40.帰ってきた二人と、久しぶりの味
数日後。
今日は、キリアンがベルグレンから帰還し、ミナトがラウネディアへ移住してくる日だ。
到着する時間までは聞いていなかったけれど、せっかくなら何か用意しておこうと思い、今朝は少し早起きしてドーナツを作ってきた。
(ミナトとキリアンと、ルディ様の分。それから一応、自分の分も)
箱を机の端に置いて、いつものように仕事を始める。午前中の書類を半分ほど片付けた頃、団長室の扉が叩かれた。
「失礼します」
聞き覚えのある声に顔を上げる。入ってきたのは、キリアンとミナトだった。
無事なのは報告で聞いていた。それでも、実際に2人の元気な姿を見ると、胸の奥に残っていた緊張が少しほどける。
キリアンも一瞬こちらを見て表情を緩めたけれど、そのままアルベルト様の机の前へ進んだ。
「団長、ただいま戻りました」
「ああ。ご苦労だった」
「ベルグレン側で必要だった手続きは、すべて完了しました。ミナトの移住についても問題ありません」
キリアンが順に報告していく。冒険者ギルドへの届出も済み、残っていた依頼もすべて完了。借りていた住居を引き払い、荷物の整理も終えているらしい。
「向こうに残してる用事は、もうないです」
ミナトが補足した。
1年近く暮らしていた場所だ。仕事も住む場所も、そこでできた人との繋がりもあったはずなのに、それを1つずつ整理して、本当にこちらへ生活の拠点を移してきたのだ。
「移住に関する報告は以上です」
「分かった」
アルベルト様が頷く。
「それと、もう1点ご報告があります」
「なんだ?」
「ベルグレン滞在中、最近は魔獣との遭遇が増えているという話を聞きました。単純に数が増えているだけでなく、普段はあまり見られない場所での目撃もあるそうです」
ミナトが冒険者ギルドで聞いたほか、キリアンもベルグレン側の騎士から似た話を耳にしたらしい。
「俺がいた頃より、遭遇する数が増えてるって話してました。今まであまり出なかった場所でも見かけるようになったみたいです」
ミナトが補足すると、アインス様が少し考えるように目を伏せた。
「……普段は見られない場所、ですか」
そして、こちらへ視線を向ける。
「先日のサラマンダーも、本来の生息域から外れた場所に現れていましたね」
「ああ」
アルベルト様が頷く。
「関連があると思うか?」
「現時点では判断できません。あの個体は、子育ての時期に餌場を変え、一時的に移動していた可能性もあります」
アインス様は一度言葉を切った。
「ただ、ベルグレンでも普段とは異なる場所での目撃が複数出ているのであれば、記録を照合する価値はあると思います」
「分かった」
アルベルト様がキリアンを見る。
「ベルグレンで聞いた内容をまとめてくれ。遭遇した場所と魔獣の種類が分かるものは、併せて記録しておいてほしい」
「承知しました」
「こちらでも、最近の出現記録を確認しておきます」
「頼む」
アインス様の言葉に、アルベルト様が頷いた。
「以上です」
「分かった。報告ご苦労だった」
「ありがとうございます」
キリアンが一礼して、顔を上げる。
さっきまでの隊長としての表情がふっと緩んで、今度はまっすぐ私を見た。
「……改めて。ただいま、リナ」
「おかえり、キリアン」
ようやく言えた。
無事だと聞いていたのに、やっぱり本人を目の前にして言う「おかえり」は少し違う。
「ミナトも、いらっしゃい」
「おう。今日からよろしく」
ミナトもいつものように笑った。やっと2人とも、本当にここにいるんだと実感する。
けれど、その笑顔はすぐに消えた。
「……で、リナ」
「なに?」
「お前、本当に大丈夫なのか?」
一瞬、何のことか分からなかった。
「サラマンダーの件。かなり危なかったって聞いた」
「あ……」
当然、2人にも報告は届いている。
「もう大丈夫だよ。火傷も綺麗に治ったし、今は何ともない」
「……そっか」
ミナトが大きく息を吐いた。その様子を見て、思っていた以上に心配をかけていたんだと気づく。
「めちゃくちゃ心配した。ほんと、生きててよかった」
胸の奥が、きゅっと詰まった。
「……ありがとう」
それしか出てこなかった。
ミナトは少しだけ困ったように笑う。
「俺も、人のこと言えないけどな。こっちに来た時、キリアンたちに助けてもらってなかったら、死んでたかもしれないし」
「……うん」
同じ日本から突然この世界へ来て、何も分からないところから生きてきたミナトに言われたからなのか、その言葉は思っていたよりずっと胸に残った。
「オレも、向こうで話を聞いてからずっと気になってたよ」
キリアンが静かに言った。
