46.黒いウサギと、優しい夜
アインス様と魔法劇場へ出かけた日から、数日が経った。
あの日以来、仕事中にふとアインス様を見てしまうことが増えた。いつもと同じ軍服姿なのに、顔や立ち姿が目に入ると、前より少しだけ心臓が落ち着かない。
(……意識しすぎだよね)
そう思って書類へ視線を戻したところで、扉が叩かれた。
「失礼します」
入ってきたのはキリアンだった。
「お疲れ様です」
「お疲れ、リナ」
キリアンはアルベルト様へ何枚か書類を渡してから、私の方を見る。
「リナ、前にダンジョンで採った、アイスに使った素材あっただろ?」
「うん。パチパチするやつでしょ?」
「そう。それ」
忘れるはずがない。
あの素材のおかげで、久しぶりにポッピングシャワーっぽいアイスを食べることができたのだ。
「うちの実家、商会やっててさ。あの素材を扱えないかって話が出てるんだ」
「キリアンの実家って商会やってるんだ?」
「うん。まだ扱うって決まったわけじゃないけどね。どれくらい採れるのか、一度ちゃんと見ておきたいんだ」
「へえ……!」
あの小さな結晶が、普通に買えるようになるかもしれない。
そうなったら、わざわざダンジョンまで取りに行かなくてもアイスが作れる。
「それで、次の休みにもう一回行こうと思ってるんだけど」
キリアンが少し笑った。
「リナも行く?」
「行きたい!」
反射的に答えてから、はっとする。
「あ」
「どうしたの?」
「……アインス様」
横を見る。
アインス様は手元の書類から顔を上げた。
「何でしょう」
「あの。前に、次に素材を取りに行く時は一緒にって……」
「はい。言いましたね」
魔法劇場へ行く約束をした時、その次は素材を取りに行こうと言ってくれていた。
「今回はキリアンが実家の商会の用事で行くところに、誘ってもらったのでしょう。私との約束まで気にしなくて大丈夫ですよ」
アインス様が穏やかに笑う。
「私との約束は、また今度にしましょう」
「……はい」
「気をつけて行ってきてください」
「はい!」
安心して頷くと、キリアンが私とアインス様を交互に見た。
「副団長と次の約束があったんだね」
「そうなの。一緒に行ってくれるって言ってくださって」
「そっか」
その向こうで、アルベルト様だけが何となく難しい顔をしていた。
「今回は誰が同行する?」
「ミナトも誘ってます」
「ミナト?」
「前に冒険者やってた頃、あの辺で素材採取してたから。今回は少し多めに採る予定だし、人手があった方がいいかなって」
「確かに、ミナトなら慣れてるね」
「そういうこと」
アルベルト様が少し考えてから頷いた。
「リナ。一度行ったことがある場所でも、同じ状況とは限らない。危険だと思ったら、採取は途中でも切り上げて戻ってきなさい」
「はい」
アルベルト様に言われて、改めて気を引き締めた。
◇
そして、次の休日。
「なんか懐かしいな」
ダンジョンの入口を見上げて、ミナトが言った。
「ミナト、ここにはそんなによく来ていたの?」
「うん。ここにしかない素材があって、依頼で何度も採ってたからな。比較的安全だし、隣国からは少し遠いけど、わざわざ来てた」
「そうなんだ。素材によって、採りに行く場所もいろいろあるんだね」
「まあな」
隣では、キリアンが採取用の道具を確認している。
「今日は商会に持ち帰る分を少し多く採るけど、無理に奥までは行かないよ」
「うん。分かった」
「2人にも手伝ってもらうし、アイスの素材は好きなだけ持って帰っていいから。他にも気になるものがあったら言って」
「それならアイスの分、冷凍しておきたいな。寮に魔道冷蔵庫あるから、入れておけばまた食べられるよな」
「私も少し持って帰りたい」
「分かった。じゃあ、気をつけて行こう」
3人で、前に通った道を進んでいく。
前に来た時は、私にとって初めてのダンジョンだった。
何が出るのか分からなくて、ウサギの魔獣にすら怯えていた。
