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トラウマ持ち事務員ですが、騎士団員たちの好意はきっと…勘違いです。  作者: 壬ひなた。


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29.隣国への帰還と、次の遠征


 翌朝、いつものように騎士団本部へ出勤し、団長室へ向かった。


 扉を叩いて中へ入ると、アルベルト様とアインス様のほかに、キリアンとミナトの姿があった。


「おはようございます」


「ああ。おはよう、リナ」


 挨拶を返しながら、少しだけ首を傾げる。


 ミナトがここにいるのはともかく、朝からキリアンまで団長室にいるのは珍しい。


「ちょうどよかった。リナにも伝えておこうと思っていた」


 アルベルト様に促され、ミナトがこちらを向いた。


「俺、1回隣国に戻ることになった」


「そうなんだね」


「うん。こっちに移る話は進めてもらうんだけど、その前に向こうで片付けないといけないことがあるから」


 一昨日、ダンジョンで素材を集めていたのも、冒険者として受けていた採取依頼のためだった。


 納品期限まではまだ余裕があるらしいけれど、こちらへ移ることになれば、その前に依頼品を納めてギルドへ事情を説明しておいた方がいい。


 この1年世話になった人たちにも挨拶をする。


 こちらへ移ることになれば、当然、荷物や身の回りのものも整理しなければならない。


「それと、オレも一緒に行くことになった」


 キリアンが続ける。


 1年前、国境付近でミナトを保護したのはキリアンたち第四部隊だ。


 当時の経緯を知っている人間が同行した方が、向こうとの話も進めやすいらしい。


「ベルグレン王国とは長く同盟関係にある。数代前には王族同士の婚姻も結ばれているから、今回の件で大きく揉めることはないだろう」


 アルベルト様の言葉に、私は初めて隣国の名前を知った。


 私が暮らすラウネディア王国と国境を接しているのは、ベルグレン王国だそうだ。


 とはいえ、いくら関係が良好だからといって、正式な手続きなしに国を移るわけにはいかない。


 ラウネディア王国側で正式な書状を用意し、外交を担当する文官も数名同行することになっているらしい。


 ベルグレン王国の王宮側へも、必要な話し合いのための面会を申し入れているという。


「思ったより大ごとになったなあ」


 ミナトは困ったように笑っていたけれど、1年間世話になった国との関係を曖昧にしたまま移るより、その方がいい。


 本人もそれは分かっているようだった。


「向こうでの手続きが済み次第、こちらでの受け入れを正式に進めます」


 アインス様が机の上の書類を整えながら言う。


 王国魔術団で働く話についても、すでに調整は始まっているらしい。


 まだ決定ではないけれど、ルディ様もかなり乗り気らしく、話は順調に進んでいるようだ。


「そういえば」


 そこでミナトが何かを思い出したように顔を上げた。


「昨日余った米、少し貰っていってもいい?」


「お米?」


「隣国へ行ったら、しばらく食えないかもしれないし」


 昨日買ったお米は、まだ結構残っていた。


 アインス様も問題ないと頷いたので、出発までに分けて渡すことになった。


 その後、アルベルト様は朝の会議へ向かい、アインス様も第二部隊へ戻っていった。


 キリアンも同行する文官との最終確認があるらしく、先に部屋を出ていく。


 残ったのは、私とミナトだけだった。


 せっかくなので、昨日の残りのお米を取りに行くことにする。


 廊下を歩きながら、ふと思い出した。


「そういえばミナト。昨日、なんでずっとキョロキョロしてたの?」


「……ああ」


 明らかに言いにくそうな顔をした。


「何?」


「いや……リナの周り、なんか乙女ゲームみたいになってんなと思って」


「乙女ゲーム?」


 思わず足を止める。


 ミナトも立ち止まり、少し考えてから続けた。


「アルベルトさんもアインスさんもキリアンも、やたらリナのこと気にしてるじゃん。昨日見てたら、なんか攻略対象に囲まれてる主人公みたいだなって」


「……ミナト」


「はい」


「そういうの、良くないよ」


 冗談だと思ったのか、ミナトが一瞬きょとんとする。


「みんな同じ職場なんだから、仲良くするのは普通でしょ。困ってたら助けてくれるし、色々気にかけてくれるけど、それを全部恋愛みたいに見るのは、ちょっと違うと思う」


「いや、でも――」


「そういうつもりじゃないのに、勝手に恋愛っぽく見られたら嫌じゃない?」


「それはまあ……」


 ミナトは何か言いたそうに口を開いたけれど、結局そのまま閉じた。


「……そっか」


「そうだよ」


 どうにも納得しきっていない顔だったけれど、それ以上は何も言わなかった。


「ミナトは乙女ゲームとか知ってるんだね」


「ああ。うちは姉ちゃんもゲーム好きだったから、よくスチル回収に付き合わされてたんだよ。その手のやつは一通りやった。あれ、何気に何周もするの苦行の時あるよな」


「確かに。ミニゲームが難しすぎて、なかなか進めないのとかあったよね」


「あ、あった。リズムゲームとかのやつ。姉ちゃんが出来なくて、ほぼ俺がやったな。まあ、子どもの頃の話で、最近のはわかんねぇけど」


 そんな会話をしながら、昨日使った調理場までやってきた。


 余っていた米を袋に分けて渡すと、ミナトは嬉しそうに受け取った。


 出発の準備を整えたキリアンたちと合流し、私は本部の入口まで見送りに出た。


 外交を担当する文官たちも、すでに揃っている。


 ミナトは荷物の中に米の袋を大事そうにしまい込むと、こちらを振り返った。


「じゃあ、行ってくるわ」


「うん。気をつけてね」


「またこっちに帰って来れたら、日本食作ろうな!」


