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トラウマ持ち事務員ですが、騎士団員たちの好意はきっと…勘違いです。  作者: 壬ひなた。


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38.女子の買い物と、休日の過ごし方


 休日の朝。


 騎士団本部の門へ向かうと、すでにエレナさんが待っていた。今日は制服ではなく、落ち着いたベージュのワンピースを着ている。


「おはようございます、リナさん」


「おはようございます! 今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ。やっと約束を果たせましたね」


「楽しみにしてました!」


 慰労会で一緒に街へ行こうと約束してから、少し時間が経ってしまった。


 エレナさんと並んで歩き始めると、ふと私の右腕へ視線が向いた。


「そういえば、火傷はもう大丈夫ですか?」


「あ、はい。もう綺麗に治ってます」


「跡も残っていないんですか?」


「はい。全然」


 今では、どこを火傷したのか自分でも分からないくらいだ。


「良かった。かなり酷かったと聞いていたので、心配していたんです」


「ご心配おかけしました」


 エレナさんは少し考えるように私の腕を見た。


「私も回復魔法は使いますが、重度の火傷をここまで跡を残さず治せたかは分かりません」


「え? エレナさんも使えるんですか?」


「はい。でも、習得までにかなり練習しました。回復魔法は普通に水を出すのとは全然違いますから」


「難しいんですか?」


「難しいですよ。傷の場所や深さに合わせて、細かく魔力を調整しないといけません。深い傷になるほど知識も必要です」


 やっぱり、簡単にできるものじゃないんだ。


 あの時アインス様がしていた治療は、私が思っていた以上に高度なものだったらしい。


「回復魔法って、私にも使えるんでしょうか?」


「リナさんは精密操作が得意なんですよね?」


「はい。氷ですけど」


「でしたら、練習してみてもいいかもしれません。精密に魔力を扱えるのは回復魔法でも役に立ちますから」


「今度、アインス様に聞いてみようかな」


 できるかどうかは分からない。


 でも、使えるようになったらきっと役に立つ。


 私はもう一度、自分の右腕を見た。


 アルベルト様が持たせてくれたポーション。


 炎を受けた瞬間、身体を張って庇ってくれたアインス様。そのまま冷却を続けて、戦闘が終わるとすぐに治療までしてくれた。


 もちろん、二人にはもうお礼を言った。


 ドーナツだって渡した。


(でも……ドーナツだけで良かったのかな)


「それに、使ったポーションもかなり良いものだったのかもしれませんね」


「良いもの?」


「実物を見ていないので分かりませんけど。副団長の治療もあったでしょうし」


「……ちなみに、良いポーションっておいくらくらいしますか?」


「品質にもよりますけど、上級なら銀貨5枚くらいからでしょうか」


「5万円?!」


「…ごまん?」


「あ、元いた世界のお金です」


 普通のポーションが銀貨1枚で、大体1万円くらい。銀貨5枚なら5万円。


(あれが上級だったら、2本で10万円……?)


