23. 初めてのダンジョンと、思わぬ出会い
待ちに待った休日。
朝からアインス様に用意してもらった荷物を持って、私は騎士団本部の門へ向かった。
「リナちゃん、おはよう」
「キリアンさん、おはようございます!」
門の前では、すでにキリアンさんが待っていた。
いつもとは違った動きやすい服装で、今日はメガネをかけておらず、赤い瞳が煌めいていた。
「キリアンさん、今日メガネは?」
「あれは認識阻害の魔道具だからね。今日は必要ないかなと思って、かけてないよ。一応持ってきてはいるけど」
「そうなんですね。なんか新鮮です。瞳が宝石みたいで、ほんとに綺麗ですね」
「はは! なーんか口説かれてる女の子の気分」
「不快な思いをしたら、すいません。思わず言っちゃいました」
「不快なわけないじゃん! 嬉しい! ありがとう」
にこっとキリアンさんが笑うので、胸が高鳴った。
危ない。美形怖い。
「荷物、大丈夫?」
「はい。アインス様が全部用意してくださいました」
「さすが副団長。抜かりないなあ」
「ポーションも多めに入れてもらいました」
「あはは。ウサギのせい?」
「だって怖いんですもん」
「ごめんって」
笑いながら、キリアンさんが私の荷物へ手を伸ばす。
「持つよ」
「大丈夫です。そんなに重くないので」
「じゃあ、疲れたら言ってね」
「はい!」
王都を出て、街道を歩く。
朝の空気は涼しく、まだ人通りも少ない。
「ダンジョンって、王都から近いんですね」
「今回行くところはね。騎士団が定期的に調査してる場所だから、周辺もある程度整備されてるよ」
「もっと山奥にあるのかと思ってました」
「そういうところもあるよ。何日も野営しないと辿り着けない場所とか」
「それは遠慮したいです」
「あはは。いきなりそんなところ連れていかないって」
昨日から何度目か分からない言葉だ。
でも、今日は本当にちょっとした遠足のような気分だった。
しばらく街道を進み、途中から森の中へ入る。
木々の間を抜けた先に現れたのは、岩肌にぽっかりと開いた大きな穴だった。
「ここですか?」
「そう。北西第三ダンジョン」
「名前、意外とそのままなんですね」
「管理用の名前だからね」
洞窟みたいな入口に、細長い機械があった。
「さて、あそこが入口。この魔道具に、申請を出して発行された数字を入力するんだ」
「あ、申請とかあるんですね。お手数お掛けしました」
「ふふ。いいえ。今日は第三層まで行くよ。じゃあ、出発!」
「はい!」
魔道具の一部が光り、扉がスライドした。
一歩、ダンジョンの中へ入る。
中は思っていたより明るかった。
岩壁のあちこちに淡く光る石が埋まっていて、青白い光が洞窟の奥まで続いている。
「わあ……」
「綺麗でしょ?」
「はい!」
天井から垂れ下がった透明な結晶。
岩の隙間から生える、淡く光る植物。
水滴の音が、洞窟の奥から静かに響いてくる。
「すごい……本当にゲームみたい」
「ゲーム?」
「あ、いえ。こっちの話です」
「また異世界のやつ?」
「はい」
「また教えて」
「もちろんです」
キリアンさんの後ろを歩きながら、辺りを見回す。
第一層には魔獣の姿もなく、時々ほかの冒険者らしき人とすれ違うくらいだった。
「思ったより人がいるんですね」
「浅い階層は素材採取に来る人も多いからね。危険度も低いし」
少し進むと、下へ続く階段が現れた。
「ここから第二層」
「急に暗くなったりしません?」
「ならないよ」
「罠とかは?」
「この辺にはない」
「突然床が抜けたり」
「しないしない」
「宝箱に化けた魔物とか」
「リナちゃん、ダンジョンに何を期待してるの?」
「定番です」
「あはは!」
そんな話をしながら、さらに奥へ進む。
そして第三層へ下りてしばらくした時だった。
