42.美味しいお肉と、年下騎士の一歩
久しぶりの日本の味をみんなで楽しんだ日から、数日が経った。
翌日のアルベルト様はいつも通りで、仕事中も特に変わった様子はなかった。あの夜、少しだけいつもと違うように感じたのは、私の気のせいだったのかもしれない。
今日もいつものように団長室で仕事をしながら、机の上に積まれた書類を順番に片付けていく。
ここ数日で、ミナトが魔術団で働くことも正式に決まった。魔道銃の改良も少しずつ進んでいるらしく、関連する書類を目にすることも増えている。
あの日は怖い思いもしたけれど、こうして自分が関わったものが完成に近づいているのを見ると、やっぱり嬉しい。
確認を終えた書類を分けていると、第一部隊へ届けるものが何枚かあった。
「第一部隊に書類を届けてきます」
「ああ。頼む」
アルベルト様に声をかけ、書類を抱えて団長室を出る。
第一部隊の詰所へ向かい、扉を叩いた。
「失礼します」
中へ入ると、オスカーさんとレオくんがそれぞれの机で仕事をしていた。
「オスカーさん、こちらお願いします」
「ありがと、リナちゃん」
書類を受け取ったオスカーさんが中身を軽く確認してから、ふと顔を上げた。
「そうだ。リナちゃん、今日の夜空いてる?」
「今日ですか?」
「ああ。この前言ってたメシ。レオと、リナちゃんに聞いてみようって話してたんだよ」
「あ、ドーナツを持って行った時の」
そういえば、そんな約束をしていた。
「私は大丈夫ですよ」
「良かった! 楽しみです!」
レオくんが嬉しそうに笑う。
「じゃあ今日にするか」
「店、俺が決めてもいいですか?」
少し離れた机から、レオくんが身を乗り出した。
♢
仕事を終え、オスカーさんとレオくんと一緒に騎士団本部を出た。
レオくんが選んだのは、騎士団本部から歩いて少しのところにある『黒牛亭』という店だった。
「ここです!」
扉を開ける前から、レオくんが嬉しそうだ。
「レオくん、よく来るの?」
「はい! 肉が食べたい時はよく来ます。ここの肉、すごく美味いんですよ」
「完全に自分の好きな店選んだな」
オスカーさんが笑う。
「だって美味いじゃないですか。リナさんにも食べてもらいたかったんです」
「まあ、美味いけど。もうちょっと女の子向けの店選んだ方が良かったんじゃないか?」
「え! ……確かに」
レオくんがはっとして、私を見る。
「リナさん、肉大丈夫ですか?」
「全然大丈夫だよ。私もお肉好きだし」
「良かった!」
目に見えてほっとしたレオくんに、思わず笑ってしまった。
店に入ると、香ばしい肉の匂いが漂ってきた。案内された席につき、メニューを開く。
「おすすめは?」
「これです。厚切りの牛肉! あと煮込みも美味いです。揚げた芋も頼みましょう」
「結構食べるね」
「3人いるから大丈夫ですよ!」
「お前が一番食うだろ」
「オスカーさんも食うじゃないですか」
2人のやり取りに笑いながら、レオくんおすすめの料理をいくつか頼むことにした。
しばらくして運ばれてきたのは、大きな皿いっぱいの厚切りの牛肉だった。
「わ、美味しそう」
「これです! まずこれ食べてみてください」
レオくんに勧められ、切り分けた肉を一口食べる。
表面は香ばしく焼かれているのに、中は柔らかい。噛むと肉汁が広がって、思わず頬が緩んだ。
「美味しい!」
「でしょ!?」
レオくんが自分のことのように嬉しそうに笑う。
「良かった。リナさん、絶対好きだと思ったんです」
「うん。好き。ここまた来たいかも」
「じゃあ、また来ましょう!」
オスカーさんが笑いながら、自分の皿にも肉を取り分ける。
「でも、確かに美味いよな。俺もここは好き」
「オスカーさんも好きなんじゃないですか」
「好きだけど、お前ほどテンション上がらねえよ」
