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トラウマ持ち事務員ですが、騎士団員たちの好意はきっと…勘違いです。  作者: 壬ひなた。


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37/51

37.もちもちドーナツと、ほどけた距離


 遠征から戻った翌日から、私は念のため休みをもらうことになった。


 怪我はすでに綺麗に治っていた。それでも、初めての遠征で、しかも初めて大型の魔物と対峙したのだからと、アルベルト様とアインス様が気を遣って休みにしてくれた。


(仕事、前倒ししておいて良かったな)


 遠征が延びても大丈夫なようにしていたおかげで、急ぐ仕事もない。そのまま公休も重なって、合わせて4日間の休みになった。


 休みの最終日は、前に約束していたエレナさんと街へ出かける予定もある。怪我のことを聞いたエレナさんには、予定を変えましょうかと気遣ってもらったけれど、もう体は何ともないので、約束通り行くことにした。


 帰ってから緊張が切れたからなのか、その日は自分でも驚くほどよく眠った。目が覚めた時には、もう翌日の昼だった。


 その日はほとんど何もせず、ありがたくのんびり過ごした。


 休み2日目に、街の美容室へ行って、遠征で焦げた毛先と伸びた分を少し整えてもらった。それから部屋に戻って本を読んだり、ゴロゴロしたりしていたけれど、夕方になる頃には少し暇を持て余し始めていた。


 スマホもネトフリも無いので、部屋で時間を潰す方法があまり思いつかない。


(そういえば、こっちの人って休みの日は何してるんだろ)


 今度、エレナさんに聞いてみよう。


 そして休みも3日目。


「……何か作ろうかな」


 部屋でぼんやりしていた時、ふと思いつく。


 アインス様、オスカーさん、レオくん、ルディ様。


 あの時、みんながいてくれたから、私は無事に帰ってこられた。


 アルベルト様にも、帰ってきてからずいぶん心配をかけてしまった。


(何か、お礼したいな)


 高価なものを贈るような関係でもないし、みんなが気軽に受け取れるものがいい。


(……お菓子とか?)


 そう考えて、前に市場で買った白玉粉にそっくりな粉を思い出した。


(そういえば、ポンデリングっぽいの作れたらなと思っていたけど)


 もちもちしたドーナツなら、おやつにちょうどいい。


 問題は――。


「豆腐……なんて、さすがにないよね」


 日本にいた頃、白玉粉と豆腐を使った簡単なレシピを見て、実際に作ったことがあった。


(でも、あのお店なら……)


 前にミナトと行った店には、味噌や醤油に近いものまであった。


 豆腐まであるとは思えないけれど、一応見てみるくらいならいいかもしれない。


(……行ってみようかな)


 私は財布と買い物袋を持ち、市場へ向かった。


◇


「あの、豆をすりつぶして固めたような……白くて、柔らかい食べ物ってありませんか?」


 我ながら、なんて説明だと思う。


 けれど、店員さんは少し考えたあと、「ああ」と頷いて、店の奥へ入っていった。


(え?)


 しばらくして戻ってきた店員さんの手には、浅い容器が乗っていた。


 そこに入っていたのは――。


「……え?! ある!」


 思わず声が出た。


 白い。


 四角い。


 柔らかそう。


 少しだけ味見させてもらうと、ほのかな豆の風味まである。


(豆腐だ! これ、ほぼ豆腐!)


 味噌に醤油に白玉粉。


 その上、豆腐まであるなんて。


「このお店、ほんとに日本食に近いものがたくさんあるな……」


 誰に言うでもなく呟きながら、私は必要な分を買った。


 あとは砂糖と揚げ油、それから足りないものをいくつか追加する。


 気づけば、帰る頃には両手いっぱいの荷物になっていた。


(……買いすぎたかな)