今も怖いものは怖いけれど、あの頃ほど緊張はしていない。
今日は、前より少し気を抜いていた。
「リナ」
「なに?」
「油断はしないでね」
ちょうど考えていたことを見抜かれて、はっとする。
「……してません」
「今、前より慣れたなーって思ってたでしょ」
「なんで分かるの?」
「顔」
「怖い」
「あはは!」
「キリアン、人の顔読むの得意だからな」
三人で話しながら進んでいると、道の先で白いものが動いた。
「あ、出た」
以前見たウサギの魔獣が何匹かいる。
けれど、近づかなければ向こうから襲ってくることはほとんどない。
今度は近くの岩陰に白い耳が見えた。
キリアンがウサギの少し手前に氷の弾を当てると、驚いたウサギが岩陰へ逃げていった。
「普通の個体なら、噛まれてもちゃんと処置すれば大丈夫だけど、いきなり出てくることもあるから気をつけてね」
「普通の個体ならね。例外もあるけど」
「ミナト、その言い方怖い」
「あはは。大丈夫。例外の個体なんて、本当に滅多にいないから」
「そうだよね」
「その台詞、なんかフラグになりそうじゃねえ?」
「フラグ?」
キリアンが首を傾げる。
「この後ほんとに起こっちゃうやつ」
「なんだそれ」
キリアンが笑った。
◇
そのまま何事もなく目的の場所までたどり着いた。
岩壁の隙間に、透明な結晶がいくつも光っている。
「結構あるね」
「前より多くない?」
「時期で多少変わるんだよ」
キリアンが専用の道具を取り出す。
前に教えてもらった方法を思い出しながら、私も採取を手伝った。
「これくらいあれば、十分かな」
「もっと採らなくていいの?」
「全部採ったら次がなくなるからね」
「なるほど」
「商売するなら、そういうのも考えないといけないんだな」
ミナトが感心したように言う。
「家の人たちはその辺、オレよりずっと詳しいよ」
「キリアンは商会の家なんだよね。ご家族でやってるの?」
「うん。商会は父さんと母さん、それから兄2人がやってる」
「キリアン、三男なんだ! なんかわかる! 3人兄弟?」
「あと妹が1人いるよ」
「へえ! 妹さんまで! きょうだい多いんだね。いいなぁ」
「にぎやかだったよ。子どものころは大変だったけど」
キリアンは昔を思い出すように、少し笑った。
話しながら採取を続けていると、岩の隙間の少し奥に、もう一つ透明な結晶が見えた。
「あ、あそこにもある」
手を伸ばす。
「リナ、あんまり奥まで手を入れないで」
「え?」
キリアンの声に振り向こうとした、その瞬間。
「痛っ!」
手に鋭い痛みが走った。
慌てて引き抜くと、黒いウサギが指に噛みついている。
「リナ!」
キリアンがすぐにウサギを掴み、噛みついた牙を外す。
地面へ落ちた瞬間、足元を氷が走った。黒いウサギの身体が、その場に凍りつく。
「見せて」
「噛まれちゃった! 腐っちゃう?!」
言いながら、自分の手を見る。
傷口の周りに、黒い光が滲んでいた。
「……これ」
キリアンの顔から、笑みが消えた。
「ミナト。ウサギ見てて」
「分かった」
「キリアン、これって……」
「たぶん」
一度、言葉が止まる。
「闇の魔石を食べた個体だ」
嘘でしょ。
前に一度しか報告がないって言ってたやつ。
本当に滅多にいないって言ってたのに。
キリアンがすぐにポーションを取り出し、噛まれた指にかける。
傷口が少しずつ塞がっていく。
「傷は大丈夫そうだね。でも――」
キリアンが私の手を見る。
傷は消えたのに、黒い光はまだ残っていた。
「すぐに帰ろう」
その瞬間、急に視界が揺れた。
「え?」
身体が熱い。
足元がおかしい。
「リナ?」
キリアンの声が遠くなる。
黒い光が一気に視界を覆った。
身体が縮むような、不思議な感覚。
次の瞬間。世界が急に大きくなった。
(……え?)
声を出したつもりだった。
でも。
「きゅ」
「…………」
自分で出した音に固まった。
(……きゅ?)