「あはは!」
煮込みも、揚げた芋も美味しかった。
こうして3人で食事をしていると、遠征の時とはまるで違う。目の前にいるのは、いつものよく笑うレオくんと、軽口ばかりのオスカーさんだ。
けれど、あの時に見た2人の姿も、今はちゃんと知っている。
魔物を前にした瞬間、空気が変わったオスカーさん。何度も私への攻撃を逸らして、助けてくれたレオくん。
(2人とも、本当に騎士なんだよなぁ)
当たり前のことなのに、以前とは少しだけ見え方が変わった気がした。
「そういえば、リナちゃん。その軍服、もう慣れた?」
食事をしながらオスカーさんに聞かれ、自分の服を見る。
「はい。最初は事務服と全然違うから落ち着かなかったんですけど、思ってたより動きやすいです」
「前の服より丈夫だしな」
「温度調整もあるので、かなり快適です」
「それなら良かったです」
レオくんがほっとしたように笑ってから、ふと思い出したように続ける。
「でも、次に実戦がある場所へ行くなら、防護インナーもあった方がいいですよ」
「防護インナー?」
「俺らが実戦の時、軍服の下に着てるやつ」
オスカーさんが自分の胸元を指す。
「術式が入ってて、普通に軍服だけ着るより防護性が上がるんだよ」
「そんなものもあるんですね」
「鎧みたいなもんです。もっと薄くて軽いですけど」
レオくんが頷く。
「今回はリナさん、事務服だったし、そもそも戦う予定じゃなかったじゃないですか。だから用意してなかったですけど」
「まさかあんなのが出てくるとは思わなかったしな」
オスカーさんの言葉に、あの日のことを思い出す。
アインス様に庇ってもらっていなかったら、もっと酷い怪我をしていた。あの時は突然すぎて何もできなかったけれど、最初から身につけておけるものなら、私にもできる。
「次にそういう場所へ行く時は、何が必要か一緒に確認しましょう」
「ありがとう」
レオくんがそう言ってくれるなら心強い。
「でもリナさん、ダンジョンにも行くんですよね?」
「うん。そのつもりだよ」
以前、素材を取りに行く話をしたことを覚えていたらしい。
レオくんが少し心配そうに私を見る。
「……怖くないんですか?」
「怖くないわけじゃないんですけど……行きたくないとは思ってないの」
怖い思いをしたからといって、この世界でやってみたいことまで全部諦めたくはない。
「それにダンジョンも、アインス様が今度手伝ってくれるって言ってたから、安心して行けるよ」
「副団長が?」
オスカーさんが少し意外そうに眉を上げた。
「はい。欲しい素材があったら、採りに行くのを手伝ってくれるって」
「……副団長、そんな時間あるのか?」
「私もそう思って聞いたんですけど、『暇ではありませんが、時間は作るものですよ』って」
「うわあ……」
なぜかオスカーさんが微妙な顔をした。
「アインス様って、やっぱり忙しいんですか?」
「そりゃ忙しいだろ。副団長だし、第二部隊も見てるし。魔術団との仕事も多いからな」
「そうなんですね」
「リナさん、知らないんですか?」
レオくんに聞かれて首を傾げる。
「何を?」
「副団長、魔法の研究でも有名ですよ。前に大きな功績を上げて、勲章もらってます」
「え!?」
思わずアインス様の顔を思い浮かべる。
「そんなにすごい人だったの?」
「そんなにって。副団長ですよ?」
「いや、副団長なのは知ってるけど……」
いつも隣の机で書類を確認してくれたり、分からないことを教えてくれたりしているから、なんとなく身近に感じていた。
「魔法の術式を効率化する理論だったかな。俺は詳しくねえけど、今使われてる魔道具にも応用されてるらしいぞ」
「へえ……」
(アインス様……そんなにすごい人だったんだ)
