総督閣下と、第四部隊長
翌朝。
私は昨日より少し早く、騎士団の中央訓練場へ向かった。
今日は王国騎士団だけではなく、近衛騎士団と王国魔術団も集まる合同集会の日だ。
しかも、その三組織を統括している総督まで出席するらしい。
――アルベルト様のお父様が。
(緊張する……)
昨日の全体集会だけでも十分だったのに、今日はさらに人が増える。
訓練場へ出た瞬間、思わず足が止まった。
「すご……」
広い訓練場に、ずらりと人が並んでいる。
黒を基調とした王国騎士団。
白を基調とした近衛騎士団。
そして、赤を基調とした王国魔術団。
全員が集まっているわけではなく、警備や通常業務、緊急時の対応に備えて残っている人もいるらしい。
それでも、ざっと見ただけで千人近くはいる。
(昨日も多いと思ったけど……さらに増えてる!)
「リナさん、おはようございます!」
「あ、レオくん。おはよう!」
人の間を縫うようにして、レオくんがこちらへやって来た。
「昨日、全然話せなかったですよね!」
「そういえば、会議にもいなかったね」
「はい! 全体集会の後、そのまま第一部隊の残留組を任されてたんです」
「そうだったんだ。お疲れさま!」
「ありがとうございます! 今日はちゃんといます!」
元気いっぱいに胸を張る。
「おう、朝から元気だな!」
すぐ近くから大きな声が飛んできた。
「あ、ガルドさん。エレナさんも、おはようございます!」
「おはよう!」
「おはようございます、リナさん」
ガルドさんの隣で、エレナさんが穏やかに微笑む。
「昨日はよく眠れましたか?」
「はい。でも今日の方が緊張してます……」
「そりゃそうだ! 今日は人が多いからな!」
「ガルド。余計に緊張させないでください」
「あ、悪い!」
すぐに謝るガルドさんを見て、思わず笑ってしまった。
昨日会ったばかりなのに、なんとなくこの二人のやり取りにも慣れてきた気がする。
「リナ」
「あ、おはようございます、アルベルト様!」
「ああ。おはよう」
声をかけてくれたアルベルト様の隣には、アインス様とキリアンさんもいた。
「緊張していますね」
アインス様が私の顔を見る。
「分かります? 今日は昨日より人が多いですし……」
「顔に出ていますよ」
「そんなに?!」
「昨日も問題なかった。今日も普段通りでいい」
アルベルト様がふわりと笑って、そう言ってくれる。
「はい!」
少しだけ肩の力が抜けた、その時。
「アルベルト」
低く落ち着いた声が聞こえた。
アルベルト様がそちらを見る。
「父上」
(――え)
私も振り返る。
「…………」
一瞬、言葉が出なかった。
銀色の髪に、新緑の瞳。
高い身長に、がっしりとした体格。
年齢を重ねた分だけ目元には皺があり、髪にも白が混じっている。
でも。
(……似てる)
ものすごく似ている。
アルベルト様をそのまま二十年ほど年上にしたら、こんな感じになるんじゃないだろうか。
しかも。
(かっこいい……!)
こんなに格好いいおじ様、見たことがない。
思わず総督閣下とアルベルト様を交互に見る。
「……リナ?」
「はっ!」
「何だ」
「な、何でもありません!」
慌てて前を向く。
(アルベルト様も、将来こんな感じになるのかな)
ちらりと見る。
アルベルト様は怪訝そうに私を見ている。
(……親子で推せる)
「君がリナ嬢か」
「はい!」
総督閣下がこちらを見る。
「アラン・フォン・ディートリヒだ。アルベルトから話は聞いている」
「山田莉奈です。お会いできて光栄です、総督閣下!」
深く頭を下げる。
「そんなに緊張しなくていい」
「は、はい!」
「騎士団の事務を随分助けてくれているそうだな」
「いえ、そんな……」
「良い仕事をした者を評価するのは当然だ」
さらりと言われて、思わず顔を上げる。
偉い人なのに、思っていたよりずっと話しやすい。
「議事録や書類の整理だけではなく、魔術にも熱心だと聞いた」
「まだ勉強中です!」
「そうか。知らないことを学ぼうとするのは良いことだ」
総督閣下が穏やかに頷く。
「ただし、無理をさせるなよ、アルベルト」
「分かっています」
「お前は仕事になると加減を忘れるところがあるからな」
「父上」
「昔から変わらん」
「今その話は必要ですか?」
アルベルト様が少し眉を寄せる。
顔はよく似ているのに、総督閣下の方が少し柔らかい。
(……本当に親子なんだなあ)
「それにしても」
総督閣下がアルベルト様を見る。
「お前がそこまで人を頼りにしているとは珍しい」
