20. 魔法の特訓と、絶対ヒロイン
合同集会の翌日。
その日の仕事をすべて終え、机の上を片付けていると、アインス様が声をかけてきた。
「リナ。仕事は終わりましたか?」
「はい。今日の分は全部終わってます」
「では、訓練場へ行きましょう」
「はい」
いよいよ、ダンジョンへ向けての特訓が始まる。
椅子から立ち上がったところで、団長室の奥からアルベルト様もやってきた。
「私も行こう」
「アルベルト様もですか?」
「ああ。自衛できることを条件にしたのは私だからな。今、どの程度できるのか、私も確認しておきたい」
「よろしくお願いします」
三人で向かったのは、以前、攻撃魔法の練習をした訓練場だった。
今日はいつもの標的のほかに、人の形をした訓練用の人形が一体置かれている。
「今日は何をするんですか?」
「まずは、動いているものに魔法を当てる練習です」
アインス様が眼鏡を押し上げた。
「これまでの訓練では、止まっている標的が中心でしたからね」
「確かに」
「それと、防御の基本も少しやっておこう」
アルベルト様が続ける。
「リナ。実際に危険な場所へ行けば、相手が正面にいるとは限らない。攻撃する時も防御する時も、一か所だけに集中せず、周囲を見る癖をつけろ」
「はい」
「それから、逃げられる場所を常に確認しておくこと。倒す必要がない相手なら、無理に戦わなくていい」
「逃げてもいいんですか?」
「当然だ」
アルベルト様が迷いなく答える。
「自分の身を守ることが最優先だ」
「分かりました」
なんだか、一気に本格的になった気がする。
アインス様が訓練用の人形へ片手を向けた。
魔力に押されるように、人形がふわりと宙へ浮かぶ。
「では、始めましょう。最初はゆっくり動かします」
「はい」
人形が横へ滑るように動き始める。
私は狙いを定め、氷を放った。
「氷!」
――外れた。
氷は、人形が通り過ぎたあとの空間を勢いよく通過していく。
「あっ」
「今いる場所を狙ってはいけません」
アインス様が淡々と言う。
「動く方向と速さを見て、その少し先へ」
「なるほど……」
もう一度。
人形の動きを見る。
右へ進んでいる。
なら――少し右。
「氷!」
ガツン!
今度は人形の肩へ氷が当たった。
「当たった」
「その感覚です」
何度か繰り返すうちに、少しずつ当たる回数が増えていった。
「では、少し速くしますよ」
「はい」
人形の動きが速くなる。
右。
左。
突然方向を変える。
「わ、難しい……」
何度か外しながら、それでも人形の動きを追う。
「リナ。人形だけを見るな」
アルベルト様の声が飛んできた。
「あっ」
「周りも見ろ」
「はい」
さっき教えてもらったばかりなのに。
一生懸命になると、すぐ目の前のものしか見えなくなってしまう。
人形を見る。
周囲を見る。
足元を確認する。
それから、もう一度狙った。
「氷!」
ガツン!
氷が人形の胴体へ当たる。
「……よし」
「ああ。今のはいい」
アルベルト様が満足そうに頷いた。
褒められると、やっぱり嬉しい。
「では、次は防御をやってみましょう」
「はい」
アインス様が人形を地面へ下ろした。
「リナ。氷で壁を作ってみてください」
「壁ですね」
手を前へ向け、地面へ魔力を流す。
「氷壁!」
パキパキと乾いた音を立てながら、地面から氷がせり上がる。
あっという間に、私の前に大きな氷の壁ができあがった。
「おお……」
自分で作ったのに、ちょっと感動する。
アインス様が表面へ手を触れた。
「相変わらず形成は綺麗ですね。厚みもほぼ均一です」
「よかった」
「では、実際に受けてみましょう」
「え?」
アインス様が人形へ手を向ける。
「だ、大丈夫ですよね?」
「もちろんです。危険がない程度にしか当てません」
「それなら……」
少し身構える。
人形がゆっくりとこちらへ向かってきた。
ドンッ!