「それでダンジョンまで付き合ってくれるんですか?」
レオくんが聞く。
「うん。それだけじゃなくて、次のお休みには魔法劇場にも連れて行ってくれるの」
「……2人で?」
「うん」
「副団長と?」
「そうだよ?」
レオくんが黙った。
「……副団長、かなり時間作ってますね」
「そうだね。忙しいのに申し訳なかったかな」
「いや、本人が時間作るって言ったんだろ?」
「はい」
オスカーさんが少しだけ考えるような顔をしたあと、グラスへ手を伸ばした。
「まあ、副団長だけじゃないけどな。団長も、リナちゃんがまた遠征に行くなら自分も同行するって言ってたし」
「ほんとに、心配かけてしまって」
「それにしたって、団長自ら同行って結構すごいけどな」
「でもたぶん、そんなに遠征って行くものじゃないと思うので。次あるかわかりませんし」
そう答えると、オスカーさんが少し笑った。
「リナさんって、どんな男の人が好きなんですか?」
「え?」
急に話が変わって、レオくんを見る。
「どうしたの、急に」
「いや、ちょっと気になって」
レオくんはそう言いながら、まっすぐ私を見ている。
「うーん……優しくて、話を聞いてくれて、私のことを大事にしてくれる人かな」
「他には?」
「他?」
「もっとないですか?」
ずいぶん熱心だ。
「あと……結婚するなら、経済力はあった方がいいかも」
「経済力があるって、どれくらいですか!? 騎士は?」
「え?」
思った以上の勢いで聞かれて、少し考える。
(……もしかして、これってそういう質問?)
「普通に生活できればいいけど……騎士なら大丈夫じゃないかな。ここのお給料、かなりいいよね?」
「はい!」
レオくんがぱっと嬉しそうな顔になった。
ちらりとオスカーさんを見ると、何も言わずに笑っている。
「じゃあ、オスカーさんはどんな人が好きなんですか?」
「俺?」
「せっかくなんで、2人のタイプも聞いておこうと思って」
「俺は可愛い子なら大体好き」
「……範囲広いですね」
「間口は広い方が人生楽しいだろ?」
「それ、好きなタイプって言うんですか?」
「言う言う」
適当な返事に笑ってから、レオくんを見る。
「じゃあ、レオくんは?」
「俺ですか?」
「うん」
「俺は……一緒にいて楽しくて、優しくて、よく笑う人が好きです」
「へえ」
「あと、料理が上手い人!」
「それは重要なんだ」
「重要です!」
力強く頷くレオくんに、思わず笑ってしまった。
「そういえば、リナさんって前の世界では休みの日、何してたんですか?」
レオくんに聞かれて、少し考える。
「友達と買い物したり、ご飯食べに行ったりかな。あとは家でのんびりしたり」
「今とあんまり変わらないですね」
「そうかも。夏は海とかプールに行くこともあったけど」
「プール?」
「あ、泳ぐための大きな水場。こっちにもそういう場所ってある?」
「ありますよ!」
レオくんがすぐに頷いた。
「街の外れに、水浴びしたり泳いだりできるところがあります。暑い時期は結構人が来ますよ」
「へえ、行ってみたい!」
「じゃあ今度、一緒に行きませんか?」
「うん、行きたい!」
「俺も行きたい」
「……なんでオスカーさんも来るんですか?」
レオくんがすぐにオスカーさんを見る。
「俺も行きたいから」
「今俺が誘ったんですけど!」
「いいじゃん。3人で行こうぜ」
「2人がいいです」
不満そうなレオくんに、思わず笑ってしまう。
「3人でも楽しそうだよ」
「リナさんまで!」
レオくんは納得していないようだったけれど、結局、今度3人で行くことになった。
こうして食事の約束を果たしたばかりなのに、もう次の約束が増えている。
それがなんだか嬉しくて、私は残っていた飲み物を口にしながら、まだ言い合っている2人を眺めて笑った。




