24. 同郷の再会と、縮まる距離
「じゃあ、とりあえず座って話せるところに行こうか」
キリアンさんがそう言って、私たちをダンジョンの入口近くにある休憩所へ案内してくれた。
山小屋のような簡素な建物で、中には机と椅子がいくつか並んでいる。
休憩所の隅には、カップに飲み物を注げる魔道具まで置かれていた。
「適当に座ってて。飲み物持ってくるよ」
「ありがとうございます」
「キリアン、俺もなんか手伝う?」
「大丈夫。ミナトはリナちゃんと話してて」
ミナトさんが向かいの椅子へ座る。
改めて正面から見ると、やっぱり日本人だ。
黒い髪に、見慣れた顔立ち。この世界に来てから初めて会ったはずなのに、なんとなく懐かしく感じる。
ほどなくして、キリアンさんも飲み物を持って戻ってきた。
「リナちゃんもミナトと同じ日本から来てたんだね」
「はい。そうなんです」
「ミナトと同郷だったとは思わなかったな。あ、その前に一つだけ。ここで聞いた話は、必要があれば騎士団に共有することもある。それでも大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「俺も」
「ありがとう。もちろん、個人的な話まで何でも報告するつもりはないからね」
キリアンさんが私たちの前にカップを置く。
「じゃあ、何から聞きます?」
「ありすぎて分からないですね」
「俺も。じゃあ、とりあえず歳から?」
「私、28です」
「え。俺も」
「同い年!?」
思わず顔を見合わせた。
「ちなみにオレも、28だよ」
「キリアンさんも?!」
それだけで、少し距離が縮まった気がする。
「ミナトさんは、いつこっちに来たんですか?」
「俺は結構前。もう一年くらいかな。リナさんは?」
「私はまだそんなに経ってないです。三か月くらいでしょうか」
「じゃあ俺、異世界生活では先輩だな」
「ふふ。そうですね」
「実は俺さ、トラックごと異世界に来た」
「……トラックごと?」
「俺、転職の繋ぎで宅配ドライバーのバイトしてたんだ。その運転中に、人が突然飛び出してきてさ。危ない! って思ったら目の前が真っ白になって、気づいたらこっちにいた」
「……ちょっと待ってください。私と同じかも」
「え? ドライバーだった?」
「いえ、そうではなくて。トラックに轢かれる方といいますか……」
「え!? 飛び出した人!?」
「いや、飛び出したつもりはなかったんですが……記憶が曖昧で。気づいた時には道路に出ていたというか……」
「どういうこと?」
私は、日本からこちらへ飛ばされた時のことを話した。
日付を伝えてから、その時の状況を思い出す。
「ラベンダーカップカフェを出て、しばらく歩いた住宅街で……トラックに轢かれそうになったんです。たしか、夜の8時頃だったと思います」
「……ちょっと待って」
ミナトさんが、まじまじと私の顔を見る。
「俺が轢きそうになった人……リナさんに似てるんだよな。顔っていうか、髪とか雰囲気とか」
「え?」
「日付も時間も場所も同じだし……たぶん、俺だ」
「……じゃあ、あのトラックに乗ってたの、ミナトさん?」
「たぶん。俺が轢きそうになったの、リナさんだ」
「…………」
一瞬、三人で顔を見合わせる。
「良かったーー!! 生きてて!」
ミナトさんが大きな声を上げて、椅子の背にもたれた。
「俺、人轢いちゃったかも! ってずっと気になってたんだよ! ぶつかった感じはなかったけど、あの人どうなったんだろうって」
「それは……すみません」
「いや、リナさんが謝ることじゃないだろ」
確かに逆の立場なら、私もずっと気になっていたかもしれない。
ミナトさんは本当に安心したように息を吐いた。
「でも……良かった。俺、この世界に一人きりだと思ってたから。同じ日本人に会えてほんとに嬉しい」
「……私もです」
「トラックごとこっちに来たおかげで、食べ物とか飲み物にはしばらく困らなくて助かったよ。最初は、お客さんの荷物勝手に開けるわけにはいかないって我慢してたんだけど」
「確かに、ためらいますよね」
「うん……でも、背に腹は代えられなくて。申し訳ない! って思いながら使わせてもらった」
「大変でしたね」
「飲み水や食べ物は確保できたけどさ、どこにいるのかも分からないし、森の中だったから、ほんとに途方に暮れたよ。誰もいないしさ。いるのは日本で見たこともないような魔物でさ」
「最初にミナトを見つけた時、大声で『助けてーーー!』って叫びながら魔物から逃げてたもんな」
キリアンさんが笑った。
