33.魔道銃の実地試験と森の異変
「何がちょうどいいんですか!?」
思わず聞き返した私に、ルディ様は悪びれもせず笑った。
「実地試験だよ。固定標的にはちゃんと当たったでしょ? あれくらいの小型なら危険も少ないし、動く相手に試すにはちょうどいい」
「待ってください」
アインス様がすぐに口を挟んだ。
「リナは記録担当です。実戦に参加させるために同行させたわけではありません。それに、戦闘を前提にした準備をしているわけでもない」
「でも、実際に魔道銃を使う人が全員騎士とは限らないでしょ。むしろリナみたいに戦闘経験がほとんどない人でも扱えるかどうか、確認しておきたいんだけど」
「それを今ここで行う必要はありません」
珍しく、ルディ様とアインス様の意見が真っ向からぶつかっている。
その間にも、小型の魔物はゆっくりとこちらへ近づいてきていた。草むらから姿を現したのは、私の知っているトカゲよりずっと大きいけれど、さっきまでの魔物たちに比べればかなり小さい。
低い身体をくねらせながら、のそのそと進んでくる。
「どうした?」
戻ってきたオスカーさんとレオくんが、こちらへ歩いてきた。
「リナに実地試験してもらおうと思って」
「ルディ……」
アインス様の声が低くなる。
「まあまあ。やるなら俺たちが周りを固めればいいだろ」
オスカーさんがトカゲ型の魔物へ視線を向けた。
「さっきみたいな中型なら止めるけど、あれくらいなら何かあってもすぐ対処できる」
「オスカーまで……」
アインス様が眉間を押さえる。
「俺は無理にやらせろとは言ってないぞ」
そう言って、今度は私を見る。
「リナはどうする?」
「私……」
トカゲ型の魔物を見る。
固定標的を撃った時は、思ったより怖くなかった。
それに、もしこの魔道銃が本当に実用化されるなら、動く相手にも使えるのかは確認しておいた方がいいのかもしれない。
「……やってみたいです」
「リナまでですか」
「すみません」
「謝るところではありませんが……」
アインス様が眼鏡の奥で目を細めた。
しばらく考えたあと、小さく息を吐く。
「……分かりました。ただし、条件があります」
「はい」
「私のそばから離れないこと。標的はあの1体だけ。少しでも危険だと判断したら、すぐに中止します」
「はい!」
「それから、周囲の警戒は継続してください。先ほどから短時間に4体も現れています。何か異常が起きている可能性があります」
第二部隊の騎士たちが返事をし、それぞれ周囲へ散っていく。第一部隊もオスカーさんとレオくんを中心に、私と魔物を囲むように位置を取った。
(……すごい厳重)
これだけ強い人たちに囲まれていたら、さすがに大丈夫だろう。
「やった」
「ルディは喜ばないでください」
「はいはい」
全然反省していない返事だった。
魔道銃を受け取ると、急に手のひらが汗ばんだ。
(さっきは動かない的だったけど、今度は生きてるんだよね……)
小型とはいえ魔物だ。
ゆっくり歩いていたトカゲ型の魔物が、こちらに気づいたのか顔を上げる。
次の瞬間。
短い脚が、ものすごい勢いで動いた。
「えっ!?」
さっきまでの、のそのそした動きは何だったのか。
地面すれすれを滑るように、一気にこちらへ駆け出してくる。
「ほら」
オスカーさんが笑った。
「魔物なんだから、ずっとのそのそしてるとは限らない」
「先に言ってください!」
「今言っただろ?」
「今じゃ遅いです!」
「リナ」
すぐ横から聞こえたアインス様の声に、慌てて前を向く。
「落ち着いてください。まだ十分距離があります」
「はい!」
魔道銃を構える。
でも、あんなに動き回る頭を狙うのは難しい。
「オスカーさん、これ無理です!」
「慌てるな。そのまま撃つ必要はない」
「え?」
「動くなら、まず動きを止める方法を考えろ」
その言葉に、さっきの戦いが頭をよぎった。
地面を崩して魔物の脚を沈ませ、動きを止める。
それから、目を狙った土の槍。
(そっか。先に止めればいいんだ)
私は魔道銃を右手に持ったまま、左手を魔物へ向けた。
(足元だけ。広げすぎないように……!)
