26.甘過ぎる団長と、増えていくプリン
話が一段落した頃には、時計の針はすっかり昼近くを指していた。
ミナトのこれからについて、まだ何かが決まったわけではない。けれど、帰る方法を探すためにも、魔術団を見てみる価値はありそうだった。
「じゃあ、今から見学に来る?」
ルディ様が、まるで近所へ遊びに誘うような軽さで言った。
「今からですか?」
「うん。昼までなら少し見せられるよ」
「いや、俺としてはありがたいですけど……」
ミナトが少し困ったように頭を掻く。
「俺、今は隣国に拠点があるんですよ。もし本当にこっちで働くってなったら、国同士のやり取りも色々あるんじゃないですか?」
「ああ、それなら大丈夫」
ルディ様がにこりと笑った。
「僕、これでも公爵家だからね。それなりに力あるから!」
「そんな軽く言っていいやつなんですか?」
「大丈夫大丈夫。必要なら兄様にも頼めば――」
「ルディ、勝手に私を入れるな」
アルベルト様がすぐに口を挟んだ。
「でも、兄様も必要な手続きなら手伝ってくれるでしょう?」
「それはそうだが」
「ほら」
「ルディ」
今度はアインス様が静かに名前を呼んだ。
「まだミナトが魔術団で働くと決まったわけではありません。まずは見学です」
「分かってるって」
「分かっている人の進め方には見えませんが」
相変わらずだ。
思わず笑っていると、ミナトが立ち上がった。
「まあ、見学はしてみたいです。魔道具も気になるし」
「じゃあ行こう」
「軽いなあ……」
「昼になったら戻ってくるから」
ルディ様はそう言うと、もう扉へ向かっている。
「ミナト、頑張って」
「何を?」
「分かんない」
「余計怖いんだけど」
そんなことを言いながら、ミナトはルディ様のあとを追って部屋を出ていった。
扉が閉まる。
「……大丈夫かな」
「ルディは研究のことになると少々周りが見えなくなりますが、悪いようにはしませんよ」
アインス様が眼鏡の位置を直した。
「それなら安心です」
「さて、では報告書をまとめましょうか」
「手伝います!」
2人が帰ってくるまで、報告書をまとめたり、それぞれの仕事を片づけたりして過ごすことにした。
◇
昼になると、ルディ様とミナトが戻ってきた。
「おかえり。どうだった?」
尋ねると、ミナトが何とも言えない顔をした。
「……すごかった」
「何が?」
「俺が適当に話したものが、知らない魔道具になってた」
「え?」
「こっちには魔法があるから、そのまま作る必要ないんだって」
隣でルディ様が満足そうに頷いている。
「面白かったでしょう?」
「面白かったですけど……俺、何喋ったっけって怖くなりました」
「まだ見せたいものあるから、午後も来てね」
「まだあるんですか!?」
「うん」
「俺、もう確定なんですか?」
「うん」
「ですよね!」
どうやら、かなり気に入られたらしい。
「ではそろそろ向かいますか。ちょうど予約した時間になります」
「アインス様予約してくださってたのですか!」
「行って空いてないと困りますしね。予定通りです」
「時間調整すごすぎませんか?!」
そんな話をしながら、私たちは騎士団本部から少し歩いたところにある店へ向かった。
入った店は、落ち着いた雰囲気の洒落たレストランだった。
大きく開け放たれた窓から心地よい風が入り、薄い色のカーテンをゆっくり揺らしている。店の奥からは、大きな鍋で何かを煮込む音と、肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
「いい匂い……」
急にお腹が空いてきた。
「今日は肉の煮込みが人気みたいだね」
キリアンが壁に掛けられた札を見る。
「オレ、それにしようかな」
「俺も」
ミナトもすぐに頷いた。
「リナは?」
「迷う……」
肉の煮込みも美味しそう。
でも、隣の席へ運ばれていった白身魚の香草焼きも気になるし、その向こうに見える鶏肉の料理も美味しそうだ。
「どれと迷っている?」
アルベルト様が、私の見ている札を覗き込んだ。
「えっと……肉の煮込みと、魚と……あと、鶏肉も」
「では、それを頼もう」
「え?」
アルベルト様は何でもないことのように店員さんを呼んだ。
「肉の煮込みと、白身魚の香草焼き。それから鶏肉の料理を1つ」
「アルベルト様?」
「好きなものを食べればいい」
「でも、3つも食べられませんよ?」
「残った分は私が食べる」
「え」
「私は何でも構わないからな」
そう言って、水を一口飲む。
本当に何でもないことのような顔をしている。
「……全部少しずつ食べてもいいんですか?」
「ああ」
「好きなだけ?」
「もちろんだ」
なんだそれ。
最高では?
