44.水晶の反応と、王都の案内
便利な道具の話は、王国魔術団の建物に着いても続いていた。
中へ入り、ルディ様に案内されて奥の研究室へ向かう。ミナトが一つ話すたびに、ルディ様は楽しそうに質問を重ねていた。
「それ、本当に作れないかな」
「いや、どうだろ。こっちの魔道具の仕組み、まだ全然分かってないですからね?」
「でも、どういうものか分かれば考えられるじゃん」
「夢広がってんなあ」
ミナトが笑う。
研究室へ入ると、いくつかの机の上に魔道具や紙の束が並んでいた。
「こっち」
ルディ様が一番奥の机へ向かう。
そこには透明な水晶と、その下に円形の術式が刻まれた薄い板が置かれていた。術式の周りには細かな目盛りのような線がいくつも入っている。
「これで測ったんですか?」
「うん。今朝、ミナトを測った時に使ったものだよ」
ルディ様が机の上の紙を一枚取り上げる。そこには、術式板と同じ円形の図が描かれていた。
「何人かに同じくらいの魔力を流してもらって、術式がどこで反応するか比べたんだ」
「で、俺だけ違ったんだ」
「これが今朝の俺の結果」
ミナトが、紙の図に付けられた印を指さした。
「ここ?」
「ああ。普通は、この辺に出るらしい」
少し離れた位置を指す。
図の中央を囲うように、帯状の範囲が書き込まれていた。
「何人か測ったけど、だいたいこの範囲に収まったんだよ」
ルディ様が説明しながら、ミナトが指した印を見る。
「でも、ミナトはここだった」
「結構離れてますね」
「うん。だからリナも同じなのか調べたい」
「どうすればいいですか?」
「水晶に手を置いて、ゆっくり魔力を流して」
言われた通り、水晶の上に手を置く。
息を整えて、少しずつ魔力を流した。
透明だった水晶の中に淡い光が灯る。それとほぼ同時に、下の術式にも光が走った。
「そのまま」
ルディ様の声に、動かず待つ。
やがて術式の一部が淡く光り、その位置を見たルディ様が目を細めた。
「……やっぱり」
「同じですか?」
「全く同じ位置じゃない。でも、ミナトと同じ側にずれてる」
ミナトも横から術式を覗き込む。
「ほんとだ。近いな」
「うん。この範囲から外れる方向も似てる」
ルディ様は光っている位置を確かめ、先ほどの紙の図に新しく印を付けた。それぞれの印の横に、私とミナトの名前を書き添える。
「もう手を離していいよ」
水晶から手を離すと、光が消えた。
ルディ様はしばらく、紙に記録した2つの結果を見比べていた。
「これって、得意な属性とかは関係ないんですか?」
「全く関係ないわけじゃないけど、今見たいのはそっちじゃないね」
「そういえば、ミナトって何が一番得意なの?」
「俺?」
ミナトが少し考える。
「火かな。次が風」
「火なんだ」
「そう。結構使いやすいぞ」
「冒険者の時も?」
「ああ。戦う時は火が多かったな。風も使ってたけど」
そう言われて、今更ながらミナトが冒険者として生活していた頃のことを、ほとんど知らないことに気づいた。
「冒険者って、いつも同じ人たちと一緒に行動するの?」
「人による。俺は固定で組んでなかった」
「そうなんだ」
「採取とか護衛とか、その時の依頼に合わせて誰かと組む感じ。別に命懸けで稼ぎたかったわけじゃないから、危なそうなのは避けてたし」
「意外と堅実」
「意外とはなんだよ」
ミナトが笑う。
「こっち来ていきなり魔獣と命懸けで戦いたいとか思わねえって。死にたくないし」
「それはそうだね」
「まあ、そのうち知り合いも増えてさ。依頼終わったら飯行ったり、飲みに行ったりしてた」
「楽しそう」
「結構楽しかったよ」
ミナトが少し懐かしそうに笑った。
「今回、移住するって言った時も結構引き止められたし。『また来い』って散々言われた」
「そうだったんだ」
ベルグレンから戻ってきた時、向こうには仕事も住む場所も、そこでできた人との繋がりもあったんだろうと思った。
実際に聞くと、本当に向こうで1年近く、自分の生活を作っていたんだと分かる。
「また行くの?」
「そりゃ行くよ。別にベルグレンに行けなくなるわけじゃないし」
「そっか」
少し安心した。
「荷物も全部こっちに持ってきたの?」
「ああ。今は寮の部屋に置いてる」
「トラックに載ってたやつも?」
「残ってるのはな。さすがに食い物とかはもうほとんどないけど、本とか漫画とかはあるぞ」
「え、漫画あるの?」
思わず食いつく。
「あるある。そんなに大量じゃないけど」
「いいなあ……」
「読みたいなら今度来れば?」
「行きたい!」
「僕も行きたい」
すぐ横からルディ様の声がした。
「ルディ様、日本語読めないと思いますよ?」
「漫画が何かわからないけど、なんか異世界のものって、面白そうだし。直接見てみたい」
「確かに」
ミナトが笑った。
「じゃあ今度、2人とも来ます?」
「うん」
「行きます」