「だってさ、あんなでかい魔物がいるなんて、俺らの世界じゃありえないだろ?」
「私、まだうさぎの魔獣しか見たことなくて」
「魔獣は動物が魔物化したやつだから、まだ馴染みがあるんだよ。魔物はもう、異世界ファンタジーのゲームかよ! みたいなバケモンだよ! マジで死ぬかと思った!」
「え? そうなんですか!? 本当によく生きてましたね」
「魔法が使えるなんて思ってもなかったしさ。そこに颯爽と現れたキリアンが、爆炎で撃退してくれたんだ! めちゃくちゃかっこよかったよ」
「そうだったな」
「それから、キリアンがしばらく面倒見てくれてさ。魔法の使い方教えてくれたり、生活基盤を作るの手伝ってくれたり」
「ミナトはさ、最初、長い詠唱したがったんだよ」
「あはは! あるあるですね」
「だって、日本人なら試してみたくならない? 『いでよ! 業火の炎!』とかさ」
「ふふ、分かる。でもあれ、ここでは子どもが言いたがるらしいですよ」
「マジ!? でもカッコいいんだけど!」
ミナトさんと顔を見合わせて、また笑う。
「そういえば、キリアンさんと一緒にアイスを作ったのも、ミナトさんなんですよね?」
「ああ。素材を見た時に思いついて、一緒に試した」
「前にその話を聞いて、私も食べたくなって! 今日、その素材を採りに来たんです」
「はは! 食べたくなるよな! でもさー、なんか思った味になんねーんだよな。あれ、何入ってるんだろうな」
「私、日本にいた時、なんちゃってポッピングシャワーを家で作ったことありますよ!」
「お! それなら再現できる可能性高いな!」
「一緒に再現しましょ! キリアンさん、いいですか!?」
「……仲良くなるの早くない?」
キリアンさんが頬杖をついて、笑っている。
久しぶりに、一から説明しなくても通じる相手と話せる。
それが思っていた以上に楽しくて、気づけばずっと喋っていた。
「コンビニとか恋しくない?」
「恋しいです。あと、おにぎりとか」
「分かる。ラーメンとかも」
「分かります!」
「へー! そんなに美味しいなら食べてみたいな」
キリアンさんは知らない言葉が出てくるたびに尋ねるけれど、話を遮ることはなかった。
相槌を打つのも上手くて、ついつい話したくなる。
(キリアンさん、聞き上手だなあ)
そんなことを思っていると、キリアンさんがふと苦笑した。
「……二人とも、ほんとによく喋るね」
「久しぶりの日本人なので」
「俺も。話通じるの嬉しくてさ」
「それは分かるけど」
キリアンさんが少し困ったように笑う。
「二人とも、オレだからいいけどさ。知らない相手にまでそんな感じで喋っちゃ駄目だよ?」
「え?」
「特にミナト」
「なんで俺?」
「前も聞いてないことまで喋ってたから」
「あったっけ?」
「ほら」
思わず笑うと、キリアンさんも仕方なさそうに笑った。
「まあ、分かってるならいいけど。まだ話も長くなりそうだし、場所変えて飲みに行かない?」
「いいね」
ミナトさんが楽しそうに言う。
「私も行きたいです!」
「即答だね、リナちゃん」
向かったのは、王都へ戻る途中にある小さな町だった。
キリアンさんが何度か来たことがあるという店は、夕方前なのにすでにそれなりに賑わっている。
「とりあえず乾杯する?」
「日本人再会記念で」
「じゃあオレは?」
「立会人?」
「雑だなあ」
三人で笑いながら杯を合わせた。
料理を食べながら、この世界で驚いたものや、日本で恋しいものの話をする。
「あー! 飲んだら余計ラーメン食いたいな」
「分かります」
「さっきから二人とも『分かる』ばっかりだね」
「だって分かるんですもん」
「ずるいなあ、それ」
キリアンさんが笑う。
杯が少しずつ空いていき、話も途切れない。
しばらくして、ミナトさんがふと思い出したように言った。
「そういえば、リナさん。俺ら同い年なんだし、そろそろ敬語やめない?」
「え?」
「俺のこともミナトでいいし。異世界で会った日本人同士なんだから、もう呼び捨てでよくない?」
「今日会ったばっかりですよ?」
「そこはもう気にしなくていいだろ」
少し迷っていると、キリアンさんも楽しそうに口を挟んだ。
「じゃあ三人とも、敬語なしで呼び捨てにする?」
「キリアンさんまで?」
「もう全員それでいこうぜ」
ミナトさんまで笑っている。
なんだこれ。
妙に恥ずかしい。
「……分かった。じゃあ、ミナト」
「おう、リナ」
「それで……キリアン」
「うん」
すぐに返事が返ってくる。
「じゃあオレも、今日からリナって呼ぶね」
「……うん」
「決まり。よろしく、リナ」
「よろしく、キリアン」
