青島君に彼女ができた!
実は、リコと青島は同じ養護施設で育った過去がある。
年齢が離れていたため普段はほとんど接点がなかったが、ある日、リコが施設の職員に襲われる事件が起きた。その時、青島はその職員を半殺しにしたのだ。青島はリコを守るため、殴った理由を頑なに口にせず、そのまま少年院へと送られ、二人が交わることは二度となかった。
やがて高校を出たリコはミアズマに入社し、青島はホストになった。リコは青島のことをはっきりと覚えており、客として店を訪れたのも当時の恩義があったからだ。ミアズマに入社したのも、青島に貢ぐための高収入を得るには、水商売かミアズマしか選択肢がなかったという極端な理由だった。
再会した青島は自分のことをすっかり忘れていた——そう悟ったリコはあえて過去には触れず、気前のいい「太客」として振る舞い続けていた。青島が正義の戦士ブルーだと知った時も驚きはしたが、「ま、それはそれ」と笑い飛ばせる逞しさが彼女にはあった。
しかし、そんなリコにも心が折れる日はやってくる。
ある日の夜。青島の店を訪れたリコは、いつもの豪快な笑顔を封印し、グラスをぼんやりと見つめていた。
「どうしたの? 今日、なんか元気ないね」
隣に座った青島が優しく覗き込むと、リコはふうっと深いため息を吐いた。
「いやー……本気で告白したんだけどさ、『コンプライアンス上、君とはどこまで行っても部下と上司の関係だ』って、社長に振られちゃってさー」
「……お、おう」
「会社辞めて再アタックしようか悩んでるんだよね〜。だからもう、ここには来れなくなるかも」
少しだけ寂しそうに笑うリコ。そして、氷の溶ける音が響く静かなテーブルで、彼女はふと、ずっと隠していた言葉を口にした。
「だからさ。……ごめんね。あの時、あいつボコってくれたのに、庇えなくて」
青島の手が、ピタリと止まる。
少しの沈黙の後、彼はいつもの軽いホストのトーンではなく、落ち着いた低い声で答えた。
「そっか。……今までありがとう、リコ」
「!」
「もういいんだ。無理して通わないで。こっちも悪かったな、貢がせちゃって」
その言葉に、リコは目を丸くした。
「……気づいてたの?」
「ああ。ただ、忘れてたフリしてた事をわざわざ言うのもさ、ダセエしな」
バツが悪そうに視線を逸らす青島を見て、リコは小さく吹き出した。胸につかえていた重い塊が、スッと溶けていくのを感じる。
「あのさ」
リコは、まっすぐに青島を見つめた。
「もし、これで会社辞めて社長に振られたらさ、もう二度と会えなくなるじゃん。だから、一回だけ抱いてよ。私、あんたのことも結構好きだったからさ」
冗談めかした、けれど本気のこもったその提案に、青島はフッと笑みをこぼした。
「いや、一回と言わず、ずっと一緒にいねえ? ……振られたら、さ」
「なに、付き合うってこと?」
「まあ、そうとも言うね」
青島の余裕ぶった、けれどどこか照れ隠しのような言葉に、リコはゆっくりと立ち上がった。
「……考えとくわ。今日は帰るね」
翌日。ミアズマの本社。
リコは社長室に退職届を提出し、まっすぐな瞳で社長を見据えていた。
「これで、上司と部下ではなくなりました。付き合って下さい」
しかし、デスク越しに座る社長の表情は、氷のように冷たく、一切の感情を読み取らせなかった。
「すまないが、答えは一緒だ。退職金は振り込んでおく。……今までありがとう」
「……」
いつになくそっけない社長の態度。付け入る隙は1ミリもないと悟ったリコは、潔く踵を返し、社長室を後にした。
バタン、と重厚なドアが閉まる。
誰もいなくなった社長室で、社長はゆっくりと立ち上がり、窓際へと歩み寄った。ブラインドにそっと指を差し入れ、ビルの下を歩き去るリコの小さな背中を見下ろす。
その厳格な瞳には、先ほどまでの冷徹さとは裏腹に、深く優しい光が宿っていた。
「(これでいい……こんなオッサンに入れ上げても、彼女の人生に何もいい事はない)」
ポツリと呟いたその声は、誰の耳にも届くことなく、社長室の静寂に溶けていった。
夜の帳が下りる頃
夜の街。ネオンが眩しく光る中、青島のスマートフォンの画面が明るく点灯した。
『振られた〜付き合お♡』
たった一言のLINE。
それを見た青島は、思わず天を仰いで笑い出した。
「軽いなー。……ま、いいか」
青島は素早くメッセージを打ち返す。
『今どこ?』
指定された待ち合わせ場所へ向かうと、そこには少しだけ目を赤くしながらも、いつものカラッとした笑顔を浮かべるリコが立っていた。
二人は言葉を交わす代わりに軽く笑い合い、そのまま肩を並べて青島の家へと歩き出す。
それぞれが抱えていた過去の傷と、見守る大人の不器用な優しさ。
様々な想いを包み込むように、二人の夜は静かに更けていった。