 でも、みんなの分を作るならこれくらいは必要だ。


 荷物を抱え直しながら、騎士団の敷地へ戻った。


◇


「リナちゃん?」


 騎士団の入口近くまで来たところで、聞き慣れた声がした。


 振り向くと、オスカーさんがこちらへ歩いてくる。


「こんにちは、オスカーさん」


「こんにちは。……って、すごい荷物だね。どこ持って行くの? 手伝おうか?」


「ありがとうございます。でも、すぐそこなんで大丈夫ですよ」


 そう答えると、オスカーさんはいつもの軽い笑みを浮かべた。


「すぐそこなら、なおさら手伝うよ」


「えっ」


「ほら。貸して」


 返事をする前に、腕に提げていた袋をいくつか持っていかれる。


「ありがとうございます。助かります」


「これくらい全然」


 そう言ってから、オスカーさんが改めて私を見る。


「それにしても、可愛い格好してるね。普段着、そんな感じなんだ」


「えっ」


 思わず自分の服を見る。


 今日は仕事ではないので、もちろんいつもの制服ではない。マティアスさんの奥様からいただいた、淡い水色のワンピースを着てきた。袖口と裾には小さな花の刺繍とレースがあしらわれていて、私も気に入っている。


「あ、ありがとうございます。これ、マティアスさんを通して、奥様からいただいたものなんです」


「あー、あそこのか。そりゃ良いやつだね。あのブティック、この辺じゃ有名なんだよ」


「え? そうだったんですか?」


「知らなかった?」


「はい。素敵な服だとは思ってましたけど……」


「人気あるよ。リナちゃんによく似合ってる」


 さらりと言われて、少しだけ頬が熱くなる。


(オスカーさんは、こういうこと普通に言う人だから)


 分かっている。


 分かっているけれど、真正面から言われるとやっぱりちょっと恥ずかしい。


「あれ、髪も少し切った?」


「はい。焦げたところと、伸びた分を少し整えました」


「……そっか。ところで、そんなに買って何作るの?」


「あ、お菓子です。皆さんに、先日のお礼をしたくて」


 オスカーさんの足が、ほんの一瞬だけ止まった。


「……お礼?」


「はい。遠征の時、たくさん助けていただいたので」


 そう言うと、オスカーさんは少しだけ困ったように笑った。


「それなら、俺ももらえる?」


「もちろんです」


「そっか」


 今度の笑顔は、いつものからかうようなものとは少し違って見えた。


「じゃあ、楽しみにしてる」


 それ以上、オスカーさんは何も言わなかった。


(あれ? もしかして……この前のこと気にしてるのかな。前なら、ここで「じゃあデートしてよ」とか言いそうなのに)


 隣を歩くオスカーさんを見上げる。


 いつも通りに見えるけれど、やっぱり少しだけ何かが違う気がした。


 そのままオスカーさんに調理場まで荷物を運んでもらい、そこで別れた。


◇


 調理場を借りて、生地を作る。


 白玉粉に近い粉を細かく潰して、豆腐を混ぜ、小麦粉や砂糖を加えていく。


「おお……それっぽい」


 柔らかくまとまった生地を、小さく丸める。


 それを輪になるように並べて、形を整えていく。


 簡単そうに見えて、これが意外と時間がかかった。


「丸める数、多いな……」


 でも、せっかくならあの形にしたい。


 いくつも小さな丸を作っては繋げ、揚げ油へ入れていく。


 じゅわっと音を立てながら、生地が少しずつ膨らんでいった。


(いい感じかも)


 表面がきつね色になったところで引き上げて、砂糖を使った甘い衣をかける。


「……できた!」


 見た目は、かなりそれっぽい。


 端を少しちぎって味見する。


「もちもち!」


 ポンデリングそのものとは少し違う。


 でも、これはこれでかなり美味しい。


 出来上がったドーナツを並べ、ひとつずつ油が染みにくい薄い紙で包んでから、渡す場所ごとにまとめていく。


「アルベルト様、2個。アインス様、2個。オスカーさん、2個。レオくん、2個……」


 そして。


「ルディ様は3個」


 そこだけは、なぜか迷わなかった。


◇


(出来たてのうちに渡しちゃおう)