前を歩いていたキリアンさんが、すっと足を止めた。
「リナちゃん」
「はい?」
「いたよ」
キリアンさんが指を差す。
岩陰から、白い何かが顔を出した。
長い耳。
丸い目。
ふわふわした白い毛。
「……可愛い」
額から、小さな角が一本生えていることを除けば。
「昨日言ってたウサギ?」
「そう」
「思ったより普通のウサギですね」
「油断すると齧るよ」
「腐るんですよね」
「そうそう」
「急に可愛く見えなくなるから、その情報いらないです」
ウサギの魔獣が、こちらをじっと見ている。
ぴく、と鼻が動いた。
「リナちゃん、一匹やってみる?」
「えっ」
「大丈夫。オレが横にいるから」
「いきなり実戦ですか?」
「嫌ならオレがやるよ」
少し迷う。
昨日まで、動く人形を相手に何度も練習した。
相手の少し先を狙う。
焦らず、動きを見る。
「……やってみます」
「うん。無理しなくていいからね」
深く息を吸う。
ウサギが地面を蹴った。
速い。
でも――。
(人形より、見える)
進む方向を見て、少し先へ手を向ける。
「氷弾!」
放った氷が、ウサギの進行方向へ飛ぶ。
――ガンッ!
命中した。
ウサギの魔獣が、その場に転がる。
「……当たった!」
「おお。上手い!」
「やった!」
思わずキリアンさんを見る。
「ちゃんと狙えてたね。初めての実戦であれなら十分だよ」
「本当ですか?」
「うん。団長から十二秒逃げただけある」
「だいぶ手加減されたと思いますけど」
「あはは!」
昨日までの訓練が、ちゃんと役に立った。
そう思うと、少し嬉しい。
「でも、近づかなくていいよ。まだ動く可能性あるから」
「あ、はい」
私が足を止めた瞬間。
倒れていたウサギが、がばっと顔を上げた。
「ひっ!」
次の瞬間、キリアンさんの指先から小さな炎が飛んだ。
ウサギの前の地面が弾ける。
驚いた魔獣が向きを変え、そのまま洞窟の奥へ逃げていった。
「……生きてた」
「魔獣はしぶといからね」
「近づかなくてよかった……」
「でしょ?」
「やっぱり訓練必要だったじゃないですか!」
「いや、オレがいるから大丈夫なんだけど」
「またそれ!」
キリアンさんが声を上げて笑った。
その後も何度か魔獣と遭遇したけれど、ほとんどはキリアンさんが近づく前に追い払ってくれた。
私も一度だけ氷壁を使った。
飛びかかってきたウサギの前に氷の壁を出すと、勢いよく角がぶつかって、ウサギがひっくり返った。
「……なんか、ごめん」
「魔獣に謝る人初めて見た」
「だって痛そうだったので」
「齧られたら腐るよ?」
「それを言われると同情できなくなるんですよ!」
そんなことをしながら進んでいくと、キリアンさんが岩壁の前で足を止めた。
「あった」
「え?」
「これこれ」
岩の隙間に、小さな透明の結晶がいくつも付いている。
中には細かな光が閉じ込められていて、ぱちぱちと小さく弾けていた。
「わあ……!」
「これを加工すると、口の中で弾ける素材になるんだ」
「これが!」
思わず岩壁へ近づく。
「触っても大丈夫ですか?」
「そのままなら大丈夫。ただ、口には入れないでね」
「入れませんよ!」
「リナちゃんなら勢いでやりそうかなって」
「やりません!」
キリアンさんが笑いながら、専用らしい小さな道具で結晶を採っていく。
私も教えてもらいながら、いくつか採取した。
「結構ありますね」
「今日は当たりだね。これだけあれば、何回か試せそう」
「何回か?」
「いきなり成功するとは限らないからさ」
「なるほど……」
「でも、リナちゃんが覚えてる味に近づけたいから、ちゃんと付き合ってよ」
「もちろんです!」
パチパチするアイス。
久しぶりに食べられるかもしれない。
それだけで、かなり楽しみだった。