 思わず黙り込む。


「遠征の時は、騎士団でも救護用のポーションや必要なものは用意しますよ。任務で必要になったものなら、申請して精算することもできますし」


「じゃあ、個人で全部用意してるわけじゃないんですね」


「さすがにそれはありません。任務ですから」


 それを聞いて少し安心した。でも、私が使った2本は共通の備品じゃない。


 アルベルト様が、私に持たせてくれたものだ。


「……やっぱり、ちゃんとお礼したいな」


「お礼ですか?」


「アルベルト様と、アインス様に」


 エレナさんが少しだけ困ったように笑った。


「気持ちは分かりますけど、任務中のことですから、そこまでしなくてもいいと思いますよ」


「……そうですか?」


「騎士同士なら、怪我をした人を助けたり、治療したりするたびに贈り物をしていたらキリがありませんから」


 それは、私も思う。仕事中の事故で、二人とも自分の仕事をしただけだと言うかもしれない。


「でも……」


 あの時、アインス様が庇ってくれなければ、私はたぶん死んでいた。アルベルト様が持たせてくれたポーションも、ちゃんと持っていたからすぐに使えた。


「返したいっていうより、何かしたいんです。ドーナツも渡したんですけど、それだけだと、なんか……」


「足りない気がする?」


「はい」


 エレナさんが少し笑った。


「それなら、リナさんが納得するものを贈ればいいと思います」


「……そうします! でも、何を贈ればいいのか分からないな。貴族の男性って、何をもらったら嬉しいんでしょう?」


「団長と副団長なら、装飾品より、仕事で使えるものの方が喜ばれる気がしますね」


「仕事で使えるもの……」


「せっかくですし、見ながら考えましょうか」


「お願いします!」


◇


「その前に、ここへ寄ってもいいですか?」


 大通りへ出たところで、エレナさんが一軒の焼き菓子店を指した。まだ午前中なのに、店の前には何人か並んでいる。


「人気のお店なんですか?」


「ええ。ここの焼き菓子、子どもたちが好きなんです。午後だと売り切れることもあるので、いつも街へ来た時は先に買うんですよ」


「そんなに人気なんですね」


 店へ入ると、甘い匂いがふわっと広がった。


 棚には小さな焼き菓子が何種類も並んでいて、エレナさんは慣れた様子で二種類を選んでいく。


「お子さん、それぞれ好きなのが違うんですか?」


「違いますね。上の子はこれで、下の子はこっちです。同じものを買うと、どちらかが不満そうな顔をするので」


「ふふ。可愛い」


「見ている分には可愛いんですけどね」


 そう言いながらも、エレナさんは楽しそうだ。


 店員さんが焼きたてだという小さなお菓子を試食に勧めてくれて、私たちも一つずついただいた。


「わっ! ……美味しい!」


「でしょう?」


 外側はさくっとしているのに、中はふんわり柔らかい。もう一口食べて、私は棚を振り返った。


「私も買っていこうかな」


「気に入りました?」


「はい。明日、職場に持っていこうかなって。こういうの、みんな好きそうですし」


 アルベルト様もアインス様も食べるだろうし、レオくんも喜びそうだ。


(ルディ様にもあげようかな)


 売り切れるなら、今日のうちに買っておいた方がいい。その場で大きめの箱を買うと、エレナさんが笑った。


「気に入ってもらえて良かったです」


「いいお店教えてもらいました」


 日本にいた頃は、仲の良かった友人たちと、お店を回ったり、一緒に食べたりしていた。


 誰かと他愛ない話をしながら過ごす時間が、昔から好きだった。


 こうして休日を誰かと過ごすのは、本当に久しぶりな気がする。


「こっちの道を通りましょうか。大通りより少し近いんですよ」


「こんな道あったんですね」


「はい。裏通りにも良いお店が結構ありますよ」


「そういうの知りたかったです!」


 知らなかった街の道を歩くのも、なんだか楽しい。


「そういえば、エレナさんって、お休みの日はいつも何してるんですか?」


「今日みたいに買い物をしたり、家族と出かけたりですね。予定がなければ家でゆっくりすることもありますよ」


「やっぱり、そんな感じなんですね」


「リナさんは?」


「こっちに来てから、休日に何をしたらいいのか、まだよく分からなくて。街も全然知らないですし」


「それなら、今日はゆっくり見て回りましょうか」


「はい!」


◇


 しばらく歩いていると、見覚えのある店が見えてきた。


 以前アルベルト様たちと街へ来た時、店先まで来た宝石店だ。


 あの時は高価なものをプレゼントしてもらうなんて申し訳なくて、入らなかった。


「エレナさん。あのお店、ちょっと見てもいいですか?」


「もちろんですよ」


「お礼に使えるものがあるかなと思って」


「宝飾品だけでなく、魔石を使った高級小物も扱っているお店ですね。見てみましょうか」


 店内には宝石や装飾品だけでなく、魔石を嵌め込んだ時計や小物、高級な筆記具も並んでいた。私一人なら何を見ればいいのか分からなかったと思う。


「上司へのお礼なんですけど、仕事で使えそうなものってありますか? お二人とも貴族の方なので、失礼のないものにしたくて」


 店員さんに尋ねると、少し考えてから奥の棚へ案内された。


「でしたら、こちらはいかがでしょう。昨日発売されたばかりの新しい魔道筆記具です」


「新しい魔道筆記具?」


 細身の黒い軸に、小さな魔石が嵌め込まれている。


「最初にご本人の署名と魔力を登録していただくと、次からは登録した本人が魔力を流すだけで、同じ署名を書くことができます」


「えっ」


「もちろん通常の筆記具としてもお使いいただけます。署名には使用者の魔力が通りますので、書面にもわずかに魔力残滓が残ります。本人が署名したものか確認しやすいのも特徴ですね」