目の前には、さっきまで自分が着ていた服がある。
正確には。
服の山。
(…………待って)
嫌な予感がした。
自分の手を見る。
白い。
丸い。
そして。
毛。
(…………)
私はゆっくり顔を上げた。
キリアンとミナトが、こちらを見下ろしている。
「……リナ?」
キリアンがしゃがみ込んだ。
(そうです)
「きゅ」
「…………」
「…………」
ミナトが口元を押さえた。
「マジかよ……フラグのせい?」
服の中から抜け出そうとして、もぞもぞ動く。
その時。
キリアンが私の服へ手を伸ばした。
そして。
ぴたりと止まった。
「……」
(何?)
視線を追う。
「…………!!」
服だけじゃない。
シャツも。
その下に着ていたものも。
全部、その場に残っていた。
(下着まで残ってる!!)
「ミナト」
「ん?」
「こっち見ないで」
「は?」
「いいから」
キリアンはすぐに自分の上着を外し、私の服の上へかけた。
「……ごめん、リナ」
(何が?! どこまで見たの?!)
「きゅっ!」
「ごめんって」
(絶対見た!!)
「え、何? 何があったんだよ」
「ミナトは見なくていい」
「だから何だよ!」
キリアンはそれ以上説明せず、私をそっと抱き上げた。
残った服と下着を自分の上着でまとめて包み、カバンにしまうと、改めて私を腕の中に抱き直した。
「苦しくない?」
「きゅ」
「……たぶん、大丈夫ってことかな」
どうしてこんな時まで普通に優しいんだ。
いや。
それより。
(私、ウサギになってるんだけど!!)
「解呪用のポーションは持ってないから、急いで騎士団に戻ろう」
「きゅ」
もう、それしか答えられなかった。
◇
帰り道。
私はずっとキリアンに抱えられていた。
ミナトは採取した素材と、凍らせた黒いウサギを持っている。
「これ、誰が見てもリナって分かんないよな」
「分からないだろうね」
「俺もまだ信じられん」
(私が一番信じられない)
「きゅ」
「何?」
(何でもない!)
喋れない。
人の言葉は全部分かるのに、こちらからは何も伝えられない。
もどかしい。
しばらく歩いたところで、別の問題が発生した。
(……あ)
さっきから、なんとなく嫌な感じはしていた。
でも。
(待って)
これ。
(トイレ行きたい)
「…………」
私はキリアンの腕の中で固まった。
人間なら普通に「ちょっとトイレ行ってきます」で済む。
でも今はウサギだ。
(どうすんのこれ)
「リナ?」
キリアンが顔を覗き込む。
「どうした?」
(見ないで)
「きゅ」
「どこか痛い?」
(違う)
「きゅっ」
「降りたい?」
それだ。
私は勢いよく頷いた。
「分かった」
地面へ降ろしてもらった瞬間、全力で走る。
「リナ?!」
(来ないで!!)
振り返りもせず、少し離れた茂みの向こうへ飛び込んだ。
「ちょっと待って、リナ!」
後ろから足音が近づく。
(お願いだから。来ないでーーー!)
「きゅうっ!!」
思い切り鳴きながら振り返る。
キリアンが足を止めた。
「……え?」
少し遅れて近づいてきたミナトを、キリアンが片手で制する。
「ミナト、行こう」
「え?」
「リナ、後でこっちに来てね。あっちで待ってるから」
そう言って、キリアンはミナトを連れて少し離れていった。
(分かった?!)