地面を薄い氷が走る。
「……え?」
オスカーさんの声がした。
トカゲ型の魔物が踏み込んだ瞬間、その4本の脚を囲むように氷が一気にせり上がった。
「ギャッ!」
魔物が激しく身体を捩る。
けれど、抜けない。
(止まった!)
「……リナちゃん、氷魔法使えたのか?」
「はい! 使えるようになったのは最近ですが!」
「すごいじゃん! ちゃんと動き止まってる!」
「オスカーさん! 集中できないです! 会話は後にしてください」
「了解!」
「リナ、落ち着いてください」
アインス様に注意されて、慌てて魔物へ向き直る。
「そのまま維持してください。焦らなくて大丈夫です」
「はい……!」
暴れる魔物を見つめる。
このまま頭を狙っても、一発で仕留められるとは限らない。
(だったら……)
脚を拘束したまま、今度は首元へ意識を集中させる。
(ここだけ。できるだけ狭く……!)
首を囲むように、薄い霜が一気に広がった。
白く凍りついた部分が、みるみる厚みを増していく。
「……なるほど」
アインス様の声が聞こえた。
私は左手を魔道銃へ戻し、両手でしっかりと構える。
今度は狙いが定まる。
凍らせた首元へ照準を合わせた。
(ほんとに、ごめん……!)
指に力を込める。
引き金を引いた。
乾いた音とともに、魔力弾が一直線に飛ぶ。
凍りついた首元へ命中した瞬間、鋭い破砕音が響いた。
首が地面へ落ちた。
「……っ」
魔物の身体が一度だけ大きく震えた。
それから数秒待っても、もう動かなかった。
「……倒した?」
「倒したね!」
ルディ様が嬉しそうに声を上げる。
「動く相手でも問題なし! 命中もした! これ結構いいじゃん! めっちゃ使える! しかも一発じゃん! 威力もある! 計算も完璧じゃない?!」
一気に捲し立てるルディ様の目が、どんどん輝いていく。
「アインス、どう思う?!」
「ええ。威力も高いですし、小型の魔物には十分通用しますね」
アインス様も倒れた魔物と魔道銃を確認しながら頷いた。
「安全面をもう少し詰めれば、軍だけではなく、農村部の自衛にも使えるかもしれませんね。熊型や猪型の魔獣はしぶといですから」
「でしょ!? リナ、使ってみてどうだった?!」
「え、私ですか?」
「実際に使った人の感想が一番大事でしょ!」
「そうですね……」
さっき撃った時の感覚を思い出す。
「やっぱり反動が大きいと思います。私も固定標的を撃った時に一歩よろけましたし、筋力がない人だと扱いづらいかもしれません」
「うんうん」
「一般の方が使うなら、反動を抑える術式があれば、もっと使いやすくなるんじゃないでしょうか?」
「それだ!」
ルディ様がぱっと顔を輝かせた。
「反動を抑える術式か! 出力ばっかり見てた! そこ調整したらもっと使える人増えるじゃん!」
「今ここで改良を始めないでくださいね」
「分かってるって」
「その顔は分かっていませんね」
「あはは」
思わず笑ってしまう。
「でも、リナさん本当にすごかったです!」
レオくんが嬉しそうに私の方へ駆けてきた。
「初めて魔物を撃ったんですよね? ちゃんと一発で倒してましたよ!」
「ありがとう。でも、レオくんもさっきすごかったよ」
「俺ですか?」
「炎刃! あれ、すごくかっこよかった!」
「ほんとですか!?」
レオくんの顔が、ぱっと明るくなる。
「やった!」
あまりにも素直に喜ぶから、つられて笑ってしまった。
「ふふっ。レオくんって、やっぱりこういうかっこいい魔法が好きなんだね」
「好きです! めちゃくちゃ!」
「やっぱり」
満面の笑みで答えるレオくんを見て、私も自然と笑顔になる。
「……へえ」
「え?」
横から声がして振り向くと、オスカーさんが私を見ていた。
「リナちゃん、そんな顔するんだな」
「そんな顔?」
