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トラウマ持ち事務員ですが、騎士団員たちの好意はきっと…勘違いです。  作者: 壬ひなた。


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4. 副団長の家庭教師と、堅物団長の過保護

 

 騎士団で働き始めてから、私は魔法について調べていた。


 けれど、資料を読んでも専門用語ばかりで、なかなか理解が進まない。


 そこで、魔術に詳しい人物はいないかとレオくんに尋ねると、名前が挙がったのが副団長のアインス様だった。


 団長であるアルベルト様も魔力には長けているらしいけれど、普段は騎士団の指揮や公務で忙しい。


 それに対してアインス様は、魔術や術式の研究にも造詣が深く、資料室の管理も任されているらしい。


 だから私は、まず彼に相談することにした。


「――なるほど。自分がこの世界に現れた『術式』を特定し、それを逆算して元の世界へ帰る魔術を探したい、と」


 騎士団の庁舎にある、ひんやりとした資料室。


 副団長は眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、私の申し出を静かに聞いていた。


 元の世界に戻りたいと、強く願っているわけではない。


 けれど、帰る方法があるのなら、知っておきたい。


 やれることを全部やった上で、それでも帰りたいのか――自分で選びたいと思った。


「はい。自分でも魔法を学び、帰還の手がかりを探したいのです」


「良いでしょう。魔法を学ぶ意志があるのなら、私が指導します。あなたが魔法を使えるようになれば、事務官としてできることも増えますし。……ちょうど今は昼の休憩時間です。さっそく魔力の感知から始めます。私の手に、あなたの手を重ねてください」


「えっ? いまからですか?」


「はい、そんなに時間はかかりません。これは体内の魔力の流れを最も効率的に伝えるための、最短の手順です。5分ほどで終わります」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 言われるがままに、副団長の細長く綺麗な手の上に、そっと自分の手を重ねる。

 その瞬間、彼の袖口からほのかに爽やかなシトラスの香りが漂ってきた。


(団長は香水が苦手だって言っていたけれど、副団長はお好きなのかな。すごく良い匂い……。それにしても、指が長くて爪もきれいだな。何だかドキドキしちゃう……。いや、何も考えないようにしよう)


 副団長は手が重なった一瞬だけ、ピクリと片眉を動かしたように見えた。けれど、すぐにいつもの冷静な声を室内に響かせる。


「力を抜いてください。こちらで合わせますから」


「あ、はい」


「では、私の魔力を流します。その感覚を脳に記憶させてください」


 直後、指先からひんやりとした心地よい魔力の粒子が、私の体へと流れ込んでくるのが分かった。冷たい水がじわじわと染み渡っていくような、不思議な感覚だ。


「……あ、動いた気がします。ここ、体の中のこのラインを通って、胸のあたりに集まっていくような……」


「ほう……初めてにしては、かなり正確ですね。魔力の流れを捉える感覚に優れているようです」


 普段はあまり人を褒めない副団長が、優しく知的な微笑みをふっと浮かべた。


 眼鏡の奥の紫色の瞳が、私を真っ直ぐに見つめている。あまりの美貌の破壊力に、私の心臓が不意にトクンと跳ね上がり、目を逸らすこともできなかった。


 その時――。


「――アインス。何をしている」


 あまりの威圧感に、思わず肩が跳ね上がる。


 資料室の入り口を見ると、見たことがないほど表情を強張らせたアルベルト様が立っていた。


 無造作に結ばれた銀の髪がわずかに揺れ、鋭い新緑の瞳がこちらを射抜いている。


 その視線は、私たち二人がぴったりと重ね合わせている「手」に向けられていた。


「団長。リナ殿は魔法を学び、帰還の手がかりを探したいそうです。そのために魔力感知の訓練をしていました。何か問題でも感じましたか?」


 アインス様は一拍置いてから静かに手を離し、平然と言い放つ。


「これが最も効率的なのですよ」


 アインス様の言葉に、アルベルト様は小さくため息をついた。


「……そうだったのか。いや……勘違いならいい」


 アルベルト様はわずかに首を傾げ、前髪の隙間から、深い優しさと――それから、どこか焦燥のようなものを湛えた新緑の瞳で私を見つめた。


「アインス、その魔力はリナ殿の負担にはならないのか? 初めて他人の魔力を受け入れるのなら、もう少し慎重に進めた方がいいんじゃないか」


 アルベルト様はそう言うと、私の手をそっと引き寄せ、包み込むように握った。


 ひんやりとした感覚が残っていた手に、アルベルト様の大きな手の温もりが重なる。


「リナ殿。元の世界に帰りたいという君の願いは尊重するし、私もできる限り協力しよう。だが、無理をして身体を壊しては意味がない。……今日はこのくらいにして、続きはまた今度にしたらどうだ?」


 少し真剣な言い方だけれど、包み込まれた手の温かさとその眼差しには、私の体を強く気遣ってくれている優しさがあった。


 それでも、アルベルト様はなぜかすぐには手を離さない。


(あ、アルベルト様って意外とお堅い上司なんだ……! 昼休みを削ってまで勉強して体調を崩したら、午後からの本業に支障が出るって遠回しに怒られたのかも。休むときはしっかり休めっていう、トップとしての真っ当な労務管理だよね。……うん、完全に私が悪かったな)


「団長はリナ殿にはずいぶん過保護でいらっしゃる。それに、今日は5分ほどで終わる予定でしたよ」


 アインス様は団長をジロリと見て、呆れたようにため息をついた。


「そ、そうか。事情も知らずにすまない」


 そこでようやく、アルベルト様は私の手を離した。


「……いえ! すみませんでした、アルベルト様! すぐに午後の公務の準備に戻ります!」


 私が慌てて直立不動で頭を下げると、アルベルト様はふわりとした笑顔を向けてくれた。


「いや、良いんだ。私こそ心配しすぎていたかもしれないな。……それと、リナ殿。皆のように『団長』ではなく、私の名前を呼んでくれるだろう。あれは少し嬉しいんだ」


「あ、皆さんのように『団長』とお呼びした方がよかったでしょうか……?」


「いや、これからもアルベルトと呼んでほしい」


 アルベルト様の眩しい笑顔に、胸がドキドキしてくる。


(どうしてこの世界の男性たちは、思わせぶりな態度の人が多いのかな。こんなの、意識して勘違いしちゃうよー)


「わかりました! アルベルト様!」


 平静を装いながら笑顔で返事をする。


「……なら、私もアインスと呼んでもらいましょうか。これからは魔法の指導もありますので。私はリナとお呼びしても?」


「あ! はい! アインス様! よろしくお願いします!」


「……リナ殿。私もリナと呼んでもいいか?」


「え? はい! 呼びやすい感じで、私は何でも大丈夫です!」


(名前呼びって普通なのかな? 距離が近く感じるのは、私だけ?)


 何だか急速に距離を詰められているように感じたけれど、気のせいだと思うことにした。


 この世界の人は、距離感が近いんだな。


 ……たぶん。

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