30.初めての魔術団と、心配性な団長
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話がまとまると、私は第二部隊の執務室を出て、団長室へ戻った。
昨日の料理で余った食材も、アインス様と相談して、卵や牛乳は寮母さんに使ってもらい、米や味噌、醤油はそのまま保存庫に置いておくことにした。
ルディ様が「明日の分」と言っていたプリンとアイスだけは、きちんと取り分けて残してあり、他はなくなっていた。アインス様が配り終えてくれたようだ。
私も席に戻り、遠征までに済ませておいた方がいい仕事を確認する。
処理する書類の優先順位を決める。留守にしている間に困ることがないよう、前倒しできるものは済ませておこう。
そうして仕事を進めているうちに、各部隊や魔術団との予定もまとまり、実地試験は3日後に行われることになった。
しばらくすると、見慣れた銀髪がこちらへ歩いてきた。
「事務官殿」
「あ、ルディ様。お疲れさまです」
「昨日のプリンとアイス、まだある?」
「ありますよ。ちゃんと取ってあります」
「よかった」
ルディ様が満足そうに笑う。
「取りに来たんですか?」
「それもあるけど、今度の実地試験の説明もしに来たんだ」
「実地試験の?」
「うん。実物を見た方が早いから、魔術団まで来て」
「分かりました」
私が記録することになるのだから、先に実物を確認できるならありがたい。
「それなら、プリンとアイスも持っていきますね」
保存しておいたプリンとアイスを取りに行き、私はルディ様と一緒に騎士団本部を出た。
王国魔術団の建物は、騎士団本部から歩いてすぐの場所にある。
その途中、前を歩いていた赤い制服の魔術師たちの会話が耳に入った。
「そういえば聞いたか? フロリアン様の白馬、ペガサスになったらしいぞ」
「は? そんなことあるのか?」
「見たって奴がいるんだよ」
「見間違えたんじゃないか?」
「俺もそう思ったんだけどなあ……」
二人は首を傾げながら、そのまま歩いていった。
「…………」
思わず、その背中を見送る。
「ルディ様」
「なに?」
「ペガサスって、本当にいるんですか?」
「いるよ」
「いるんだ……」
そっちにも驚いた。
「でも、フロリアン様の白馬がペガサスになったっていうのは……?」
「さあ?」
ルディ様は特に興味もなさそうに首を傾げる。
「まあ、フロリアンはよく噂になるんだよね。あんな感じだから」
「確かに、すごく目立つ方ですもんね」
あの淡いローズ色の長い髪に、金色の瞳。
白い軍服まで恐ろしく似合っている。
近衛騎士団長という立場まで含めたら、目立たない方が難しい。
「前にも色んな噂を聞いたよ。噂してる人の心の声までうるさい時があるし」
「心の声まで?」
そういえば、ルディ様は人の心を読むことができる。
「心の声って、人によってそんなに違うんですか?」
「全然違うよ」
ルディ様は歩きながら、何でもないことのように答えた。
「ぼんやりしか分からない人もいるし、たまにものすごく大きい人もいる。野心が強い人なんか、すごいよ」
「野心……」
「普通の顔して歩いてるのに、頭の中ではずっと大声」
「それは……大変そうですね」
「結構うるさい」
あっさり言われて、少し笑ってしまった。
「聞かないようにはできないんですか?」
「今はできるよ。子どもの頃は無理だったけどね」
「子どもの頃は、全部聞こえてたんですか?」
「うん。今はある程度調整できるし、聞こえてた方が便利なことも多いから、普段はある程度聞こえるようにしてる」
「なるほど……」
読心魔法なんて、便利な能力だとばかり思っていた。
でも、聞きたくないものまで強く伝わってくることがあるなら、そう単純でもないらしい。
「だから、リナとミナトは楽なんだよね。何にも聞こえないから」
「……リナ?」
「うん。これからリナって呼ぶよ」
