32.予想外の遭遇と、実戦の騎士たち
「短時間に4体も現れるなんて……何かあったのかもしれませんね」
(オスカーさんが1体倒したばかりなのに、まだ3体もいる……!)
レオくんはすでに二班を率いて前へ出ており、アインス様の指示を待っていた。
アインス様が周囲へ素早く視線を走らせる。
通信魔道具から、すぐに追加の報告が入った。
『西側の追加個体、小型の魔獣です。こちらへゆっくり接近中』
「あ、それなら倒さずにそのまま見てて」
ルディ様が軽い調子で返す。
「固定標的は問題なかったし、実地試験にちょうどいいかも」
(実地試験?)
嫌な予感がしたけれど、今はそれどころではない。
残る中型の魔物は2体。
そのうち1体は地面を這うようにこちらへ向かっていた。長い胴体に無数の脚が並び、巨大なムカデのような姿をしている。
(……動きが速い! しかも今度は巨大なムカデ!?)
「あれは素早い個体ですね。レオに任せましょうか」
「はい!」
レオくんが大きな声で返事をした。
次の瞬間、勢いよく地面を蹴る。
「蒼き風よ、我が翼となれ!」
風が一気に巻き上がり、レオくんの身体が空へ飛び出した。
ムカデ型の魔物は地面をものすごい速さで這い、木々の間を縫うように走っていく。あの速度で追いかけながら攻撃するのは、かなり難しそうだ。
けれど、レオくんは追いかけなかった。
魔物の進行方向へ回り込むと、上空から片手を振り下ろす。
「よっ!」
地面すれすれから、強い風が一気に巻き上がった。
「ギィィッ!?」
長い胴体が浮く。
何十本もある脚が空中でもがくけれど、地面には届かない。さっきまであれほど速かった魔物が、一瞬で動きを止められていた。
(速い相手を追いかけるんじゃなくて、走れなくしたんだ)
風に巻き上げられた長い身体が、大きく捩れる。
レオくんはその上空で片手を構えた。
「炎刃!」
炎をまとった風の刃が走った。
1つ。
そう思った直後、その後ろを追うように次々と斬撃が走る。
――5連。
炎の刃が長い胴体を一気に駆け抜け、何か所も切り裂いた。
切断された身体が次々と地面へ落ちる。
「うわ……」
それでも、一部はまだ脚を動かしていた。
けれど、切断面に残っていた炎が一気に燃え広がる。蠢いていた身体も、すぐに動かなくなった。
「よし!」
上空でレオくんが拳を握る。
いつも明るくて人懐っこいレオくんと同じ人とは思えない。
(……レオくん、めちゃくちゃ強い)
「ずいぶん上達しましたね」
すぐ横から聞こえた声に、私は振り返った。
アインス様はレオくんの戦闘を確認しながらも、残る1体の魔物へ片手を向けている。
そこにいたのは、巨大なカマキリのような魔物だった。
私より遥かに大きな身体。両腕には鎌のような太い刃がついていて、ギチギチと不気味な音を立てながらこちらへ向かってくる。
(今度はカマキリ!? 羽……ある。まさか飛ぶ?)
その直後、大量の水が空中へ溢れ出す。
「水檻」
「えっ!?」
水は地面へ落ちない。
大きな塊のままカマキリ型の魔物へ向かい、その巨体を丸ごと包み込んだ。
「ギィィィィッ!」
水の中から、くぐもった絶叫が響いた。
魔物が激しく鎌を振り回す。
けれど、水の檻から抜け出すことはできない。
さらに風が巻き起こり、水檻の内部に大きな流れが生まれた。
大量の水がぐるぐると回転し始め、カマキリ型の巨体まで巻き込んでいく。
「……あんなに大量の水を、あの状態で動かせるんですか?」
「量が増えれば制御する箇所も増えますが、基本は同じですよ」
アインス様はさらりと言う。
暴れる魔物を閉じ込めたまま、巨大な水の塊そのものまで動き始めた。
騎士や研究員たちのいない広い場所まで移動していく。
その時だった。
カマキリ型の腹部の先が、不自然に動いた。
「……え?」
次の瞬間、尻のあたりから黒っぽい触手が、ずるりと這い出してきた。
「ひえっ!?」
思わず声が出た。
一本、また一本と触手が伸び、その奥から、クラゲのような黒っぽい塊が姿を現す。
その表面には、小さな目のようなものがいくつも並んでいた。
そして、それまで激しく暴れていたカマキリ型の身体から、急に力が抜けた。
「な、なんですか、あれ!? 寄生虫みたいなやつですか!? 気持ち悪い!」
「ええ。どうやら、寄生されていたようですね」
触手型の魔物は水の中から逃げ出そうと、何本もの触手を一斉に伸ばした。
けれど、回転する水流に押し戻され、外へ出ることができない。
「き、気持ち悪い……!」
「ふふ。そうですね。気持ち悪いですね」
アインス様は少し笑った。
なのに、手元の魔法は一切乱れていない。
思わず後ずさりしかけると、アインス様がこちらを見た。
「私がいるので大丈夫ですよ」
穏やかな声でニコリと笑った。
まるで、目の前にあんな気持ち悪いものがいることなんて、何でもないみたいに。
「……はい」
それだけなのに、本当に大丈夫な気がしてくる。
その直後、水の中に小さな泡が増え始めた。
「……え?」
ボコッ、と大きな気泡が弾ける。
次々と泡が生まれ、巨大な水檻が激しく煮え立ち始めた。
「ア、アインス様。これ……沸騰してません?」
「していますよ」
「していますよって……!」
あれだけの量の水が煮えたぎっているのに、私のいる場所はほとんど暑くない。
湯気もこちらには流れてこず、水檻の周囲だけで風が動いていた。
「周囲まで熱くしてしまっては、味方の邪魔になりますからね」
「そんな調整まで……」
水の中で触手型の魔物が激しく暴れる。
けれど、それも長くは続かなかった。
動きは次第に鈍くなり、やがて完全に止まる。
それでもアインス様はしばらく様子を確認してから、指先を動かした。
一筋の水が鋭く走り、カマキリ型の首が切り落とされた。
間を置かず、もう一筋。
黒い塊も真っ二つになる。
「ひっ……!」
「……念のためです」
(十分すぎるほど倒してたと思うけど……)
「終わりですね」
アインス様が軽く手を下ろす。
その瞬間。
さっきまで魔物を丸ごと包み込んでいた大量の水が、一気に消えた。
「えっ!?」
地面に大きな水たまりができることもない。
湯気も、水滴もほとんど残っていなかった。
ただ、倒された魔物だけがそこに残っている。
(あれだけの水を出して、回して、動かして、沸騰させて……最後はこれ?)
理解が追いつかない。
アインス様は眼鏡を押し上げると、何事もなかったように周囲を確認した。
「レオ、状況は?」
「こっちは終わりました!」
これで、中型の魔物2体は倒された。
私はようやく大きく息を吐いた。
そんな時、通信魔道具から声が入る。
『西側の小型個体、そちらへ近づいています』
「あ」
少し離れた場所で、ルディ様が声を上げた。
視線の先を追うと、草むらの向こうから、さっきまでの魔物たちとは比べものにならないほど小さな魔獣が姿を現す。
地面すれすれを這うように進む、トカゲに似た魔獣だった。
ルディ様の顔がぱっと明るくなる。
「ちょうどいいの来たじゃん!」
「何がちょうどいいんですか!?」