「団長、リナに甘すぎないですか?」
キリアンが楽しそうに笑った。
「食べたいものがあるなら食べればいいだろう」
「3種類頼んで?」
「残れば私が食べる。何か問題があるか?」
「団長、こういうところ妙に豪快ですね」
キリアンが笑う。
「そうか?」
「自覚ないんだ」
ルディ様がぽつりと呟いた。
「…………」
向かいに座ったミナトが、アルベルト様を意味ありげに見る。
それから私を見て、もう一度アルベルト様を見た。
「ミナト? どうしたの?」
「いや、何でもない」
「?」
何だったんだろう。
しばらくして料理が運ばれてくると、私の前だけ急に豪華になった。
柔らかそうに煮込まれた肉と根菜。香草と一緒に焼かれた白身魚に、薄く焼き目のついた鶏肉には少し酸味のありそうなソースがかかっている。
「すごい……!」
「どれから食べる?」
「魚!」
「では、食べたい分だけ食べなさい」
アルベルト様が、白身魚の皿を私の方へ寄せてくれる。
「いいんですか?」
「ああ」
一口食べると、柔らかな白身にほんの少し塩気のあるソースがよく合っていた。
「美味しい!」
「そうか」
アルベルト様が少し笑う。
肉の煮込みも鶏肉も少しずつ食べてみたけれど、結局もう一度魚へ戻った。
「やっぱり魚が一番好きか?」
「はい!」
「なら、好きなだけ食べなさい。全部食べてもいい」
「ありがとうございます!」
なんだろう。
すごく贅沢をしている気分だ。
「リナ、これも食べる?」
今度はキリアンが声をかけてきた。
見ると、キリアンの皿の端には、小さな焼き菓子が添えられている。
「いいの?」
「うん。ここの結構美味しいよ」
そう言って半分に割ると、ごく自然に私の小皿へ乗せてくれる。
「ありがとう!」
一口食べると、外はさくっとしていて、中には甘い木の実が入っていた。
「美味しい!」
「でしょ?」
キリアンが嬉しそうに笑う。
「リナ、飲み物はいかがですか?」
今度はアインス様が声をかけてきた。
「飲み物?」
「果実を炭酸水で割ったものがあります。食事ともよく合いますよ」
「飲んでみたいです」
「では、それにしましょう」
しばらくして運ばれてきたグラスには、薄い桃色の飲み物が入っていた。
窓から差し込む光を受けて、細かな泡がぱちぱちと弾けている。
「綺麗……」
一口飲む。
「美味しい!」
「それはよかったです」
少し酸っぱくて、後から果物の甘さがくる。
料理の味を邪魔するほど甘くなくて、確かによく合っていた。
「…………」
またミナトが黙った。
「どうしたの?」
「いや」
ミナトがアルベルト様とキリアン、それからアインス様を順番に見る。
「……何でもない」
「さっきから変だよ?」
「気にするな」
そう言って、煮込みを食べ始めた。
なんかキョロキョロしてやっぱり変だ。
「あ、リナ。このパンも美味しいよ」
キリアンが近くにあったパン籠をこちらへ寄せてくれる。
「ありがとう!」
焼きたてなのか、手に取るとまだ少し温かい。
ミナトが、今度はアルベルト様の皿を見た。
私が味見した煮込みと鶏肉の残りを、アルベルト様は本当に普通に食べている。
「団長、たくさん食べますね」
「これくらいなら問題ない」
「普段も結構食べるんですか?」
「ああ。動くからな」
「すげえ。理由が騎士団長だ」
ミナトが小さく呟いた。
「何か言ったか?」
思わず笑ってしまった。
パンをちぎって、煮込みのソースを少しつけて食べる。
美味しい。
「……幸せ」
思わず口から漏れた。
「そんなにか?」
アルベルト様が少し可笑しそうに笑う。
「はい。私、美味しいご飯をみんなで食べるの好きなんです」
一人で食べるより、ずっと美味しく感じる。
好きなものを少しずつ食べて、くだらない話をして、誰かが笑っている。それだけで、いつもの食事より少し特別なものになる気がした。
「分かるよ」
キリアンが言った。
「旅してる時も、一人で食べるより誰かと食べた方が楽しいし」
「俺も日本にいた時、家で食う飯好きだったな」
ミナトが何でもないように言う。
ほんの一瞬だけ、空気が止まった。
けれどミナトはすぐに、煮込みを一口食べた。
「だから帰りたいってのはある。でも、こっちの飯も普通に美味い」
「それはよかった」
アルベルト様が穏やかに答える。
無理に慰めるでもなく、それ以上聞くでもない。
なんとなく、その距離感がアルベルト様らしいと思った。
「そうだ」
パンをちぎりながら、私はふと思い出した。
「午後から、昨日取った素材でアイスを作るんですけど……プリンも作ります」
「プリン?」
