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トラウマ持ち事務員ですが、騎士団員たちの好意はきっと…勘違いです。  作者: 壬ひなた。


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43.赤い軍服と、思わぬ遭遇


 午前中の仕事がひと段落し、次の書類へ手を伸ばしたところで、団長室の扉が叩かれた。


「失礼します」


 聞こえてきた声に顔を上げる。


 扉を開けて入ってきたのは、ルディ様とミナトだった。


「お疲れ様です」


「お疲れ様です」


 ミナトが挨拶を返してくれて、ルディ様が軽く手を上げる。


 思わず、ミナトを見てしまう。


 いつもの服ではない。ルディ様と同じ、王国魔術団の赤い軍服を着ている。


「何?」


「いや。赤い軍服着てるの、初めて見たなと思って」


「ああ。そういや、リナの前では初めてか」


 ミナトが自分の袖を見下ろした。


「どう?」


「似合ってる。ちゃんと魔術団の人に見える」


「ちゃんとってなんだよ」


「だって、ちょっと前まで冒険者だったし」


「もう魔術団員ですー」


 少し得意そうに言うのがおかしくて、笑ってしまった。


 ベルグレンから戻ってきて、こちらへ移住して、仕事も決まった。


 話では聞いていたけれど、赤い軍服を着た姿を見ると、本当にここで新しい生活を始めたんだなと実感する。


「そうだ。リナ、この前のドーナツ、ありがとう。前に持ってきてくれた時より美味しくなってた」


「よかったです。少し調整しました」


 そう答えると、ルディ様の視線がふと私の右腕へ落ちた。


「腕は?」


「大丈夫です。痛みも全くないです」


「そう」


 それだけ言って頷く。やっぱり少し気にしてくれているらしい。


「あ、そうだ」


 机の横に置いていた箱を思い出して開ける。


「この前、エレナさんと買い物に行った時に買った焼き菓子が、まだ少し残ってるんです。よかったら食べますか?」


「食べる」


 返事が早い。


 小さな焼き菓子をひとつ渡すと、ルディ様はすぐに包みを開けた。


「俺もいい?」


「うん。どうぞ。これ、おいしいんだよ」


 ミナトにもひとつ渡すと、二人とも普通に食べ始めた。


「今日はどうしたんですか?」


「ああ。そうだった」


 ルディ様が焼き菓子を食べ終え、アルベルト様の方を向く。


「兄様、リナを少し借りてもいい?」


 アルベルト様が手元の書類から視線を上げ、ルディ様を見る。


「何のためだ?」


「魔力を測りたい」


「私のですか?」


 思わず聞き返す。


 隣でミナトが頷いた。


「今朝、魔道銃の調整やってたんだよ」


「魔道銃?」


「ああ。俺も一応、元ネタ出した側だからって、いろいろ試させてもらってて」


 魔道銃は、実地試験の後も改良が続けられている。


 ミナトがこちらへ戻ってきてからは、本人も魔術団で研究に関わっていると聞いていた。


「何人かで魔力を流して、術式の反応を比べてたんだけどさ。俺だけ、ちょっと違ったんだよ」


「違う?」


「魔力量じゃなくて、魔力の……波、って言えばいいのかな」


 ミナトがルディ様を見る。


「うん。今のところはそれが一番近い」


 ルディ様が続けた。


「同じ術式に同じくらいの魔力を流しても、この世界の人間は反応する位置がだいたい一定の範囲に収まるんだ。でも、ミナトだけ少しずれてた」


「……ずれてた?」


「だから、リナも調べてみたい」


 ルディ様が私を見る。


「前から、僕の闇魔法が二人には効かないのが気になってたしね。同じ異世界から来た二人に共通するものなのかもしれない」


 そう言われると、少し気になる。


 私とミナトは同じ日本から来た。


 それだけでも十分珍しいのに、魔力にも何か共通する特徴があるんだろうか。


「どれくらいかかる?」


 アルベルト様が尋ねる。


「1時間もあれば終わると思う。今日は測るだけだから」


 アルベルト様は少し考えてから、私を見る。


「今日の仕事は?」


「急ぎのものは午前中に終わっています。1時間くらいなら大丈夫です」


「そうか」


 アルベルト様が頷いた。


「行ってきていい。戻ったら結果を報告してくれ」


「はい」


「ありがとう、兄様」


 ルディ様が嬉しそうに笑った。


 ◇


 騎士団本部を出て、3人で魔術団へ向かう。


 魔術団までは歩いて10分もかからない。


「それにしても、もう魔道銃の研究に参加してるんだね」


「まあな。元々俺が話したやつだし、機械いじるのも嫌いじゃないし」


「仕事はどう?」


「結構楽しい。知らない仕組みばっかりだけど、分かってくると面白い」


 ミナトらしい答えに少し笑う。


 こちらの世界へ来てから1年以上。


 冒険者として暮らしてきたミナトが、今は魔術団で技術の仕事をしている。


 元々していた仕事に、少し近いところへ戻ってきたのかもしれない。


 そんな話をしながら歩いていると、前方から大きな羽音が聞こえた。


「……何?」


 ミナトが足を止める。


 私も空を見上げた。


 バサバサと大きな音を立てて白いものが、近衛騎士団の方角へゆっくりと降りていく。


 大きな翼に白い身体。よく見れば白馬だ。


挿絵(By みてみん)


