結ばれた2人
届かない思いと、甘い罠
「——絶対、あれは『交際宣言』だったはずなのに……っ!」
ベッドの上でクッションを抱きしめながら、凛は一人、悶え苦しんでいた。
ミラが帰国したあの空港での出来事。「離れたくない人がいる」と手を握られたあの日から、凛は完全に自分の湊への気持ちを自覚していた。
しかし、当の湊といえば、その後も態度は一切変わらない。相変わらず研究室にこもり、数式と向き合い、凛への接し方も今まで通りの「少し手のかかる妹」を見るような目のままだった。
(私ばかりドキドキして、バカみたい……)
募るモヤモヤを持て余していた凛。そんな彼女の心の隙を見逃さない組織があった。
「元・弊社社員」である凛の身に宿る、規格外のピンクプラーナ。それを虎視眈々と狙っていたミアズマである。
ある日の夕暮れ時。一人で歩いていた凛の前に、湊が現れた。
「ミナト……?」
だが、様子がおかしい。彼は冷たい瞳で凛を見下ろし、残酷な言葉を紡いだ。
『君のその重い感情、研究の邪魔なんだよね。ミラのところへ行けばよかったよ』
「——え?」
それが、以前も「ニセ湊」を演じたことのある幹部・クロウの変装だとは、心身ともに疲弊していた凛には見抜けなかった。
パチン、と。凛の中で何かが弾ける音がした。
悲しみ、怒り、そして爆発的な愛情。行き場を失った感情が、彼女の身体から凄まじい量の「ピンクプラーナ」となって吹き荒れた。
暴走するピンクと、ホクホク顔の社員たち
「湊ァァァッ!! 逃がさない! 今日という今日は、絶対に結婚してぇぇぇぇっ!!」
街のど真ん中で、ピンク色のオーラを撒き散らしながら絶叫する凛。
その視線の先では、たまたま買い出しに出ていた「本物の湊」が、血相を変えて逃げ惑っていた。
「わあああっ!? 凛!? どうしたの!? なんで婚姻届を持って追いかけてくるのさ!?」
「ハンコ押して! 今すぐここで、ハンコ押してぇぇぇっ!!」
「無理無理無理! 話を聞いて!!」
涙目になりながら全力疾走する湊と、狂戦士と化した凛。
そして、その周囲では——。
「いやー、今日のピンクプラーナは質が高いですねぇ!」
「大豊作だ! みんな、残業にならないようにサクッと回収して定時で帰るぞー!」
ミアズマの社員たちが、特製の掃除機のような機材を片手に、散らばるピンクプラーナをホクホク顔で回収していた。誰一人として湊を襲撃するわけでもなく、ただ純粋に「業務」としてプラーナを採取している。
「待たせたなっ!!」
そこに、「プラーナリゾルブ(変身)」を済ませた青島——ブルーが颯爽と駆けつけた。
しかし、目の前に広がるカオスな光景に、思わず動きを止める。
「……は? なにこれ」
「ブルー! 助けて! 凛が、凛がぁぁっ!」
「結婚! 結ッ婚ッ!!」
泣き叫ぶレッド(湊)と、猛烈な勢いで迫る凛。青島は小さくため息をつくと、すれ違いざまに凛の首元へ、スパンッ!と的確なチョップを入れた。
「あうっ」
短い悲鳴を上げ、凛がその場にバタッと倒れ込み、気絶する。
青島はそのままクルリと振り返り、ミアズマの社員たちを睨みつけた。
「さて、お前ら——」
「あっ、ブルーが出たぞ! 目標回収量は達成した、撤収ー!」
「お疲れ様でしたー!」
蜘蛛の子を散らすように、ミアズマ社員たちは見事なまでの定時退社ムードで逃げ去っていった。
月夜の告白
静寂を取り戻した公園。
ベンチに寝かされた凛を見下ろしながら、青島は呆れたように湊へ視線を向けた。事の顛末を聞き終えた彼は、ポケットに手を突っ込みながら鼻で笑う。
「そりゃー、お前が悪いわ」
「……うっ」
「あんな思わせぶりなこと空港で言っといて、その後放置とかタチ悪すぎ。俺みたいなホストみたいなのでも、思いは真っ正面から受け止めるぞ、じゃなきゃ刺されるのは当たり前だ。とにかくちゃんと向き合ってやれよ。じゃあな」
ひらひらと手を振り、青島は夜の闇へと姿を消した。
残された湊は、スヤスヤと眠る凛の顔を複雑な表情で見つめていた。
「……ん、ぁ……」
やがて、凛がゆっくりと目を覚ます。暴走状態から抜け出し、我に返った彼女は、ハッと身を起こした。
「ミナト……! 私、何してた……?」
「凛。……ごめん」
湊は、凛の隣に静かに腰を下ろした。いつもの理路整然とした天才研究者の顔ではなく、どこか怯えたような、不器用な少年の顔だった。
「僕、自信がなかったんだ。……君と、交際する資格があるのかって」
「え……?」
「僕は研究のことしか頭にないし、人の気持ちにも鈍感だ。君みたいに明るくて、真っ直ぐな人の隣にいて、本当に君を幸せにできるのか……ずっと、分からなかった。それで、逃げてた。君をこんなに追い詰めてしまうまで」
湊はギュッと拳を握りしめ、まっすぐに凛の目を見つめた。
「正直、今でも自信はない。君を怒らせてばかりかもしれない。……でも、君とずっと一緒にいたいっていうあの時の気持ちは、本当だよ」
夜風が、二人の間を優しく吹き抜ける。
湊の不器用で、飾り気のない、けれど誠実な言葉。
その言葉が凛の心にストンと落ちた瞬間、大きな瞳からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「……バカぁ。自信なんて、そんなのこれから私がいくらでもつけてあげる……っ」
泣き笑いのような顔で、凛は湊の胸にドンッと頭を押し付けた。湊は少し驚いた後、戸惑いながらも、その背中にそっと腕を回した。
虫の音が響く公園。
深まる夜が、ようやく結ばれた二人を優しく包み込んでいた。
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