 まず向かったのは、第一部隊の詰所だった。


「オスカーさん、レオくん。少しいいですか?」


「あ、リナちゃん」


「リナさん!」


 二人ともこちらを見る。


 レオくんは一瞬だけ目を丸くした。


 それから、いつものように笑おうとして――少しだけ表情が止まる。


「……もう、大丈夫なんですか?」


「うん。元気だよ」


「そっか……」


 笑ってはいるけれど、いつものレオくんとは少しだけ違う。


 オスカーさんも市場で会った時と同じように笑っている。それなのに、なんとなく私の顔を窺っているように見えた。


(やっぱり、二人とも気にしてるのかな)


「これ、さっき話してたお菓子です」


 包みを差し出す。


「遠征の時、助けていただいたお礼です。よかったら食べてください」


「……お礼って。でも、結局リナさん大怪我したし」


 レオくんの眉が下がる。


「ううん。あの時は……みんながいてくれたから、ちゃんと帰ってこられたから。だから、すごく感謝してる」


 レオくんがぱちぱちと瞬きをした。


「気に病まないで、普通に接してほしい」


 隣でオスカーさんも、少しだけ目を細める。


「……じゃあ、食べます!」


 レオくんが包みを開け、さっそくひとつ取り出す。


「これ、丸いのいっぱいくっついてる!」


「そう。ちぎって食べてもいいよ」


「いただきます!」


 包み紙の端を持ったまま、ぱくりと一口。


 直後、レオくんの顔がぱっと明るくなった。


「うまっ! 何これ、もちもちしてる!」


「本当? よかった!」


「リナさん! これ! お店出せますよ!」


「ふふ。いつもレオくんはそうやって褒めてくれるね」


「だって本当ですもん!」


 オスカーさんもひとつ取り出し、包み紙を少し開いて口に運ぶ。


「ほんとにうまい。面白い食感だ。リナちゃん料理も上手なんだ」


「ふふ。まぁ、割と得意な方かなとは思ってます」


「はは! うん! ほんとうまいよ。これ」


 気づけば、さっきまでの微妙な空気は消えていた。


「リナちゃん、ありがと」


「いえ。こちらこそ、本当にありがとうございました」


「じゃあ、今日荷物運んだ分でもう1個もらえたりする?」


「2つずつ作りましたよ」


「え! マジ? さすがだな」


 オスカーさんが、いつものように笑う。


「じゃあ、ついでに今度デートしてよ」


「だったらオレもリナさんと出かけたいです!」


「え? レオくんまで?」


「お前まで便乗すんなよ」


「オスカーさんが変なこと言うから、レオくんまで影響されてるじゃないですか」


「え? 俺のせい?」


 オスカーさんが少し考えてから、肩をすくめた。


「じゃあまあ、今度3人でメシでも行くか」


「……それなら、楽しそうですね」


 そう答えると、オスカーさんが少しだけ目を細めた。


「え?」


「いや、なんでもない」


 その後も、オスカーさんとレオくんのやり取りがおかしくて、思わず笑ってしまう。


(良かった。やっぱりいつもの二人だ)


「じゃあ、私、まだ渡しに行くところがあるので。失礼します」


「うん。またね、リナちゃん」


「また!」


 二人に手を振って、第一部隊の詰所を後にした。


◇


 次に向かったのは団長室だった。


 ノックをして中へ入ると、アルベルト様とアインス様がそれぞれの机で仕事をしていた。


「失礼します」


「リナ?」


 アルベルト様が顔を上げる。


「どうした。今日は休みだろう?」


「はい。これを渡したくて来ました」


 手にした包みを少し持ち上げると、アインス様が私を見て、ふと目を止めた。


「……髪を切りましたか?」


「え? あ、はい。焦げたところと、伸びた分を整えてもらいました」


「そうでしたか。素敵です。よく似合っています」


「ありがとうございます」


 思いがけず褒められて、少しだけ照れくさい。


 アインス様は小さく笑ってから、私が手にしている包みに視線を移した。


「お菓子ですか?」


「はい。故郷にあったものに似せて作ってみました。遠征の時のお礼です」


 二人とも、一瞬だけ黙った。


(あ……まただ)