「すぐに戻れないのが、もどかしかった。本当に、元気な顔が見られてよかった」
2人とも、遠く離れたベルグレンで私のことを心配してくれていた。
「……心配かけて、ごめん」
「謝ることじゃないだろ」
ミナトがすぐに返す。キリアンも小さく笑った。
「うん。こうして会えたんだから、それでいいよ」
「……ありがとう」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
私も、無事な2人とこうしてまた会えて、よかった。
「あ、そうだ」
私は机の端に置いていた箱を思い出した。
「2人が今日来るって聞いてたから、朝作ってきたの」
「何を?」
箱を開けて、包みを2つ取り出す。
「前に話してた、もちもちのドーナツ」
ミナトが包みの中を覗いて、目を見開いた。
「え、これ……ポンデリング!?」
「っぽいやつ」
「マジで!?」
一気に顔が明るくなる。その反応がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「キリアンの分もあるよ」
「オレも? ありがとう」
キリアンが受け取り、ミナトも嬉しそうに包みを眺める。
「それと、これはルディ様の分。魔術団に行くなら、一緒に持っていってもらっていい?」
「もちろん」
「じゃあ向こうで一緒に食べるわ」
「うん」
ルディ様なら、きっと喜んでくれる。
そう思っていると、ミナトがふと思い出したように口を開いた。
「そういや、前にもらった米、もうなくなった」
「早くない?」
「久しぶりだったんだから仕方ないだろ」
「ふふ。じゃあ、また買いに行かないとね。豆腐みたいなのも見つけたよ」
「豆腐?」
ミナトの目がまた輝いた。
「じゃあ味噌汁できるじゃん」
「できるよ」
「いいな。今日それ食いたい」
「私も久しぶりに食べたいかも」
「じゃあ今日、一緒に晩飯作らない?」
「いいよ」
「じゃあ、あとで米買いに行こうぜ」
「うん」
「オレも手伝うよ。せっかくだし、3人で作ろう」
キリアンも話に加わった。
「じゃあお願いしようかな」
食べ物の話をしていただけなのに、気づけば今夜の予定まで決まっていた。
ひとしきり話したところで、キリアンがアルベルト様とアインス様へ向き直る。
「では、失礼します」
「ああ」
アルベルト様が頷き、2人は団長室を出ていった。
扉が閉まり、さっきまで賑やかだった部屋が急に静かになった。
私は残った箱を片付けようとして――ふと視線を感じた。
「……?」
顔を上げると、アルベルト様が箱を見ている。
「アルベルト様?」
「……それは、もうないのか?」
「え?」
何のことだろうと思ってから、箱を見る。
「ドーナツですか?」
「ああ」
(もしかして、食べたかったのかな)
この前食べてもらったばかりだから、今回は2人の分までは作っていなかった。
すると、今度はアインス様が口を開く。
「私も、あるならいただきたいですね」
「アインス様もですか?」
「ええ」
残っているのは、自分用に取っておいた1つだけだ。
「私の分ならありますけど……3人で分けます?」
「いいのか?」
「はい。せっかくなので、一緒に食べましょう」
「……ありがとう」
「ありがとうございます」
小さな丸が繋がったドーナツを3人で分ける。
食べ終えたところで、アルベルト様がこちらを見た。
「今夜は、ミナトたちと食事をするのか?」
「はい。そのつもりです」
アルベルト様が少しだけ間を置く。
「……私も一緒にいいだろうか」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
まさかアルベルト様からそう言われると思っていなくて、一瞬だけ目を瞬く。
「もちろんです。一緒に食べましょう」
「でしたら、私もご一緒して構いませんか?」
アインス様まで続いて、思わず笑ってしまう。
「はい。じゃあ、5人ですね」
今夜は、にぎやかになりそうだ。
(何作ろうかな)
考えただけで、少し楽しみになった。
ブクマ、評価ありがとうございます! すごく励みになってます☺️
最近、パソコンを新調しました。
スマホのフリック入力に慣れすぎていたので少し苦戦しましたが、ようやく今までより時短できそうです。
そしてパソコンで遊びたくなって、動画を作ろうとしていたら、なぜか作曲まで始めてしまいました。笑
最近はチャッピーに「もう乙女ゲーム作れるで」とそそのかされているので、心が揺らいでおります。
いつか何かしらお披露目して、私の好きな雰囲気を皆さんと共有できたらいいなと思っています。




