揺れるブルー
リコが青島というホストに相当入れ上げている——。
その噂をどこからか聞きつけたクロウは眉根を寄せてリコを責め立てた。
「お前、あの青島とかいうホストに随分と貢いでるらしいな。あいつは敵だぞ、大概にしておけよ」
しかし、リコは痛くも痒くもないといった様子で、ネイルを眺めながら鼻で笑う。
「は? なにそれ、プライベートの詮索とか今どきハラスメントなんですけどー。ウチが自分のお金をどう使おうが勝手でしょ」
全く意に介さないリコ。そんな彼女の様子を見ていた社長は、ふと面白そうなことを思いついたように口角を上げた。
「リコくん。その青島くん……我々『ミアズマ』に引き込めないかな?」
推しである社長の頼みとあらば、リコに否やはない。
数日後。
「ねえ、ウチの会社に『体験入社』してみない?」
リコからの唐突な提案に、青島は目を瞬かせた。ミアズマ——それがどういう組織なのか、青島は「ブルー」として当然知っている。
その夜。青島の部屋にフワリと現れた精霊は、どこか寂しげな瞳で彼を見つめた。
「あなたの選択であり、あなたの人生ですから、私は反対しません」
「……」
「ただ、あなたがその道(悪の組織)へ進むのであれば、ここでお別れです。……今まで、ありがとうございました」
淡い光を放ちながら、ブルー精霊はスッと虚空に溶けるように消えてしまった。
部屋に一人残された青島は、小さく息を吐く。
「……ま、いっか」
精霊が消えたことを気にする素振りも見せず、青島はミアズマへの体験入社を決意した。
「青島さん、わからないことがあったら何でも聞いてくださいね!」
「お疲れ様です! コーヒー淹れましたよ」
(……なんだここ、めちゃくちゃホワイトじゃねぇか)
ミアズマの社内は、青島の予想を大きく裏切るものだった。社員たちは皆親切で優しく、ギスギスした空気など一切ない。さらに案内された社員食堂は、驚くほど安くて美味しい。
おまけに、リコの推薦もあって「入社後はすぐに幹部として採用する」という手厚い約束まで取り付けられていた。
(ホストで毎晩肝臓をすり減らすより、このまま安定したサラリーマン生活を送るのも……案外悪くないかもな)
青島の心は、確かにグラリと揺れていた。
しかし——。
体験入社の一環として、実際の「現場」に出たときのことだ。
ターゲットを言葉巧みに騙し、陥れる。ホストとしての話術を活かせば、そんな悪事は造作もないことだった。いざ実行に移そうとターゲットに狙いを定めた瞬間、青島の脳裏に過去の記憶がフラッシュバックした。
——小さい頃に育った、薄暗い施設。
——生きるために手を染めてきた、数々の「悪いこと」。
——人を騙し、傷つけ、その日暮らしをしていた自分の冷たい目。
ギリッ、と青島は奥歯を噛み締めた。
手が震える。ターゲットに向かおうとする足が、鉛のように重くなる。
(……そうか)
青島は、自分の心の奥底にあった本当の感情に気がついた。
なぜ、柄にもなく正義のヒーローなんてやっていたのか。なぜ、ブルー精霊に選ばれた時に断らなかったのか。(刺されそうになっていたというのもあるが)
(俺は……『ブルー』になることで、過去の自分の罪滅ぼしをしてたんだな……)
悪の道に戻れば、またあの頃の自分に逆戻りだ。
そんなの、絶対にゴメンだった。
ピロンッ。
その時、ポケットのスマートフォンが間の抜けた通知音を鳴らした。画面を見ると、レッドからのLINEだった。
『助けて!!!』
ただ一言、切羽詰まったSOS。
それを見た瞬間、青島の中にあった迷いは綺麗に吹き飛んだ。ふっといつもの余裕ある笑みを浮かべると、振り返ってリコとミアズマの社員たちを見る。
「わり。やっぱりパスで」
「えっ、ちょっと青島くん!?」
「リコ、ごめん。……また店でな!」
ひらひらと手を振りながら、青島はその場を颯爽と離脱する。ふわっと現れるブルー精霊。
向かう先は、仲間が待つ戦場。もう、彼を縛る迷いは何もなかった。