ミナトが面白そうに私たちを見た。
「急に距離縮まったな」
「そうだね」
「なんかLIMEグループ作りたいな! グループ名何にする?」
「この世界、LIMEないけど」
「気分だけ!」
「何それ?」
キリアンが不思議そうに首を傾げた。
♢
それから、どれくらい経ったのか。
「だからね! コンビニのプリンってすごいの!」
「それ、さっきも聞いたよ」
「でもキリアン、絶対ちゃんと分かってない!」
「リナ、ほらお水飲んで」
隣ではミナトが机に突っ伏して笑っている。
「リナ、めっちゃ酔ってるじゃん」
「酔ってない。ミナトも顔赤いし」
「二人とも同じだよ」
キリアンが呆れたように笑って立ち上がった。
「ほら、そろそろ帰るよ。あんまり飲みすぎると帰れないでしょ」
「帰れる!」
「俺も帰れる!」
「はいはい」
店を出ると、夜風が気持ちいい。
「涼しいー」
「リナ、真っ直ぐ歩いて」
「歩いてるって」
「歩いてないよ」
ふらついたところを、キリアンに腕を掴まれる。
その反対側では、ミナトがふらっと道の端へ寄っていった。
「ミナト! そっち行かない!」
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃない!」
「二人とも、あと少しだからしっかりして」
「はーい」
「はい」
そう返事をしたものの、足元がどうにも頼りない。
もう一度ふらついた私を支えて、キリアンが小さく息を吐いた。
「……リナはもう無理だね」
「歩けるよ?」
「歩けてないよ」
キリアンは私が持っていた荷物を取り上げると、そのままミナトへ差し出した。
「ミナト、これお願い」
「え、俺?」
「ミナトはまだ歩けるでしょ」
「俺、荷物係?」
「そう。よろしく」
「わかった」
ミナトは笑って、荷物を受け取った。
何をするのかと思っていると、キリアンが私の背中と膝の裏へ腕を回した。
「え?」
次の瞬間、身体がふわっと浮いた。
「え、キリアン?」
「暴れないでね。落としたくないから」
「……はーい」
大人しく腕の中に収まる。
すぐ目の前にある赤い瞳を、ぼんやりと見つめる。
「キリアンの目、近くで見ると……やっぱりほんとに宝石みたい。綺麗だね」
「…………」
キリアンの足が、一瞬止まった。
「……リナはほんと、無防備で心配になるよ」
「?」
何のことか分からず考えていると、キリアンが困ったように笑った。
「他の男には、そんなこと絶対言っちゃ駄目だからね」
「なんで?」
「勘違いする奴が出てくるから」
「はーい」
「……分かってるのかな」
キリアンがまた歩き出す。
「家に帰るまでがダンジョン探索だよ」
「あ、それ日本にも似た言葉ある!」
「遠足だろ?」
少し前を歩くミナトが振り返る。
「あはは、そうそう」
「ほら、ミナトも真っ直ぐ歩いて」
「歩いてるって!」
結局。
私はキリアンに抱えられ、ミナトは私の荷物を持って、騎士団本部まで戻ることになった。
騎士団本部へ着いた頃には、すっかり夜になっていた。
「ただいまー」
「リナ、声小さくしようね」
「ごめん、キリアン」
「うん。静かにね」
キリアンに抱えられたまま門を抜ける。
すると、ちょうど本部から出てきたアルベルト様とアインス様が足を止めた。
「リナ?」
「あ、アルベルト様! ただいまです!」
「……ああ」
アルベルト様の視線が、私へ向く。
それから、私を抱えているキリアンへ。
「…………」
アインス様も眼鏡の奥から、静かにこちらを見ていた。
キリアンもアルベルト様を見る。
「…………」
なぜか。
妙に空気が静かになった。
「……ダンジョンで何があった? 説明してくれ」
「……はい」
キリアンが私を見る。
次に、ミナトを見る。
「リナー、日本人いたなー」
「いたねー!」
「よかったなー」
「よかったー!」
二人で笑い合う。
キリアンが深く息を吐いた。
「……すみません。二人とも、すごく酔ってしまったみたいで。詳しい報告は明日でもいいですか?」
「確かに、かなり酔っているな」
「ダンジョン自体は無事に探索できました。以前報告した隣国の異世界人と遭遇しまして。リナと同郷だったようです」
「分かった。明日、改めて説明してくれ。今日は二人を休ませよう」
「はい」
「キリアン?」
「リナはもう寝ようね」
「はーい」
キリアンが今度はミナトを見る。
「ミナトも今日はここに泊まって」
「俺も?」
「うん。案内するから、あと少ししっかりして」
「わかった!」
詳しい説明は明日の10時にすることになり、私たちはそれぞれ休むことになった。




