12. 魔法の訓練と、空を飛ぶ騎士
その日、仕事を終えて帰ろうとしていたところ、アインス様に呼び止められた。
「リナ。明日は攻撃魔法の練習をしましょう。訓練場を借りられることになりました」
「ほんとですか! 明日、大丈夫です!」
「どの程度の出力を出せるのか、一度きちんと確認しておいた方がよいでしょう。定時で終わった後、訓練場へ向かいましょう」
「わかりました!」
これまでの訓練では、魔力の流れを感じたり、氷を作ったり、狙った場所へ魔法を飛ばしたりと、基本的な操作を中心に教えてもらっていた。
攻撃魔法となると、いったいどれくらいの威力になるのだろう。
私は明日の訓練を楽しみにしながら、寮へ戻った。
◆
翌日。
仕事を終えた私は、アインス様とともに訓練場へ向かった。
広い訓練場には、武器の訓練に使う場所とは別に、魔法を使うための区画も用意されている。
遠くには、魔法用の標的がいくつも並んでいた。
「まずは基本の四属性を試しましょう。どの属性が扱いやすいのかも確認しておきたいので」
「あの、魔法って……何か言ったほうがいいんですか?」
「ええ。人がいる場所では、基本的に声を出します。魔法を使うことを周囲に知らせるためです」
「……詠唱とかは?」
「詠唱そのものに意味があるわけではありません。大技を使う場合は、周囲に危険が及ぶこともありますから、より大きな声で知らせることもあります」
「なるほど」
(スポーツでも、動く前に声を掛け合うことがある。それと同じか)
「ただ、子どもは言いたがります」
「言いたがる?」
「『炎よ、我が敵を焼き尽くせ!』などと」
「……なるほど」
(危なかった……。『我が身に宿りし風の力よ――』とか言わなくてよかった)
「ちなみに、レオは今でもよく技名を叫びますよ」
「え?」
「『蒼き風よ、我が翼となれ!』とか」
「……今でも?」
「ええ。子どもがそのまま大きくなったような人です」
「ふふっ」
「みんな面白がって、レオが技名を言うのをやめてしまわないよう、余計なことは何も言わなかったんです」
「……」
「その結果、レオは今でも言っています。もう、誰も気にしなくなりましたが」
「そうなんですね……」
なんだか、ちょっとレオくんらしい気がする。
「では、やってみましょうか」
「はい!」
アインス様が安全を確認したあと、私は標的の前に立った。
まずは風。
周囲にいるアインス様へ声を掛けてから、魔力を集め、標的へ向かって放つ。
「風、いきます!」
ふわりと風が起こり、標的がゆっくりと回った。
「できた……!」
「問題ありません。次は水を」
「水、いきます!」
水、土、火。
基本の四属性を一つずつ試していく。
どれも思っていたより素直に発動した。
「基本属性は問題なさそうですね」
「よかった……!」
「では、次は氷を使ってみましょう」
氷は水属性から派生する魔法だ。
これまでの練習でも何度か使っていたため、四属性よりも扱いやすく感じる。
「まずは氷の塊を作って、標的へ飛ばしてください」
「はい!」
私は標的を見つめ、魔力を集める。
「氷、いきます!」
冷気が集まり、目の前に氷の塊が形作られていく。
それを標的へ向けて飛ばす。
――ガンッ!
氷が標的にぶつかった。
「……当たった!」
「ええ。では、もう少し出力を上げてみましょう」
何度か繰り返すうちに、氷の大きさや速度も調整できるようになってきた。
魔力を増やせば威力は上がる。
けれど、増やしすぎると形を保つのが難しくなる。
自分の魔力がどの程度なら安定して扱えるのか。
試していくうちに、少しずつ感覚が分かってきた。
「では、これで最後です。安全に出せる範囲で、最大出力を出してみてください」
「最大出力……」
私は標的を見つめた。
深く息を吸い、体の中にある魔力を集める。
いつもより多く。
けれど、難しく考えすぎない。
縄跳びを跳ぶときのように、身体で覚えた感覚に任せる。
「……氷、いきます!」
目の前に、今までよりずっと大きな氷が現れた。
「……え?」
自分で作ったものなのに、思わず驚く。
次の瞬間。
――ドォンッ!!
巨大な氷が標的へと突っ込み、激しい音を響かせた。
「……」
「……」
しばらく、訓練場が静まり返った。
「……次は、もう少し大きな訓練場を借りましょうか」
アインス様が目を瞬いた。
「これ以上は、今日はやめておきましょう。初めてでこれはすごいですよ、リナ」
そう言って、アインス様が小さく笑った。
「あ、ありがとうございます!」
アインス様は本当に良い先生だ。
できたことはちゃんと褒めてくれるので、もっと頑張ろうという気持ちになる。
何かお礼をしたいと思っているけど、まだできていない。
絶対、何かお礼をしないと!
