堅物団長と、狐の微笑み
団長室で仕事をしていると、ノックの音が聞こえた。
「はい」
ドアを開けると、そこには見慣れない男性が立っていた。
「――初めまして。事務官殿。団長はいるかな?」
きめ細やかな銀髪が肩まであり、細められた瞳は、澄んだ水色をしていた。それに、妙に人を惹きつける声だった。
上質な魔術師の制服を身にまとっているものの、襟元は大きく開けられ、どこか着崩した印象だった。
「初めまして……どなたでしょうか。」
見知らぬ人にしては距離が近い。
私は警戒して、一歩だけ後ろへ下がった。
「今は団長は留守にしています。もうすぐ帰られる予定ですが」
すると、男性はくすくすと笑った。
「そうか。僕はルディ。王国魔術団で、魔道具を作る仕事をしているよ。いうならちょっとした便利なおもちゃだね。」
「おもちゃ……?」
「そう。君が噂の事務官、リナちゃんでしょう?」
その言葉に、私は少し驚いた。
「どうして私のことを?」
「兄様から聞いてるよ」
「お兄様……?」
「そう。アルベルト・フォン・ディートリヒ」
その名前を聞いた瞬間、私は目を瞬いた。
アルベルト様に弟がいるなんて、初耳だった。
「アルベルト様の弟さん、ですか?」
「そう。僕の自慢の兄様」
そう言って笑う。
けれど、その笑顔はどこか掴みどころがない。
ルディ様は私の目を覗き込むようにして、目を細めた。
「……何でしょうか?」
「今日は噂を確認しに来たんだ」
「噂、ですか?」
「うん。兄様からよく話を聞くから。優秀な事務官が来てくれて嬉しいって」
にこりと笑う。
けれど、その笑顔の奥には、何かを探るような鋭さがあった。
(……この人、なんか、怖いかも)
まるで、私の心の中まで見透かされるような気がする。
胸の奥が、少しだけざわついた。
それに、この人の笑顔は綺麗なのに、なぜか安心できない。
ルディ様はしばらく私の目を見つめていた。
「あれ?………おかしいな」
「何がですか?」
ルディ様は首を傾げる。
「……どうかされました?」
「ううん!握手お願いしていい?」
長い指先が、私の手へ伸びてくる。
「――ルディ!!」
地響きのような怒声が、廊下に響き渡った。
次の瞬間、突風が巻き起こる。
「……っ、アルベルト様!?」
私たちの間に、アルベルト様が割って入った。
私の前に立ちはだかり、大きな背中で私を隠すようにしてルディ様を睨みつけている。
「リナに気安く触れるなと言ったはずだ」
「え? 兄様、いつそんなこと言ったっけ?」
「つい先日だ」
「覚えてないなぁ」
「……ルディ」
低く唸るような声。
普段の穏やかで落ち着いたアルベルト様からは想像できないほど、明らかに怒っている。
その姿に驚きながらも、私は自分でも不思議なくらいほっとしていた。
「ちょっと挨拶しただけじゃないか」
「挨拶なら、手を触れる必要はない!」
「へぇ?」
ルディ様が面白そうに目を細める。
「兄様って、そんなこと言う人だったっけ?」
「どういう意味だ」
「だって昔は、女の子に話しかけられただけで固まってたじゃない」
「……」
アルベルト様の動きが止まる。
「それなのに今は、女の子を庇って僕に怒鳴ってる」
「……余計なことを言うな」
「へぇ~」
ルディ様の口元が、にやりと吊り上がった。
「もしかして、兄様。――」
「言うな!」
「わぁ、図星だ」
「ルディ!!」
アルベルト様が怒鳴る。
その顔は、耳まで真っ赤だった。
「ははは! 兄様、分かりやすいなぁ!」
「おい……!からかうな!」
アルベルト様がルディ様の肩を軽く小突く。
「いたっ!力強いんだから加減してよ!わ!なんか静電気まで!ピリピリするんだけど!」
そう言いながらも、ルディ様は楽しそうに笑っている。
怒鳴る兄と、それを面白そうにからかう弟。
険悪な口論に見えるけれど、不思議と二人の間には嫌な空気がない。
むしろ――。
(……仲が良いんだ)
アルベルト様が怒っているのも、ルディ様がそれを楽しそうに受け流しているのも。
長年一緒に過ごしてきた兄弟だからこその関係性だ。
なんだか少し、微笑ましくなって警戒していた肩の力が抜けた。
アルベルト様が、まだ耳を赤く染めたまま振り返った。
「……リナ、すまない。弟が失礼を働いた」
「いえ、大丈夫です」
そう答えて、私は目の前にいるアルベルト様を見つめた。
さっきまであれほど警戒していたのに。
アルベルト様が前に立ってくれた途端、あっという間に安心してしまった。
(……私、アルベルト様がいると安心するんだ)
そう気づいた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「あ、あの……アルベルト様」
「どうした?」
アルベルト様の瞳が、真っ直ぐに私を捉える。
その顔を見ると、なぜかさらに胸が騒いだ。
「……先ほどの風で書類がバラバラになってしまいました」
「……っ! すまない!」
そう言って、アルベルト様と私は慌てて書類を拾い集め始めた。
その横で、ルディ様がニヤニヤとこちらを見ている。
「ルディ。何か用事があったのではないか?」
「ううん、用事はなくてちょっと挨拶したかったんだ」
「……そうか、次からは事前に教えてくれると助かる。こちらから出向こう」
「え?来たらダメなの?なんで?」
「私がいない時に来られたら困る」
「え?なんで?」
「私から行くと言っている」
「えー?事務官殿と話したらダメってこと?兄様の色んな話してあげようと思ったのに」
「ルディ!」
ルディ様はアルベルト様をからかって楽しそうに笑った。