私は茂みの奥へ消えた。
数分後。
何事もなかった顔で戻る。
「おかえり」
「きゅ」
(何も言わないで)
「……うん」
キリアンは何も聞かず、もう一度私を抱き上げた。
(尊厳は守った)
たぶん。
◇
騎士団へ戻ると、事態は当然のように大ごとになった。
「……リナ?」
アルベルト様が、キリアンの腕の中にいる私を見る。
「きゅ」
返事をする。
「…………」
アルベルト様が固まった。
「本当に、リナなのか?」
「はい」
答えたのはキリアンだった。
「ダンジョンで、闇の魔石を食べたと思われるウサギに噛まれました。その直後に変身しています」
ミナトが、凍らせたままの黒いウサギを見せる。
「こいつです」
アインス様の表情が変わった。
「解呪ポーションを持ってきます」
すぐに部屋を出ていく。
数分後。
戻ってきたアインス様が、小さな器へポーションを少量入れた。
「リナ。飲めますか?」
「きゅ」
器へ顔を近づける。
少し舐めた。
身体の奥へ何かが流れ込んでくるような感覚がある。
しばらく待つ。
「…………」
何も起きない。
もう一度舐める。
やっぱり。
何も起きない。
「……変化がありませんね」
アインス様が眉を寄せた。
「普通なら?」
「この種類の呪いなら、解呪ポーションで解除できるはずです」
アルベルト様が私を見る。
「身体に異常は?」
「きゅ」
「……分からないな」
困ったように言われる。
アインス様が私の身体へ手を当て、慎重に魔力を流す。
「生命力に異常はありません。痛みも……」
私が首を振る。
「なさそうですね」
「先日の測定と関係あるんじゃないですか?」
ミナトが言った。
「俺もリナも、こっちの人とは魔力の反応がちょっとずれてたじゃないですか」
「……可能性はあります」
アインス様が考え込む。
「噛み傷から直接入り込んだ魔力と、外から作用させる解呪術式では、干渉の仕方が違いますから」
「じゃあ、呪いは効いても、解呪だけ効かないことがあるってことですか?」
「まだ断定はできませんが」
アインス様は私を見た。
「通常の人間を想定した解呪術式が、リナの魔力とうまく噛み合っていない可能性はあります」
(そんな?! もしかしてずっとウサギのままって可能性もあるってこと?!)
「今日はこれ以上、無理に別の薬を試さない方がいいでしょう」
「ではどうする?」
「一晩、状態を見ます。明日、ルディにも確認させましょう」
一晩。
(私、このまま?!)
思わず耳が立った。
キリアンが気づく。
「大丈夫」
頭を撫でられた。
「明日また考えよう」
その言い方があまりにいつも通りで、少しだけ力が抜ける。
「でしたら、今夜は私が預かります」
アインス様が言った。
「私は治療もできますし、夜間も状態を確認できますから」
「いえ。オレが見ます」
アインス様がキリアンを見る。
「あなたは治療ができません。今夜、状態が変わる可能性もあります。何かあった時、すぐに対応できる方がいいでしょう」
「それは分かっています。異変があれば、すぐ連れてきます。それに、今日はずっと一緒だったので、今のリナの様子も分かります」
「ですが――」
「リナは、どうしたい?」
アルベルト様が私を見た。
(え)
今度は私が固まった。
アインス様。
キリアン。
交互に見る。
何かあった時のことを考えれば、絶対にアインス様の方が安心だ。
回復魔法も使えるし、魔法や薬にも詳しい。
でも。
(……トイレ)
さっきのことを思い出す。
言葉が話せない今、
また一から、トイレに行きたいことをどう伝えるか考えるのは恥ずかしい。
キリアンなら、もう分かっている。
またあのやり取りを繰り返すのはもう嫌だ。
私はキリアンの腕に前足を置いた。
「……オレでいい?」
頷く。
アインス様が小さく息を吐いた。
「……分かりました」
ほんの少しだけ間があった。
(違うんです。アインス様が嫌なわけじゃなくて)
そう伝えたくても、今の私には「きゅ」しか言えない。
「何か変化があれば、時間に関係なく連れてきてください」
「はい。分かりました」
「少しでも様子がおかしいと思ったら、すぐにです」
「はい」
「必ずですよ」
「はい。必ず連れてきます」
いつもより念を押す声に、心配してくれているのが伝わってくる。
私はキリアンの腕の中で、アインス様にも頷いた。
◇
その夜。
私はキリアンの部屋にいた。
部屋の中はこざっぱりしていて、ベッドもきれいに整えられていた。
窓にはチャコールグレーのカーテンが掛かっていて、物はあまり多くない。すっきりした部屋だった。
(…………)
改めて考える。
(……私、今日ここに泊まるんだ)
いや。
ウサギだけど。
キリアンは帰りに食べ物をいくつか用意してくれた。
「ウサギって、人参のイメージあるけど」
テーブルの上に小さく切った人参を置く。
「リナ、人参だけじゃ味気ないでしょ」
(分かってる)
「果物も少しあるよ。どれがいい?」
何種類か並べてくれる。
私は匂いを嗅いで、一つを選んだ。
「それ?」
頷く。
「じゃあ、それにしよう。こっちもおいしいよ。少しいる?」
頷く。
当たり前みたいに言って、小さく切ってくれる。
さっきまで、キリアンの部屋に泊まることに少し緊張していた。
でも、いつもどおりに話しかけてくれるので、私も気づけば普通に食べたいものを選んでいた。
(……なんだか、気が楽になったかも)
「水はここね」
低い器を置く。
「あと」
一度、少し言いにくそうに止まった。
「昼間は、ごめんね」
(昼間?)