「めちゃくちゃいい笑顔」
「え?」
オスカーさんが楽しそうに目を細める。
「俺にも今度、そんな顔見せてよ」
「もう、オスカーさんは……」
こういうことをさらっと言うから、本当に反応に困る。
「そういえば、オスカーさんもさっきすごかったですね。見直しました」
「……それ、喜んでいいやつ?」
「褒めてますよ?」
そう言って笑うと、オスカーさんが一瞬だけ目を丸くした。
「……そっか」
それから、なんだか嬉しそうに笑う。
「じゃあ、素直に喜んどく」
「動きを止めてから攻撃するところ、すごく参考になりました。だから私も、先に動きを止めればいいのかなって思ったんです」
「なるほどな。ちゃんと見てたんだ」
「見てましたよ。すごかったです」
そう答えると、オスカーさんはまた少し嬉しそうに笑った。
その隣で、アインス様が小さく息を吐いた。
「……とにかく、今回は成功です」
「はい!」
「次回以降については、今日の結果と使用感を持ち帰ってから改めて検討します」
「分かりました」
緊張していた分、力が抜けて、私もつられて笑った。
固定標的だけじゃなく、動く魔物にも使えた。
まだ改良するところはありそうだけれど、魔道銃の実地試験としてはかなり良い結果だったんじゃないだろうか。
そう思った時だった。
「……あれ?」
ルディ様の声がした。
さっきまで楽しそうに魔道銃を見ていたはずなのに、今度は倒れた魔物をじっと見ている。
「どうしました?」
「ちょっと待って」
声の調子が変わった。
ルディ様が魔物のそばへしゃがみ込み、その身体を横へ向けた。
腹側には、背中からは見えなかった赤い模様が浮かんでいた。
「……これ」
ルディ様の顔から笑みが消える。
「サラマンダー?」
「え?」
アインス様もすぐに近づいた。
「サラマンダー……ですか?」
「たぶん」
ルディ様が赤い模様を見つめる。
「でも、こんな小さいの……僕も実物は初めて見た」
「そんなに珍しいんですか?」
「幼体が外で単独行動してること自体、かなり珍しいよ。普通は成体の縄張りからほとんど出ない」
「幼体……?」
嫌な言葉が聞こえた。
「これ、子どもなんですか?」
「うん」
「私、子ども撃ったんですか!?」
「リナ、それより――」
アインス様が急に顔を上げた。
さっきまで楽しそうだった空気が、一瞬で消える。
「全員、警戒してください」
「アインス様?」
「幼体がここにいるということは、成体も近くにいる可能性があります」
ぞわっと背中が冷えた。
その瞬間。
ズンッ。
地面が揺れた。
「……え?」
少し離れた森の奥から、何かが木をへし折るような音が響く。
『巨大な魔物を確認! サラマンダーです! 全高15メートル、全長30メートル級!』
イヤーカフから切迫した声が飛び込んできた。
「えっ、30メートルって……」
思わず、地面に倒れた小さなサラマンダーへ目を向けた。
(あの子を探して……?)
「全員、戦闘態勢! 魔術団は後方へ! 第二部隊は護衛を!」
アインス様の声が飛ぶ。
「第一部隊、前へ!」
「了解!」
オスカーさんとレオくんが同時に動いた。
研究員たちが騎士に守られながら後ろへ下がっていく。
「リナは私の後ろへ」
「はい!」
ズンッ。
再び地面が揺れた。
森の木々が大きく揺れる。
太い幹を押し退けるようにして、巨大な影が姿を現した。
「……嘘」
赤黒い鱗。
地面を踏みしめる太い四肢。
私たちより遥かに高い位置にある頭。
さっき私が倒したトカゲ型の魔物とは、比べものにならないほど巨大だった。
その瞬間、頭の中で何かが繋がった。
(もしかして……さっきの3体、この魔物から逃げてきたの?)
巨大なサラマンダーは、ゆっくりと歩みを止めた。
そして。
地面に倒れた幼体へ、視線を落とした。