ルディ様がさらりと言った。
「何にも聞こえないのは静かでいいよ」
「……聞こえない方が、楽なこともあるんですね」
「あるある」
軽い返事だった。
それ以上は聞かず、私はルディ様と並んで歩いた。
やがて見えてきた王国魔術団の建物へ足を踏み入れる。
「わ……」
思わず辺りを見回した。
合同集会で赤い制服の魔術師たちは何度も見ている。
けれど、その人たちが普段働いている場所へ来るのは初めてだった。
廊下を行き交う赤い制服の魔術師たち。
壁際には見たことのない魔道具が置かれ、開いた扉の向こうでは、机いっぱいに広げられた術式を何人かで覗き込んでいる。
「すごい……」
目に入るもの全部が気になる。
「ミナトがすごかったって言ってたの、分かります」
「でしょう?」
「ここ、ずっと見ていられそうです」
「今度ゆっくり見ればいいよ。今日はこっち」
ルディ様に促され、さらに奥へ進む。
案内された部屋には、机の上に見慣れない魔道具が置かれていた。
長い筒状の本体に、両手で構えるための持ち手。
後ろには肩へ当てて固定するためらしい部分までついている。
見た瞬間、どこか覚えのある形だと思った。
「……銃?」
「やっぱり分かるんだ」
ルディ様が嬉しそうに笑う。
「向こうの銃とは、仕組みは全然違うけどね」
「遠距離攻撃用の魔道具だとは聞いていましたけど、まさかこんな形だとは思いませんでした」
近づいて見ると、筒の一部には小さな魔石が組み込まれ、その周囲に細かな術式が刻まれている。
「これが、今度試す新しい魔道具ですか?」
「そう。キリアンからミナトの世界にある武器の話を聞いて、前から研究してたんだ」
「じゃあ、弾を入れて撃つんですか?」
「弾は使わないよ」
ルディ様が魔道具を指差した。
「使う人自身の魔力を流して、中の術式で調整する。それをこの筒の中でまとめて、遠くへ飛ばすんだ」
「魔力を撃つための道具……?」
「そんな感じ。僕たちは魔道銃って呼んでるよ」
なるほど。
銃をそのまま再現したというより、遠くのものを狙って攻撃するという考え方を、この世界の魔法で作り直したらしい。
「今度の試験では、どのくらい遠くまで届くかとか、狙った場所に当たるかとか、使う魔力量なんかも確認する予定」
「あ、それを私も記録するんですね」
「そういうこと。魔術団からも記録担当が行くから、そっちと分担してもらうことになると思うよ」
「なるほど」
急に、自分の仕事が具体的に見えてきた。
距離。
命中した位置。
使用した人。
連続で使った場合の変化。
実際に使った人の感想もあった方がいいかもしれない。
魔力量や術式の反応については魔術団側でも記録するだろうし、あとで照らし合わせやすい形にしておいた方がよさそうだ。
記録しておいた方がよさそうな項目が、頭の中に次々と浮かんでくる。
「これなら、出発までに記録用紙をもう少し詰められそうです」
「じゃあ、見せて正解だったね」
「はい。ありがとうございます」
説明も一通り終わったらしい。
「また時間のある時に、他の魔道具も見せてください」
「うん。また色々聞かせてよ。ミナトの話も面白かったし」
「あ、プリンとアイス。今は魔法で冷やしていますけど、溶けたり傷んだりしないよう気をつけてくださいね」
「了解。でもすぐに食べるから大丈夫だよ」
「すぐ食べるんですね」
「そのために取りに行ったんだから」
そうだった。
「では、私は騎士団へ戻りますね」
「うん。お疲れ」
ルディ様はヒラヒラと手を振ると、プリンを食べ始めた。
思わず少し笑ってしまいながら、私は魔術団を後にした。
◇
騎士団本部へ戻ると、団長室にはアルベルト様とアインス様がいた。
「ただいま戻りました」
「ああ、おかえり」
アルベルト様が書類から顔を上げる。
「先程、魔術団でルディ様に今度の実地試験で使う魔道具を見せてもらいました。魔道銃というんですね」
「ちょうど、その実地試験について団長と話していたところです」