素材を十分に集めたあとは、近くの小さな地下湖にも寄った。
透き通った青い水の中を、小さな光る魚が泳いでいる。
「綺麗……」
「この辺、結構好きなんだよね」
「キリアンさん、よく来るんですか?」
「仕事ではね。でも、仕事だとゆっくり見てる暇ないから」
キリアンさんが湖のそばの岩へ腰を下ろす。
「こうやって誰かと来るのは、結構新鮮かも」
「そうなんですね」
「うん」
持ってきた昼食を二人で食べて、少し休憩してから、来た道を帰る。
「楽しかったです!」
「よかった」
「思ってたダンジョンと全然違いました」
「命懸けの大冒険じゃなかった?」
「ウサギに齧られたら腐りますけどね」
「あはは。結局そこ気にしてる」
「気にしますよ!」
怖いと思っていたダンジョンも、実際に来てみると楽しかった。
訓練もちゃんと役に立ったし、素材も採れた。
(来てよかったな)
そう思いながら歩いていると、前にいたキリアンさんが、ふと足を止めた。
「あれ?」
「どうしました?」
キリアンさんの視線を追う。
黒い髪に、冒険者っぽい服装。
しゃがみ込んで、何かを拾っているらしい。
キリアンさんが少し目を細めた。
「……ミナト?」
思わずキリアンさんを見る。
今。
ものすごく聞き覚えのある響きがした。
「ミナト!」
キリアンさんが少し大きな声で呼ぶ。
男の人が顔を上げた。
「あ、キリアン」
普通に返事をした。
(知り合いなんだ)
キリアンさんがそちらへ歩いていく。
「何してるの、こんなところで」
「ちょっと素材探し。そっちは?」
「前に食べたパチパチのアイスの素材を取りに来た」
「え、あのアイス?」
男の人の視線が、私へ向いた。
「初めまして。森下湊です」
「…………」
私は固まった。
森下。
湊。
(日本人の名前だ)
いや。
どう考えても、日本人だ。
「あの」
「はい?」
「山田……莉奈です」
今度は、湊さんが固まった。
数秒。
お互いに顔を見つめる。
「え」
「……日本人?」
「日本人です」
「マジで!?」
洞窟に、湊さんの声が響いた。
そして、湊さんが駆け寄ってきた。
「ちょっと待って、本当に!? 日本から来たの?」
「はい!」
「俺も!」
「名前聞いて、そう思いました!」
「俺もめっちゃ驚いた!」
思わず二人で顔を見合わせる。
隣でキリアンさんだけが、きょとんとしていた。
「……二人とも、同郷?」
私は勢いよくキリアンさんを見る。
「キリアンさん! この人、日本人です!」
「うん。そうだって聞いてた」
「知ってたんですか!?」
「もちろん」
あっさり返された。
「前に言ったでしょ? オレが会った異世界人」
「…………」
言ってた。
確かに言ってた。
異世界人に会ったことあるって。
「たまたま会うかもなぁとは、思ってたけど」
「そうなんですか?!」
「うん。だって、湊はよくこのダンジョン来るって聞いてたし。拠点は隣国だけど」
でも、私はまだ信じられない気持ちで湊さんを見ていた。
異世界に来てから。
初めて。
目の前に、自分と同じ日本で生まれた人がいる。
それだけなのに、胸の奥が妙にざわついた。
湊さんも同じなのか、少し興奮した様子で私を見る。
「いやー……まさか、こんなところで日本人に会うとは思わなかった」
「私もです」
「あとで話そう。聞きたいこと山ほどある」
「私もあります!」
湊さんが立ち上がる。
「キリアン、どこかで話せる?」
「えー、リナちゃんと二人がいいけど、今の状況なら仕方ないね」
「おい! よくこの状況で言えるな!!」
「あはは!」
キリアンさんが笑う。
「リナちゃんもいいよね?」
「もちろんです!」
即答した。
こうして。
パチパチアイスの素材を探しに出かけた休日は。
闇うさぎではなく――同じ日本から来た人と出会った。