「リナは優秀ですから」
アルベルト様が迷いなく答えた。
「……!」
急にそんなことを言われて、少し恥ずかしくなる。
総督閣下は私とアルベルト様を交互に見てから、ほんの少しだけ笑った。
「そうか」
「父上。そろそろ始まります」
「分かっている。昔からせっかちだな」
「時間を守っているだけです」
「そういうところは変わらんな」
「父上」
親子のやり取りに、思わず笑いそうになる。
でも総督閣下だ。
笑っていいのか分からなくて、必死に口元を引き締めた。
◇
合同集会が始まる少し前。
王国魔術団が並んでいる方を見ると、見覚えのある銀髪が目に入った。
「あ、ルディ様だ」
私が声を上げると、ルディ様がこちらを見る。
目が合うと、軽く手を上げて、そのまま列を抜けてこちらへ歩いてくる。
「やぁ。おはよう」
「お久しぶりです!」
「そうでもないけどね」
相変わらず、どこか掴みどころのない人だ。
ルディ様は私の近くにいたキリアンさんを見る。
「キリアン。眼鏡の具合はどう?」
「かなりいいよ。仕事でも助かってる」
キリアンさんが黒縁の眼鏡を指で軽く押し上げる。
「そう」
ルディ様が頷き――ふと私を見る。
「……あ」
「どうしました?」
「その事務官殿には、効かないかも」
「え?」
ルディ様がキリアンさんを見る。
「眼鏡に魔力流してみて」
「ここで?」
「うん」
キリアンさんが面白そうに笑った。
「じゃあ、試してみようか」
眼鏡に指を触れる。
小さな魔石が、ほんの一瞬だけ淡く光った。
「リナさん」
「はい?」
「オレが誰か分かる?」
「え?」
何を言ってるんだろう。
「キリアンさんですよね?」
「…………」
キリアンさんが少し目を見開く。
ルディ様が頷いた。
「やっぱり」
「本当に効かないんだ」
「何がですか?」
キリアンさんが私の方へ少し身を屈める。
「え、なんですか?」
眼鏡越しの赤い瞳が近づく。
改めて見ると、やっぱり綺麗な目だ。
(……近い)
少しだけ胸が跳ねた。
キリアンさんは私の顔をじっと見てから、ふっと目を細めた。
「この眼鏡には認識阻害の魔道具が仕込まれてるんだ。周りから少し認識されにくくなる」
「……認識阻害?」
「今はいつもより強めに魔力を流してるんだけど」
「全然変わりませんけど……」
「面白いな」
ルディ様が楽しそうに笑う。
「前に、僕の魔法も君にはうまく効かなかったからね」
「ルディ様の魔法?」
「うん。まあ、それはまた今度」
にこりと笑って、それ以上は教えてくれない。
(気になる……)
「そろそろ始まるぞ。整列しなさい」
アルベルト様の声が飛んでくる。
「兄様、怒らせちゃった?」
「ルディは魔術団だからあっちだ。もう時間がないぞ」
「はーい」
ルディ様が笑いながら離れていく。
キリアンさんも眼鏡から手を離した。
「また今度、詳しく説明するよ」
「はい!」
また気になることが増えた。
◇
やがて、合同集会が始まった。
壇上へ総督閣下が上がると、それまでざわついていた訓練場が一気に静かになる。
さっきまでアルベルト様と親子らしい会話をしていた人とは思えない。
その場に立っているだけで、空気が引き締まる。
(……やっぱり偉い人なんだ)
総督閣下の挨拶が終わると、各組織から順番に報告が始まった。
近衛騎士団は、王族や王城の護衛を中心に担っている。
王国魔術団は、魔法や術式、魔道具の研究。
王国騎士団とは役割が違うけれど、事件や災害、大規模な魔物被害が起きた時には連携することも多いらしい。
王都周辺の警備状況。
新しく開発された魔道具について。
各地で確認されている魔物の動向。
国境付近の状況。
全員が知っておくべき情報が、各組織から次々と共有されていく。
知らない話ばかりで、聞いているだけでも興味深い。
しばらくして、第四部隊からの報告に移った。
「北西部ダンジョンについて、次回の定期調査を――」
(……え?)
今、なんて言った?
「北西部ダンジョン周辺では、現在――」
(ダンジョン!?)
聞き間違いじゃない。
ダンジョン。
ネット小説で何度も何度も見た単語だ。
(この世界、ダンジョンまであるの?!)
魔物がいて。
宝箱があって。
珍しい素材とかが採れたりして。
(……いや、待って。集会中!)
慌てて意識を報告へ戻す。
気になる。
ものすごく気になる。
でも今は聞けない。
それでも頭の片隅では、一つだけ決めていた。
(……終わったら、絶対誰かに聞こう)