アインス様が手元の書類を机へ置いた。
「騎士団からは第一部隊の一班・二班と、第二部隊の一班が参加します。第一部隊の一班はオスカー、二班はレオが率います。全体の責任者は私です」
アインス様が手元の資料へ視線を落とす。
「魔術団側からは、ルディを含む研究員が数名参加し、記録担当も同行します。リナには騎士団側の記録をお願いします」
「はい」
私が記録担当として同行することは聞いていたけれど、具体的な編成まで聞くのは初めてだった。
けれど、アルベルト様は難しい顔をしていた。
「……オスカーがいるのが心配だな。リナが不快な思いをするかもしれない」
アインス様が眼鏡を押し上げる。
「確かにオスカーが余計なことを言う可能性はありますが、団長の代わりに私がきっちりお仕置きしておきます。そこまで心配なさらなくても大丈夫です」
アルベルト様は腕を組んだまま考え込む。
「それに今回は、リナが以前遭遇したうさぎの魔獣より大きなものもいるのだろう。私も同行した方がいいのではないか?」
「ですが、第一部隊からもオスカーとレオが同行しますし、私もいます。十分な人員も揃えています」
「いや、しかし」
「団長」
アインス様が静かに言った。
「リナは子どもではありませんよ。現地では、きちんと指示に従ってもらえば大丈夫です」
「それはそうだが……」
今度は私を見る。
そこまで心配されるとは思っていなかった。
「アルベルト様。大丈夫です。何かあれば言われた通り対処します」
「ああ。それは分かっている」
アルベルト様は少し困ったように眉を寄せた。
「……リナではなく、マティアスでは駄目なのか?」
「実地試験の日は、マティアスのお子さんの誕生日です。以前から休暇届が出されています」
「そうか」
アルベルト様が黙った。
しばらく考えたあと、また小さく唸る。
「……うーん」
「団長」
アインス様が少しだけ表情を和らげた。
「リナに経験を積んでもらうことも必要ですよ。今後も記録担当として遠征に同行することがあるかもしれません」
「……そうだな」
ようやく、アルベルト様が頷いた。
「すまない。少し心配しすぎた」
「いえ。心配してくださって、ありがとうございます」
素直にそう答えると、アルベルト様の表情が少し和らぐ。
「ただし、現地ではアインスの近くにいなさい。何かあればすぐ指示に従うこと」
「はい」
◇
それから2日。
実地試験の前日になった。
私は必要な記録項目をまとめ、筆記具や着替えなど、遠征に必要なものを一つずつ確認していた。
予定ではその日のうちに戻れるけれど、何かあった場合に備えて2日分。
忘れ物がないか確認していると、アルベルト様が小さな瓶を机の上へ並べた。
「リナ。これも持っていきなさい」
「……ポーション?」
「ああ」
数える。
4本。
「こんなに要りません!」
「念のためだ」
「4本も使うようなことになったら、もう実地試験どころじゃないですよ!」
「だが、この前は1日で2本使っただろう」
「あんなことはもうありません!」
私が2本で十分だと言っても、アルベルト様は念のため多い方がいいと言って譲らない。
「団長」
しばらく黙って聞いていたアインス様が、とうとう口を挟んだ。
「遠征先ではお酒もありませんし、食べ過ぎないように見ておきますから」
「そうか」
なんだろう。
なんだかものすごく恥ずかしい。
「多めに持つだけならいいだろう? 使わなければそれでいいし」
「でも、こんなに何本もいただけません。必要なら自分で用意しますので」
「気にしなくていい。私が持たせたいのだから」
結局、しばらくの押し問答の末。
私は2本だけ持っていくことになった。
「……これで十分です」
「何かあれば、惜しまず使いなさい」
「はい」
ようやく話がまとまり、ほっと息を吐いた。
どうやら、あのやらかした日のことは、しばらく言われそうだ。




