策士な部隊長と、ご褒美のアイス
長かった合同集会が、ようやく終わった。
「お疲れさまでした……!」
私は大きく息を吐きながら、肩の力を抜く。
整列していた騎士や魔術師たちも少しずつ動き始め、張り詰めていた訓練場に話し声が戻ってきた。
でも、私の頭の中は別のことでいっぱいだった。
(ダンジョン……)
この世界に魔法があることも、魔物がいることも、もう知っている。
だけど、ダンジョンまであるなんて。
「リナさん」
「はい!」
突然声をかけられて振り向くと、キリアンさんが楽しそうに笑っていた。
「お疲れさま。途中、ダンジョンって言葉が出た時、分かりやすく反応してたね」
「見てたんですか?!」
「そういう仕事だからね」
眼鏡の奥で赤い瞳が細められる。
さすが、情報収集を担う第四部隊長だ。
「ダンジョンって、本当にあるんですね」
「あるよ。場所によって違うけど、魔物がいたり、珍しい魔石や素材が採れたりする」
「へえ……!」
思わず身を乗り出す。
それを見て、キリアンさんがまた笑った。
「リナさんって、こういう話をすると本当に楽しそうな顔するよね」
「そうですか?」
「反応が分かりやすいから、見てて楽しい」
からかわれている感じではないけれど、そんなふうに言われると少し恥ずかしい。
「昨日話した、パチパチするアイス、覚えてる?」
「覚えてます!」
「あの素材も、ダンジョンで採れるよ」
「えっ!」
思わず声が大きくなった。
すると、すぐ近くにいたアルベルト様が眉を寄せる。
「キリアン。リナが行きたくなるようなことを言うな」
「ちょうど、また取りに行こうと思ってたんですよ」
キリアンさんはまったく気にした様子もなく、私を見る。
「リナさんも一緒に行ったら楽しそうだなって」
「行きたいです!」
「駄目だ」
間髪入れずに返された。
「なんでですか?」
「危険だからだ」
「でも……パチパチするアイスが!」
「駄目だ」
取り付く島もない。
「団長、リナさん行きたがってますよ」
「キリアン、お前わざとだろう」
「バレた!」
キリアンさんが肩を揺らして笑っている。
どうやらキリアンさんは、最初から私が食いつくのを分かっていて話していたらしい。
(策士だ……)
「キリアン、お前そんなに色々喋って大丈夫なのかよ」
そこへオスカーさんが口を挟んだ。
「第四部隊って、情報扱ってるだろ?」
キリアンさんは一度だけオスカーさんを見て、眼鏡を軽く押し上げる。
「話していいことと、駄目なことの線引きはちゃんとしてるよ。そこは侮らないでほしいな」
「……お、おう。悪かった」
オスカーさんが素直に引き下がった。
柔らかい雰囲気は変わらないのに、一瞬だけ空気が違った。
(やっぱり、隊長なんだな)
普段は穏やかでも、自分の仕事に関してはきっちりしているらしい。
感心したのも束の間、オスカーさんはすぐにいつもの調子へ戻った。
「でもさ、ダンジョン行くなら俺も混ぜてよ。キリアンばっかりリナちゃんと距離詰めてずるくない?」
「オスカーさんは別で誘ってください。リナさんが困るし」
「俺、そんな困らせてる?」
「困ってます」
「即答!?」
バチッ、と小さな音がして、オスカーさんの身体が跳ねた。
「いってぇ! なんで俺ばっかりそんな感じなの?!」
「日頃の行いだ」
アルベルト様が平然と言う。
私は思わず笑ってしまった。
オスカーさんは納得がいかない顔のまま、今度は私を見る。
「じゃあリナちゃん、俺もデートしたい」
「嫌です」
「キリアンはいいのに?!」
「デートではありません。素材を取りに行くんです」
「それ、俺が誘ったら絶対デートって言うじゃん!」
「日頃の行いですね」
キリアンさんまでさらりと同じことを言う。
「二人してひどくない?!」
「ダンジョンなら俺も行きたいです!」
話を聞きつけたレオくんが声を上げた。
「今回は二人で行くよ。レオはまた今度な。悪いな」
キリアンさんがキッパリ断る。
「えぇー! ダンジョンと、そのパチパチのアイス、絶対楽しそうなのにぃ!」
それを聞いたガルドさんが、大きな声で笑った。
「ははは! 振られたな、レオ!」
隣ではエレナさんも楽しそうに笑っている。
その時、アインス様が冷静な声で話を戻した。
「本当にダンジョンへ行くつもりなら、特訓が必要ですね」
「特訓?」
「基本の魔法を一通り使えて、攻撃魔法も問題なく扱える程度にはなってもらわないと」
アルベルト様が眉を寄せる。
「行かせるつもりか?」
「ここまで興味を持っている人を、ずっと止められると思いますか?」
二人の視線がこちらへ向いた。
「行きたいです!」
「……そうだろうな」
アルベルト様が深いため息をつく。
「もうその気になっているなら、行くなと言っても聞かないだろう。ただし、行くなら自衛できるだけの力はつけてもらう」
「オレがいるから大丈夫だと思いますよ」
キリアンさんが言ったけれど、アルベルト様は首を横に振った。
「駄目だ。何かあった時、自衛できなければ許可できない」
「……まあ、それはそうですね」
キリアンさんも、そこは素直に頷いた。
(行くな、じゃなくなった)
ちゃんと準備して、自分の身を守れるようになればいい。
そう考えた途端、急にやる気が湧いてくる。
「じゃあ、リナさんが一通り魔法を使えるようになったら、一緒に行きましょう」
「本当ですか?!」
「うん」
赤い瞳が楽しそうに細められる。
「ご褒美のアイスですね。待ってますよ」
「頑張ります!」
「リナ。訓練は厳しくするぞ」
「パチパチするアイスのためなら頑張れます!」
「そこなのか……」
アルベルト様がまた額を押さえた。
その横で、オスカーさんがふと思い出したように口を開く。
「そういえば団長。俺、しばらく遠征って話、レオから聞いたけど本気なんですか? こっちで予定めっちゃ入れてるんですけど。他の女の子ともデートの約束あるし」
アルベルト様が眉を顰めて、無言でオスカーさんを見る。
「……なんですか、その顔」
「どうだろうな」
「え?! どっち?!」
アルベルト様は答えない。
「団長?! そこ黙るの怖いんですけど!」
周囲からまた笑い声が上がった。
アインス様だけが、いつものように淡々としている。
「では、明日から訓練内容を増やしましょう。やる気があるうちに始めるのが一番です」
「はい! よろしくお願いします!」
ダンジョン。
パチパチするアイス。
そして、そのための魔法の特訓。
また一つ、この世界でやってみたいことが増えた。
(よし……頑張ろう!)
ご褒美のアイスを目指して。
まずは、魔法の特訓からだ。