「え」


「あれ……ペガサス?」


 ミナトが私を見る。


「マジか! いるんだな!」


「いるんだね! 前に噂で聞いたけど、私も見るの初めて」 


「すげーーー!」


 3人で近衛騎士団の正門の方へ視線を向ける。


 白い翼を大きく広げたペガサスが旋回しながら地面へ降り立った。


 その背から、一人の男性が軽やかに降りる。


 淡いローズ色の長い髪が揺れた。


「うわ。すげー美人。ピンクの髪だ」


「フロリアン様だよ」


「誰?」


「近衛騎士団長」


「……え? あの人男の人なの? そういえばでかいな」


(そうだよね)


 でも、初めて見た時の私も似たようなものだった。やっぱり初見では女性に見えるらしい。


 ミナトがもう一度フロリアン様を見る。


「アルベルト様の幼なじみだよ。ルディ様とも子どもの頃から一緒なんですよね?」


「うん」


「すげえ美人の近衛騎士団長で、アルベルトさんの幼なじみで、あの見た目で、ペガサス乗ってんの?」


「そうみたい」


「情報多くない?」


 フロリアン様が近衛の騎士へ手綱を預けたところで、正門の奥から一人の女性が現れた。


 華やかな装いに、背筋をすっと伸ばした立ち姿。


 遠目でも分かるくらい、ものすごく高貴な雰囲気がある。


 ミナトが小声で言った。


「……なんか、悪役令嬢みたいな人出てきたぞ」


「ちょっと。失礼だよ」


「いや、見た目の話な」


「あれ、王女殿下だよ」


 隣のルディ様が何でもないことのように言った。


 ミナトが固まる。


 私も思わずルディ様を見た。


「王女殿下?」


「うん」


 もう一度見る。


 王女殿下はフロリアン様の前まで歩いていくと、何か言葉を交わした。


 フロリアン様が穏やかな笑顔を向ける。


「王女殿下は、フロリアンの奥さんだよ」


「え!?」


 今度は私とミナトの声が重なった。


「フロリアン様が既婚者なのは知ってましたけど……奥様は王女殿下だったんですか!?」


「そうだよ」


「ちょっと待って」


 ミナトが額を押さえた。


「ペガサス乗ってて、すげー美人で、ピンクの髪で、近衛騎士団長で、奥さん王女? 設定盛り盛りじゃん!」


 思わず吹き出した。


「分かる。私も初めて会った時、絶対ヒロインみたいな人だと思った」


「絶対ヒロインが悪役令嬢みたいな王女と結婚してんの?」


「その言い方やめて」


「だってそう見えるだろ」


 ルディ様が隣で笑っている。


「この前、本人に聞いたらさ、あのペガサス、元は白馬だったらしいよ」


「は? そんなことってあるんですか?」


「フロリアンの光の魔力が入った魔石を、愛馬の白馬が間違えて食べちゃったんだって。そしたら光って、翼が生えたらしいよ」


「え? 進化って普通するんですか?」


「しないよ。初めてだったから大騒ぎだったみたい。光の魔力持ちも珍しいしね。魔術団でも、みんなこぞって何かに魔石を食べさせ始めたんだけど、なかなかそんなこと起こらないよ」


「……なんか、すげー人だな」


 ルディ様は笑いながら、もう一度ペガサスの方を見る。


「フロリアンはね、昔からこういう、よく分からないことが起こるんだよ」


「こういうこと?」


「前にも、どこかで拾ってきた卵をフロリアンが世話してたら、孵ったのが光のドラゴンだったことがあってさ」


「…………は?」


 ミナトが止まった。


 私も止まった。


「ドラゴン?」


「うん。あの時も大騒ぎだったなあ」


「待ってください。ドラゴンの卵って分かってて拾ったんじゃなくて?」


「分かってなかったよ。トカゲか何かの卵かなって持ち帰ったんだ」


「それで光のドラゴンが生まれたんですか?」


「そう」


 ルディ様は本当に何でもないことのように頷いた。


 ミナトが無言でフロリアン様を見る。


 私もつられて、もう一度そちらを見た。


「でもデマも多いんだよ。だからどれが本当かわかんないんだよね。嘘みたいなことも起こったりするから」


「デマって、例えばどんなのですか?」


「妖精のいとし子とかかな」


「ありそう」


「あとは、聖女様の生まれ変わりとか」


「ありそう」


「実は生まれ変わって5回目ですとか」


「なんかラノベ読みたくなってきた」


 ミナトの言葉に思わず笑う。


「何か聞くたびに、またかって思うけど。本人に確認しないとわからないんだよね」


「生粋の主人公って感じですかね。すげーな」


「でも、ミナトも主人公感あるよね」


「俺はどっちかというとモブだよ。『モブで平凡な俺が異世界転移して魔法使いになって無双した件』ってとこだな」


「なんかありそう」


「まあ、こっちでの魔法は難しくて、そんな簡単にはいかないよな。俺、荷物いっぱい入る異空間カバンほしいな」


「何それ。面白いね。あればほしい」


 ルディ様が食いついた。


「いや、実際にはあっちの世界にはなかったんですよ? でも、あったらいいな、みたいなものっていうか」


「もっと聞かせてよ。いいアイデアもらえそう」


 そのまま発明の話になり、ルディ様の目が、さっきまでより明らかに輝き始めた。


 前を歩くミナトが、今度はドラえもんのひみつ道具の話を始め、ルディ様が楽しそうに質問を重ねる。


 改めて考えると、本当にとんでもない毎日だ。


 私は二人の後ろを歩きながら、思わず笑った。

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