思いがけず、また一つ予定が増えた。
「さて」
ルディ様が机の上の紙へ視線を戻した。
「じゃあ、結果まとめようか」
ルディ様が、紙に付けた2つの印を改めて見比べる。
「やっぱり気になるな」
「何がですか?」
「2人とも普通の範囲から外れてる。それも、全く同じ場所ではないけど、ずれる方向が似てる」
ルディ様が2つの印を順番に指した。
「それに、僕の闇魔法も2人には効かない」
「やっぱり、関係あるんですか?」
「あるかもしれない。でも、まだ分からないよ」
ルディ様はすぐに首を振った。
「今、同じ条件で直接比べられる異世界人が2人しかいないから。2人とも日本から来たからなのか、異世界人だからなのか、それともたまたまなのかも分からない」
「そっか」
「でも、調べる理由は増えたね」
ルディ様が楽しそうに笑う。
「もう少し測り方を考えてみる」
その顔は、完全に研究者のものだった。
◇
測定を終えて、私たちは騎士団本部へ戻った。
団長室の扉を叩いて中へ入ると、アルベルト様とアインス様がそれぞれの机で仕事をしていた。
「戻りました」
「おかえりなさい」
「結果は?」
アルベルト様がすぐに尋ねる。
「リナもミナトと似た反応が出たよ」
ルディ様が、持ってきた紙をアルベルト様の机へ置いた。
「普通の範囲から外れてる。位置は同じじゃないけど、ずれる方向はかなり近い」
「2人に共通する特徴ということか?」
「その可能性はある。でも、まだ2人しか比べられてないから断定はできない」
アルベルト様が紙へ視線を落とす。
「前に言っていた、闇魔法が効かないこととの関連は?」
「それもまだ分からない。ただ、2人に共通してるものが一つ増えたのは確か」
「そうか」
アルベルト様が頷いた。
その横で、アインス様が少し考えるように目を細める。
「……そういえば」
「どうしました?」
「リナの魔力を最初に測った時にも、少し妙な反応があったんです」
「え?」
思わずアインス様を見る。
「属性を調べるための水晶でしたから、今回の反応と同じものかは分かりません。ただ、氷への適性が強く出ていることとは別に、少し気になる反応がありました」
そう言われて、ぼんやりと思い出す。
こちらへ来て間もない頃、アインス様に魔力を測ってもらった時も、確かにそんなことを言われた気がする。
「そんなの出てたの?」
ルディ様が顔を上げる。
「ええ。当時は詳しく調べる前に、まず魔力の扱いを覚えることを優先しましたが」
「それ、今度詳しく見たいから、当時の記録をまとめておいてもらえる?」
「構いませんよ」
ルディ様が嬉しそうに頷いた。
「やっぱり、もう少し調べた方がよさそうだね」
ルディ様はそう言って、机の上の紙をまとめた。
「じゃあ、僕たちは戻るよ。また何か分かったら知らせる」
「ああ。頼む」
「リナ、またな」
「うん。またね」
ルディ様とミナトが団長室を出ていく。
扉が閉まったところで、アインス様がこちらを見た。
「そうだ、リナ」
「はい?」
「次の休みが一緒なのですが、魔法劇場のチケットを取っても大丈夫ですか?」
「あ、はい。お願いします」
「魔法劇場?」
アルベルト様が顔を上げた。
「前に、アインス様に案内してもらう約束をしてたんです」
「2人で行くのか?」
「はい」
アルベルト様が少し黙った。
「……私も一緒に行っても構わないか?」
「もちろんです」
思わず答えると、アインス様が少し考えるようにアルベルト様を見る。
「構いませんが、その日は会議が入っていますよ」
「……そうだったな」
アルベルト様が眉を寄せた。
「じゃあ、別の日にしますか?」
「今の演目はもうすぐ終わるそうです」
アインス様が答える。
「勤務表を見る限り、それまでに3人の休みが合う日はありませんね」
「そうなんですか」
「ええ。団長には申し訳ないですが、予定どおり次の休みに行きます」
「そうか」
アルベルト様は少し考えるように黙った。
「リナ」
「はい?」
「まだ、この街で行ったことのない場所は多いのか?」
「多いです。最近少しずつ出かけるようになりましたけど、まだ知らないところばかりで」
「行ってみたい場所も?」
「いろいろ見てみたいです。でも、どんなところがあるのか、まだよく知らなくて」
アルベルト様がこちらを見る。
「……なら、今度は私が案内しよう」
「え?」
思わず目を瞬く。
「アルベルト様がですか?」
「ああ。王都なら、私もある程度は分かる」
「ぜひお願いします」
そう答えると、アルベルト様の表情が少しだけ緩んだ。
こっちにはネットもないし、気軽に聞ける友達もまだほとんどいない。私が知っているのは、王都のほんの一部だ。
アルベルト様なら、私の知らない王都をいろいろ知っているのかもしれない。そう思うと楽しみで――なぜか、少しだけ胸が落ち着かなかった。