ミナトがすぐに反応する。
「昨日言ってたやつ?」
「そう。昨日、迷惑かけたお詫びもしたいし……私も食べたいから」
「プリンというのは、昨日リナが話していた菓子か?」
アルベルト様が尋ねる。
「はい。卵と牛乳と砂糖で作るんです」
「事務官殿が作るの?」
ルディ様も興味を示した。
「あ、はい」
そこで、以前ルディ様が言っていたことを思い出す。
親しくない人から食べ物をもらうのは嫌だ、と言っていたはずだ。
「あの……手作りですし。食べなくても大丈夫ですよ」
「君、ひどくない?」
「えっ」
「みんな食べるのに、僕だけ駄目なの?」
「いえ! そういうつもりじゃなくて!」
「じゃあ、どういうつもり?」
「前に、知らない人からもらった食べ物は嫌だって言ってたので……手作りは嫌かなと思って」
「ああ」
ルディ様が納得したように頷く。
「でも、兄様も君を信頼してるし、みんな食べるんでしょう?」
「はい」
「だったら僕も食べるよ」
そう言って、少しだけ唇を尖らせる。
「僕だけ除け者にされるのは嫌だ」
「すみません」
「それに僕、甘いもの好きだし」
「あ、じゃあ何個食べますか?」
「3個」
「3個?」
「うん」
即答だった。
「そんなに?」
「甘いものが好きだって言ったでしょう?」
そこまで好きだったんだ。
「俺も2個くらい食べたい」
ミナトまで手を上げる。
「久しぶりの日本のプリンだし」
「まだ日本の味になるか分からないよ?」
「1個は成功するだろ」
「その信頼どこから来るの?」
「リナなら何とかする」
「雑!」
笑っていると、アルベルト様が少し考えるように口を開いた。
「……すまない、リナ。私も2つお願いしていいだろうか」
「アルベルト様も?」
「ああ。以前のクッキーも美味しかったからな」
「……!」
素直にそう言われると嬉しい。
「もちろんです!」
「では、私も2つお願いします」
アインス様まで淡々と加わった。
「アインス様も2つですか?」
「ええ。お願いします」
「じゃあ、オレも2つ食べたい」
キリアンまで手を上げる。
「キリアンも?」
「うん。せっかくだし」
「ちょっと待って」
指を折って数える。
ルディ様が3個。
アルベルト様、アインス様、キリアン、ミナトが2個ずつ。
「……私の分も入れて12個?」
「結構いったな」
ミナトが笑う。
「失敗する分も考えたら、20個くらい作れば?」
「20個?」
「うん」
「12個なのに?」
「失敗するかもしれないだろ」
「何回失敗する想定なの?」
「全部成功したら、みんなで食べればいい」
「そんなに食べられる?」
「僕は3個食べるよ」
ルディ様が念を押す。
「分かりましたって!」
12個必要だったはずなのに、なぜか20個になった。
……まあ、余ったら誰かに食べてもらえばいいか。
「あ」
そこで、もう1つ大事なことを思い出した。
「そういえば、アイスはどうしますか?」
「アイス?」
ルディ様が首を傾げる。
「昨日取った素材で、パチパチするアイスを作る予定なんです。でも、ちゃんと成功するか分からないので、今日は試作だけにして、うまくいったら後日――」
「俺、2個は食べたい!」
ミナトが勢いよく手を上げた。
「ポッピングシャワー大好きなんだよ!」
「何? ポッピングシャワーって?」
ルディ様が食いつく。
「パチパチするアイスだよ。俺らの世界で人気だったやつ」
「なにそれ! 食べてみたい!」
ルディ様の水色の瞳が輝いた。
「僕は3つ!」
「えっ」
嫌な予感がした。
「まだ成功するか分かりませんよ?」
「成功したら3つ」
「そういう問題じゃなくて!」
「私も2つお願いしていいだろうか」
「え?」
アルベルト様を見る。
「アルベルト様も?」
「ああ。私も食べてみたい」
「では、私も2つお願いします」
「アインス様も?!」
「オレも2つ」
「キリアンまで!?」
さっきと同じだ。
ものすごく、さっきと同じ流れだ。
もう一度、指を折る。
「……また12個?」
「じゃあ、アイスも20個くらい作れば?」
「また20個!?」
「失敗するかもしれないだろ」
「だから何回失敗するつもりなの!?」
ミナトが笑う。
「全部成功しても、余ったら騎士団のみんなに配ればいいんじゃない?」
キリアンがさらりと言った。
「甘いもの好きな人、結構いるよ」
「……じゃあ、そうしますか」
プリン20個。
アイス20個。
合わせて40人前。
「…………」
何かがおかしい。
「ちなみに、食べる人って何人だっけ?」
「6人」
ミナトが答えた。
「…………」
どうしてこうなった。