 私はもう一度、ペンを見る。


(これ、めちゃくちゃ便利なんじゃ……)


 毎日何枚もの書類に署名するアルベルト様。アインス様も、副団長と第二部隊長を兼任しているから書類仕事は多い。


 どちらも絶対に使う。しかも、偽造防止にもなる。


「これ、おいくらですか?」


「一本、金貨1枚です」


「……金貨1枚」


 銀貨10枚で金貨1枚。


(10万円……)


 高い。予想以上に高い。


 でも、命を助けてもらったお礼だ。


 こちらへ来て三か月ほど。給与は銀行口座に振り込まれていて、今の貯蓄は金貨14枚ほどある。


 この国では、口座と紐づけた魔道カードに本人の魔力を登録しておけば、店で魔力を流すだけで支払いができる。現金も使えるけれど、高額な買い物にはこちらの方が便利だ。


 寮で暮らしているので家賃はかからないし、食事も本部や寮で済ませることが多い。大きな買い物もほとんどしていないから、買えない金額ではない。


「……これ、2本ください」


「かしこまりました」


 店員さんが商品を用意しようとしたところで、私はもう一度ペンを見る。


 署名が一瞬で終わる。


 本人確認までできる。


(……私も欲しい)


「すみません。3本でお願いします」


「3本ですか?」


 隣にいたエレナさんまでこちらを見た。


「はい。2本はお礼で、1本は私のです」


「リナさんも買うんですね」


「だって、すごく便利じゃないですか」


 エレナさんが吹き出した。


「さっきまで金貨1枚で固まっていたのに」


「それとこれとは別です」


「別なんですか?」


「仕事が楽になるなら……必要経費です」


「自分のお金ですよ?」


「……そうですが、心理的負担がかなり減るので」


 二人で笑ってしまう。


 魔道カードで支払いを済ませると、3本の同じ筆記具が、綺麗な箱へ一本ずつ収められていく。


(3人お揃いみたい)


 普段の筆記には、アインス様にもらった水色のガラスのペンがある。私の分は署名用にしよう。


 金貨3枚はかなり痛いけれど、良いものを見つけた気がした。


◇


「次はリナさんの服ですね」


「はい。今日は3着くらい買えたらいいなって思ってます」


「じゃあ人気のお店に行きましょう!」


 エレナさんに案内されて向かったのは、大通りから少し入った場所にあるブティックだった。


 店へ入ると、ちょうど他のお客さんはいないようだった。奥から女性が出てくる。


「あら、エレナさん。いらっしゃい」


「こんにちは。今日は友人と一緒なんです」


 友人。


 その言葉に、少しだけ嬉しくなる。


「こちら、団長室付き事務官のリナさんです」


「まあ! あなたがリナさん?」


「はい」


「マティアスの妻のクララです。いつも主人がお世話になっています。」


「あ、マティアスさんの!こちらこそお世話になってます!」


「遠征で怪我をしたって聞いたけど、もう大丈夫なの?」


「はい。もうすっかり治りました」


「良かった! 主人も心配してたのよ」


「あの、以前こちらに来たばかりの頃、服とかを一式揃えてくださって、ありがとうございました。水色のワンピースも、とても気に入っています」


 女性がにこにこしながら私を見る。


「ほんとに? 気に入ってもらえて、良かったわ! それに主人、本当に助かってるみたいで。帰ってくるのが早くなって私たちも喜んでたの! この間はデザートもたくさんありがとうございました! とっても美味しかった!」


「喜んでもらえて嬉しいです」


「今日はご挨拶も兼ねて、お二人とも3割引きにしますね!」


「……3割?」


「私もですか?」


「はい。主人がお世話になってますし、せっかくですから」


「そんなにいいんですか?」


「遠慮しないで! ふふ。たくさん買ってくださいね」


 3割引き。


(……セールみたいなものでは?)