「急に走って行ったから、何かあったのかと思って追いかけたけど」
あ。
「……トイレだったんだよね?」
(言わなくていい!!)
「きゅっ!」
「あ、ごめん」
思わず前足で床を叩く。
キリアンが少し困ったように眉を下げた。
「でも、見られるの嫌だよね。どうしようかと思って」
部屋の隅を見る。
「一応、見えないようにはしてみたんだけど」
簡単に目隠しされた場所が作られていた。
「これなら大丈夫?」
「…………」
頷く。
「よかった」
それだけ。
笑いもしない。
からかいもしない。
(……優しいな)
ミナトの話を思い出した。
この世界へ来たばかりのミナトに、魔法を教えて、生活できるようになるまで手伝った。
その時も、こんな感じだったのかもしれない。
困っていることを見つけて。
どうすれば困らないかを考えて。
何でもないことみたいにやってしまう。
面倒見がいいとは思ってたけど、ここまでだとは思わなかった。
「さて、そろそろ寝ようか。疲れたでしょ」
キリアンが手をかざすと、さっぱりした感覚があった。
(浄化魔法……。お風呂入らなくてもいいのって便利……)
それから私の寝床を作ってくれることになった。
キリアンがベッドを見る。
次に、私を見る。
「リナ、一人で寝る?」
(…………)
「知らない部屋だし、不安ならこっち来る?」
少しだけ笑って、ベッドを軽く叩く。
「嫌じゃなければ」
(…………)
キリアンのベッド。
(一緒に寝るってどうなんだろう。でも、今の私は何かあっても言葉で伝えられないし……)
近くにいる方が、変化にも気づいてもらいやすいかもしれない。
少し迷ったあと、床からベッドへ飛び乗る。
「あ」
キリアンが笑った。
「こっちがいい?」
頷く。
「分かった」
ベッドの端に、柔らかい布を畳んでくれた。
「ここなら落ちないかな」
そこへ座る。
キリアンも横になった。
思っていたより近い。
(……近いな)
でも、不思議と嫌ではなかった。
頭の上に手が乗り、耳の間から背中まで、ゆっくり撫でられる。
(……気持ちいい)
優しく何度か撫でられているうちに、身体から力が抜けていく。
「ふふ……ほんと可愛いな」
(…………)
キリアンが小さく笑った。
「リナは嫌だろうけど」
(嫌です)
「このまま一緒でも、オレは全然いいけどね」
(私はよくない!!)
後ろ足で、キリアンの腕を蹴った。
「痛っ」
すぐに笑い声が聞こえる。
「あはは。ごめんごめん」
(当たり前でしょ!)
「ちゃんと戻すから」
もう一度、頭を撫でられる。
「大丈夫」
(…………)
そう言われると、不思議と気持ちが落ち着いた。
私は少し迷ってから、キリアンの方へ身体を寄せた。
キリアンは何も言わず、頭をゆっくり撫でてくれた。
ウサギのままなのは絶対に嫌だ。
明日になっても戻れなかったらどうしようとも思う。
それなのに。
慣れない部屋の、キリアンのすぐそばで。
さっきまでより少しだけ、怖くなくなっていた。