そのときだった。
――ヒュッ。
頭上から、風を切る音が聞こえた。
見上げると、黒い軍服を風になびかせた騎士が空を飛んでいた。
「わ……! レオくん?!」
レオくんの後ろには、数人の若い騎士たちも続いている。
訓練場の上空を軽やかに旋回すると、そのまま地面へ降りてきた。
「リナさん! お疲れ様! 珍しいね、こんな所で!」
「お疲れさまです! はい、今日はアインス様と課外授業です!」
レオくんの後ろにいた騎士たちも、私に気づいて頭を下げる。
「事務官殿、初めまして。副隊長からお話は伺っています。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶を交わしながら、私はふと思った。
そういえば。
(レオくんって、副隊長だった)
普段あまりにも気軽に話しているけど、レオくんが副隊長として若い騎士たちを率いているところを見るのは初めてだった。
「今日は何の訓練なの?」
レオくんが標的の方を見る。
「ああ、攻撃魔法の訓練をしていたんです」
「へぇ。じゃあ、さっきの氷って……」
「私が出しました」
「すご……」
レオくんだけでなく、後ろの騎士たちも標的を見る。
そこには、先ほど私が放った氷の跡が残っていた。
「事務官殿が……?」
「今の、攻撃魔法だよな?」
「かなり威力あったぞ……」
騎士たちがざわつき始める。
(……そんなに驚くことなのかな?)
私は首を傾げた。
その様子を見て、アインス様が小さく息を吐く。
「リナの魔法については、まだ確認したばかりです。本人も自分の出力を把握している途中ですよ」
「なるほど……」
レオくんは改めて私を見る。
「リナさん! すごいよ! 事務官を辞めて女性騎士にもなれるんじゃない?!」
「え?! そんな! 無理だよ、私には!」
「レオ。リナはとても優秀な事務官です。他の人が代わりにはなりません。ダメです」
「そ、そんな本気で誘ってないですよ! 威力がすごいって褒めただけで!」
「なら良いですが、引き抜きしようとするのはやめてください。あなたがミスする書類も、全部リナがこっそり訂正してくれていますからね」
「え! そうなの?! リナさん、ごめんね!」
「ふふ。大丈夫!」
私は笑って答えた。
「そういえば、さっきレオくん、飛んでたよね!」
「はい。だいたい毎日、この時間は飛行訓練しています」
「すごい! 私、飛んでる人を初めて見たよ!」
思い返すだけでも、わくわくする。
「かっこいい! 私も飛んでみたいなー!って思った!」
「え?! かっ……ゲホッ」
少し顔を赤くしたレオくんが、慌てたように続ける。
「あ、あの、リナさんも飛んでみたいなら、俺が教えてあげましょうか?」
「え! いいの?」
「もちろんです! ただ、飛行訓練なので、一応団長に許可を取ってきますね!」
「え、あ、今日?!」
そう言うなり、レオくんは若手騎士たちを連れて訓練場を駆けていった。
「……行ってしまいましたね」
「はい……」
私は呆気に取られながら、その背中を見送った。
すると、アインス様が小さく眉を寄せる。
「レオは飛行技術には長けていますが……リナを任せるには、些か不安が残ります。それに、先ほど攻撃魔法の練習もしたところですし。リナ、体調はどうですか?」
「あ、割と元気です! そんなに疲れてもいません」
「リナは魔力の扱いにも慣れてきていますから、問題ないとは思いますが……」
アインス様が考え込んでいると、しばらくしてレオくんが戻ってきた。
その隣には、アルベルト様もいる。
「副団長! 俺、絶対怪我させませんから!」
「分かっています。ですが、飛行訓練ですから何が起こるか分かりません」
「私も見ていよう」
「団長もですか?」
「ああ。今日はこの後、時間が取れる。それに、レオがどのように指導するのかも見ておきたい」
「分かりました。団長がいるなら大丈夫でしょう」
アインス様は小さく息を吐いた。
「では、私はこれで失礼します。リナ、今日はもう十分魔力を使っていますから、無理はしないように。明日も時間が取れれば訓練を続けましょう」
「はい! アインス様、今日もありがとうございました!」
アインス様が訓練場を後にする。
私は改めて、隣に立つアルベルト様を見上げた。
「じゃあ、飛行訓練……よろしくお願いします!」
「ああ」
アルベルト様が、ふっと口元を緩めて頷いた。
こうして私は、人生で初めて空を飛ぶことになった。