 最初は3着くらいのつもりだったけれど、私はそもそも服をほとんど持っていない。


「リナさん、これ似合いそうですよ」


 エレナさんが一着持ってくる。


「可愛い。でも、こういう色あんまり選ばないです」


「だからこそ試してみましょう」


「はい!」


 押されるまま試着してみると、思ったより悪くない。


 エレナさんとクララさんに服や靴を次々と勧められ、自分では選ばない色や形まで試していく。


 楽しい。


 自分では手に取らない服を勧めてもらったり、靴と鞄を合わせてみたり。気づけば、試着室と店内を何度も行ったり来たりしていた。


 途中からはエレナさんの服も一緒に見ることになった。


「これ、エレナさんに似合いそうです」


「私にですか?」


「はい。制服のイメージしかないから、こういうの着てるところ見てみたいです」


「では試してみましょうか」


 さっきまで私の服を選んでもらっていたので、今度は私が付き合う番だ。


 一緒に買い物をしているだけで、エレナさんが普段どんな色や小物を選ぶのか、今まで知らなかったことを少しずつ知っていく。


「リナさん、これも似合いますよ」


「え、もうこれ以上は持ち帰るのが難しいかもです」


「でしたら、風魔法で少し浮かせれば楽ですよ」


「あ、そっか。荷物にも使えるんですね」


「ええ。私たちは鍛錬も兼ねて、そのまま持つことが多いですけど」


「私、そういう使い方がまだ全然思いつかなくて」


 また笑い声が上がった。


◇


「……増えましたね」


 エレナさんが笑っている。


「増えました」


 結局、私が選んだのは服8着と、普段使いできる靴と少し綺麗めの靴を1足ずつ。それに仕事の日にも使えそうな鞄、下着、アクセサリーを3つ。


「最初、3着って言ってませんでした?」


「言いました」


「だいぶ増えましたね」


「3割引きだったので」


「それは理由になるんですか?」


「ふふ。なります」


 これは必要な買い物だ。


 一人で来ていたら、きっといつもと似たような服を何着か買って終わっていた。


 エレナさんも服と小物をいくつか選び、一緒に会計をしている時、マティアスさんの奥さんが私の持っていた別の店の包みに気づいた。


「そちらもお買い物してきたのですか?」


「あ、はい。団長と副団長へのお礼に、魔道筆記具を買ったんです」


「魔道筆記具?」


「署名を登録しておくと、魔力を流すだけで同じ署名が書けるらしくて。本人の魔力も残るから、確認にも使えるそうです」


「そんなものが出たんですか?」


「昨日発売されたばかりだそうです」


 奥さんが少し考えてから笑った。


「それ、主人が聞いたら欲しがりそう」


「マティアスさん、好きそうですよね」


「絶対好きです」


 なんとなく想像できて、私も笑ってしまった。


◇


 帰り道。


 大通りを歩いていると、少し先に大きな建物が見えた。


「あれって何ですか?」


「魔法劇場ですよ」


「魔法劇場?」


「劇に合わせて、魔法で光や景色を変えるんです。今の演目も評判がいいみたいですよ」


「そんなのあるんですか?」


 思わず建物を見上げる。


「行ってみたい……」


「でしたら、人気の演目だとチケットが取れない時もあるので、予約しておいた方がいいですよ」


「こういうところ、全然知らなかったです」


「まだ来て三か月くらいですものね。ほかにもありますよ」


「また教えてください」


「もちろんです」


 両手には買い物袋がいっぱい。服に靴、鞄、下着、アクセサリー。明日みんなに持っていく焼き菓子と、一番高かった魔道筆記具3本もある。帰りは風魔法で荷物を少し浮かせているので、見た目ほど重くはない。


(……金貨3枚)


 そこだけ考えると、やっぱりちょっと高かった。でも、後悔はしていない。


「今日は、いっぱい買いましたね」


「本当に」


「こんなにお金使ったの、こっちに来て初めてです」


「楽しかったですか?」


「はい。すごく楽しかったです」


 買い物をしたことも、美味しいものを一緒に食べたことも、知らなかった店や道を教えてもらったことも。


 全部楽しかった。


「また行きましょうね」


「はい!」


 次の休みも、少し楽しみになった。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


今日、評価をいただいていたことに今さら気づきました……!

ブックマークや評価をお願いするイラストまで作っていたのに、評価人数をどこで見るのか知らなかったという……。


5人もの方が評価してくださってました。本当に嬉しいです。ありがとうございます!


いつも読んでくださっている方も、最近見つけてくださった方も、これからもよろしくお願いします。

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