しくて……」
思わず目を開けてアルベルト様を見上げる。
アルベルト様は少しだけ目元を和らげた。
「掴めたようだな。君の集中力なら心配ないと思っていた。……やったな」
大きな手が、私の頭をポン、と一度だけ撫でた。
「……っ」
一瞬、心臓が跳ねる。
(……あ。なんだろう。ちょっとドキドキする)
いやいや。
成功したから、褒めてもらっただけだ。こういうのを勝手に特別な意味だと思ったらダメ。
アルベルト様は、部下のことをちゃんと気にかけてくれる人なんだから。
「……元の世界に帰れるといいな」
低く落ちたその一言に、思考が止まった。
顔を上げると、アルベルト様はまっすぐに私を見ていた。
「……はい。ありがとうございます」
帰れるかどうかは、まだ分からない。だけど、一緒に探してくれる人がいる。
それだけで、少しだけ前へ進めたような気がした。
頭に残った大きな手の感触だけは、なぜかしばらく消えてくれなかった。