「わっ」
思っていたより響いたけれど、氷壁はびくともしない。
「……ちゃんと守れてる」
「十分な強度はあるな」
アルベルト様が氷壁を見る。
「ただし、壁を作ることに夢中になって、その場から動けなくなるな」
「はい」
「一度防いで、その間に逃げてもいい。防御魔法は、相手の攻撃を全部受け止め続けるためのものではない」
「なるほど……」
頑丈な壁を作れば、それで終わりではないらしい。
少しずつだけど、今までとは違う魔法の使い方が分かってきた気がする。
「今日はこのくらいにしておきましょう」
アインス様が人形を元の場所へ戻す。
「えっ、もう終わりですか?」
「詰め込みすぎても仕方ありません」
「そうだな」
アルベルト様も頷く。
「明日も仕事がある。体を休めた方がいい。今日はここまでにしよう」
「はい」
ちょうど氷壁を消した、その時だった。
「アルベルト!」
訓練場の入口から、よく通る声が響いた。
振り向く。
「…………」
思わず、目を奪われた。
白い軍服。
淡いローズピンクの髪が、風にさらりと揺れている。
遠目からでも分かるほど、綺麗な人だった。
整った顔立ち。
長いまつ毛。
光を映した金色の瞳。
自然な淡いピンク色の唇。
華やかな色をこれでもかというほど纏っているのに、不思議なくらい全部がその人に馴染んでいる。
(……綺麗)
なんというか。
(物語のヒロインみたい……)
白い軍服まで、まるでその人のために作られたみたいだった。
その人がこちらへ向かって歩いてくる。
一歩。
また一歩。
(……あれ?)
近づいてくるにつれて、さっきまで気づかなかったことが見えてきた。
(大きい……?)
さらに近づく。
(いや、待って)
そしてアルベルト様の隣まで来たところで、私は目を瞬いた。
(でかっ)
アルベルト様と、ほとんど変わらない。
遠くから見た時には完全に顔の華やかさに気を取られていたけれど、近くで見ると肩幅もしっかりしている。
どう見ても男性の体格だ。
なのに。
(顔だけ見たら、とんでもなく美人なんだけど……!)
情報が全然追いつかない。
「アルベルト」
その人が柔らかな声で呼びかける。
「フロリアン。どうした」
「少し話があってね。団長室へ行ったら、こちらにいると聞いたんだ」
「ああ。ちょうど終わったところだ」
「そうか」
「このまま戻ろう」
「分かった」
あっさりと会話が終わった。
たったそれだけなのに、妙に自然だった。
その人――フロリアン様が、こちらを見る。
金色の瞳が柔らかく細められた。
「初めまして」
「は、初めまして」
笑顔まで綺麗だ。
「フロリアン・フォン・ローゼンタールです。近衛騎士団長をしています」
「近衛騎士団長……?」
思わず背筋を伸ばした。
(この人が……?)
昨日見た、白い軍服の近衛騎士団。
王族や王城を守る人たち。
その一番上。
(この、絶対ヒロインみたいな人が団長……?)