「うん!」


 ミナトが大きく手を振る。


 その隣で、キリアンも軽く手を上げた。


「じゃ、行ってくる」


「キリアンも気をつけてね」


 こうして2人は、ベルグレン王国へ向けて出発した。


 ミナトが戻ってくるまで、少し時間がかかるらしい。


 見送ったあと、ほんの少しだけ寂しさを感じた。


 一昨日会ったばかりなのに、不思議なものだ。


 私は気持ちを切り替えて、仕事へ戻った。


 ◇


 午前の仕事が一段落した頃。


 書類を届けるため第二部隊の執務室へ向かうと、見知った男性がこちらに気づいて顔を上げた。


「リナさん」


「マティアスさん、お疲れ様です」


 第二部隊副隊長のマティアスさん。


 アインス様より少し年上で、普段は穏やかな雰囲気をしている。


 仕事で顔を合わせることは何度もあるけれど、その仕事ぶりはテキパキとしていて、行動に無駄がない。


「やあやあ、どうも。昨日はたくさんのデザートをありがとうございました。子どもたちが大喜びでしたよ」


「本当ですか? よかったです」


「ええ。私の分まで取られそうになりました。パチパチするアイスにみんな興奮していましたし、妻もとても喜んでいましたよ」


 困ったように笑っているけれど、どこか嬉しそうだ。


 マティアスさんには子どもが4人いる。


 家族との時間をとても大切にしているらしく、以前、私が書類の様式や仕事の流れを整理したことで、第二部隊の事務作業がかなり効率化されたと何度もお礼を言われていた。


「最近は、ほぼ定時に帰れるようになりましたから。本当に感謝しています。昨日は少し遅くなりましたが、いただいたデザートを持ち帰ったら、子どもたちが大はしゃぎで。楽しい夜になりました」


「それなら良かったです」


 そんな話をしながら届けに来た書類を渡すと、マティアスさんは内容を確認し、すぐに机の端へ置いた。


 その机の上には、別の書類がいくつか種類ごとにまとめられている。


「そうだ。ちょうど副団長から、リナさんにも話があると思います」


「私にですか?」


「昨日お呼びした件です。新しい魔道具の実地試験について、日程を決めることになりまして」


 昨日。


 料理をしている途中、マティアスさんがアインス様を呼びに来ていた。


 そのあとアルベルト様にも確認をお願いしていたのを思い出す。


「もう日程を決めるところまで進んでるんですか?」


「必要な準備だけ先に進めておきましたから」


 さらりと言いながら、マティアスさんが書類を1枚ずつ見せてくれた。


 実地試験に使えそうな場所は、すでにいくつかに絞られている。


 必要な備品の在庫も確認済み。


 使用申請に必要な書類も、場所が決まり次第提出できるところまで作られていた。


「……早いですね」


「昨日の時点で分かっていることを、今日まで置いておく理由もありませんので」


 やっぱり、この人は仕事が早い。


「候補地の決定と人員の選定については、副団長に判断していただきます。私は決まったあと、すぐ動けるようにしているだけですよ」


 そう言って、マティアスさんは書類を元の順番に戻した。


 少しして、アインス様が執務室へ戻ってくる。


 マティアスさんが用意していた資料を確認し、いくつか質問をしたあと、その場で1つの候補に印をつけた。


「こちらで進めましょう」


「承知しました」


 マティアスさんは迷うことなく必要な書類だけを抜き取った。


「では申請を出してきます。補給担当への確認も同じ棟ですので、そのまま済ませてきます」


 そう言い残し、すぐに部屋を出ていく。


 ……本当に早い。


 感心しながら見送っていると、アインス様がこちらへ向き直った。


「リナ。マティアスから、実地試験のことは聞きましたか?」


「はい。新しい魔道具の実地試験をすることになった、と」


「そうですか」


 アインス様が頷く。


「今回の実地試験ですが、記録係としてあなたにも同行してもらいたいと思っています」


「私でいいんですか?」


「ええ。記録の整理や手順書の作成には、あなたが一番慣れていますから」


 使用時の条件や結果、不具合が起きた場合の状況などを記録してほしいらしい。


「数日以内に実施する予定です」


 アインス様はいつも通りの落ち着いた声で告げた。


「今回は本部を離れ、野外での実地試験になります」


 私は瞬きをした。


「……遠征、ですか?」


「そうなりますね」


「何日ほどになりますか?」


「その日のうちには帰れると思いますが、予定外のことが起きる可能性も考えて、2日ほどは見ておいた方がいいでしょう」


「分かりました」


「それと、今回は実際の魔物を対象にした試験も予定しています。比較的危険度の低いものを選びますし、騎士たちが周囲を警戒しますので、必要以上に心配することはありません」


「魔物……ですか」


「以前、あなたがダンジョンで遭遇したうさぎの魔獣より、大きなものもいます。ただ、あなたは前に出る必要はありません」


 アインス様はそこで一度言葉を切った。


「なるべく私の近くにいてください。その方が安全です」


「ありがとうございます。アインス様」


 初めての遠征。


 少し緊張するけれど、私の役目は新しい魔道具の試験結果をきちんと記録することだ。


「必要な記録項目は、出発までに整理しておきます」


「ええ。お願いします」


 アインス様が満足そうに頷いた。


 まずは、出発までにできる準備をしておこう。


いつも読んでくださってありがとうございます!

ブックマークやリアクションも、とても励みになっています。


活動報告にも書きましたが、第3話にイラストを追加しました!

よかったら覗いてみてください。

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