 やっぱり、みんな少し気にしている。


「リナ。休みの日に、わざわざこんなことをしなくても……」


「大丈夫ですよ。最初の2日はほとんど休んでましたし、本を読んだりしてたんですが、今日はもう暇を持て余していたんです」


「……そうなのか?」


「はい。もう元気です!」


 そう答えると、アルベルト様の表情が少しだけ緩んだ。


 アインス様も私を見てから、小さく笑う。


「心配していたのですが、杞憂だったようですね」


「え?」


「あれだけの思いをして、精神的な負担が残っていないか心配していました。元気になったようで何よりです」


「はい! 元気です」


「良かったです。では、ありがたくいただきます」


「はい!」


 私は包みを開き、二人にひとつずつ手渡した。


 アインス様は包み紙を少し開き、不思議そうに眺めてから口へ運ぶ。


「……なるほど。普通の揚げ菓子とは、食感が違いますね。随分もちもちしています」


「豆腐に似たものを混ぜてみたんです」


「豆腐?」


「あ、それが市場にあったんですよ! 私もびっくりして――」


 思わず説明していると、アルベルト様も包み紙を少し開いて、一口食べた。


 ゆっくりと頷く。


「美味しいな」


「本当ですか?」


「ああ。ありがとう、リナ」


 その声は、いつもの柔らかな声だった。


(……良かった)


 なんだか、それだけで少し安心する。


 ほんの数日なのに、こうしてここで普通に話しているのが妙に懐かしい。


(やっぱり、ここにいるの好きだな)


「では、残りもどうぞ。良かったら後で食べてください」


「ああ、ありがとう」


 残りの入った包みをアインス様に手渡す。


「リナ、とても美味しかったです。休日なのにありがとうございます」


「いいえ! 喜んでもらえて私も嬉しいです! では、今日は失礼します!」


 私は二人に挨拶をして、団長室を後にした。


◇


 最後に向かったのは魔術団だった。


 ルディ様には3個。


(絶対食べるよね)


 包みを持って研究室を覗く。


「こんにちは。ルディ様、いますか?」


 机に向かっていた銀髪が、こちらを振り返った。


「あ、リナ」


「お仕事中でしたか?」


「うん。でも大丈夫。どうしたの?」


「これ、ルディ様に」


 包みを差し出すと、ルディ様が受け取って中を覗いた。


「……お菓子?」


「はい。遠征の時のお礼です」


 ほんの一瞬だけ、ルディ様の表情が止まる。


 けれど、私はそのまま続けた。


「助けてくださって、ありがとうございました」


「……」


「みんながいてくれたから、私はちゃんと帰ってこられました」


 ルディ様はしばらく包みを見てから、ゆっくりと顔を上げた。


「……そっか」


「はい」


 少しだけ間があって。


「あの時は、本当にごめん。あと、お菓子ありがとう」


 そう言って、ルディ様は包みの中をもう一度覗いた。


「3個ある」


「ルディ様は甘いものがお好きなので」


「僕だけ3個?」


「はい」


「兄様は?」


「2個です」


 ルディ様の口元が、ほんの少し上がる。


「僕の方が多い」


「甘いものが好きでしょう?」


「うん。よく覚えてたね」


「みんな、覚えてますよ」


 思わず笑ってしまう。


 ルディ様はその場でひとつ取り出し、包み紙を少し開いて、さっそく食べ始めた。


「……おいしい」


「よかったです」


「これ、また作る?」


「あ、はい。作りますよ。ミナトとキリアンにも食べてもらいたいなと思ってて」


「その時はまた欲しい」


「ふふ。わかりました」


 まだベルグレンにいる、ミナトとキリアン。


(帰ってきたら、二人にも作ろう)


 まだしばらくは、ベルグレンにいると聞いている。


 その時には、今日よりもう少し上手に作れたらいいな。


 残りのドーナツを嬉しそうに眺めているルディ様を見ながら、そんなことを考えた。


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