「リナです。王国騎士団で事務官をしています」
「君がリナさんなんだね」
フロリアン様が楽しそうに笑った。
「アルベルトから聞いているよ」
「えっ」
反射的にアルベルト様を見る。
「何をですか?」
「仕事ができるとか、魔法を覚えるのが早いとか」
「フロリアン」
「変な話はしてないよ」
「ならいい」
「相変わらず心配性だね」
「どこがだ」
そんなやり取りをしながら、私たちは訓練場を出た。
アルベルト様とフロリアン様が並び、私とアインス様はその少し後ろを歩く。
「お二人は、昔からお知り合いなんですか?」
「ああ。子どもの頃から一緒なんだ」
フロリアン様が振り返って答える。
「ルディもね」
「ルディ様も?」
「小さい頃は、よく私たちの後ろをついてきていたよ」
「へえ……」
思わず想像する。
今よりずっと幼いアルベルト様。
同じく幼い、この麗しいフロリアン様。
そして、その二人の後ろをちょこちょこついて歩く、小さなルディ様。
(…………)
(見たい)
ものすごく見たい。
「ルディ様って、昔から今みたいな感じだったんですか?」
「今もあまり変わらん」
アルベルト様が即答した。
「そうかな?」
「変わらん」
「昔よりは落ち着いたと思うけど」
「どこがだ」
「ふふ」
フロリアン様が笑う。
「アルベルトも、昔からあまり変わってないよ」
「私が?」
「うん。真面目で、妙なところで頑固で」
「お前も昔から人のことを面白がっていた」
「そんなことないよ」
「ある」
言い切った。
フロリアン様は否定しながら笑っている。
アルベルト様は真顔だ。
なのに、嫌な空気はまるでない。
(……なんか、いいな)
会話が途切れても、気まずくならない。
無理に何かを話す必要もない。
そこにいること自体が、当たり前みたいだった。
フロリアン様は華やかで柔らかい。
アルベルト様は落ち着いていて真面目。
見た目も雰囲気も全然違うのに、並んで歩いていると不思議なくらい馴染んでいる。
(……尊い)
しかも、そこに小さい頃のルディ様までいたらしい。
三人でどんなふうに育ったんだろう。
きっとフロリアン様が笑って。
アルベルト様が真面目に返して。
その横からルディ様が何か余計なことを言って。
今とそんなに変わらないのかもしれない。
気づけば、私は二人をじっと見比べていた。
「リナ」
「はい?」
アルベルト様に呼ばれて顔を上げる。
なぜか少し真面目な顔をしていた。
「フロリアンは良い奴だが、既婚者なんだ」
「そうなんですね」
私は素直に頷いた。
「…………」
フロリアン様が一瞬だけ目を丸くする。
それから。
「ふふっ」
ものすごく綺麗に笑った。
「フロリアン。何がおかしい」
「いや。何でもないよ」
「なら笑うな」
「ごめんごめん」
全然悪いと思っていなさそうだ。
「こちらの世界では、ご結婚が割と早いと聞いています」
何気なくそう言った、その直後。
「私は独身だ」
アルベルト様が言った。
「私もまだ独身です」
隣を歩いていたアインス様まで、淡々と加わった。
「……あ」
私は固まった。
アルベルト様は三十三歳。
アインス様は三十一歳。
こちらでは結婚が早い。
そして、二人とも独身。
(しまった……)
これではまるで、結婚が遅いと言ったみたいじゃないか。
「あの、失礼しました」
慌てて頭を下げる。
「なぜ謝る?」
アルベルト様が眉を寄せた。
「いえ、その……言い方が悪かったかなと」
「別に気にしていない」
「私もです」
アインス様も淡々と答える。
「よかった……」
ほっとしたところで、隣から小さな笑い声が聞こえた。
フロリアン様が口元を手で隠している。
「……フロリアン」
「ごめん。何でもないよ」
「笑っているだろう」
「気のせいじゃないかな」
「肩が揺れている」
「ふふっ」
とうとう堪えきれなくなったらしい。
何がそんなにおかしいんだろう。
よく分からないまま歩いていると、団長室が見えてきた。
「それじゃあ、アルベルト。さっきの話をしようか」
「ああ」
二人はそのまま団長室へ入っていく。
近衛騎士団長。
アルベルト様の幼なじみ。
ルディ様も含めて、子どもの頃から一緒。
そして。
(絶対ヒロインみたいなのに、男性なんだ……)
最後まで情報量の多い人だった。
しかし、この世界は美人さんばっかりだなあ。
私、一生独身かも。
まあ、見るだけでも目の保養になるし、ありがたいよね。
うんうん。
私は一人で納得しながら、寮へ向かった。




