ライバル帰国
ミラが帰国する日が、ついにやってきた。
滞在中、湊とミラは毎日顔を合わせれば新理論について熱く語り合い、ついには共同で論文を発表することになった。今日、湊と凛は揃って空港の出発ロビーへと見送りに来ている。
凛は、少し離れたところでSPたちと出国手続きの確認をしているミラの美しい横顔を眺めながら、この数日間のことを思い返していた。
実は一度だけ、凛も二人のミーティングを見学させてもらったことがある。だが、そこは湊とミラのほかに「プラーナ研究ガチ勢」とも呼べる専門家たちが集う、完全に異次元の空間だった。飛び交う専門用語、ホワイトボードを埋め尽くす数式。ミラと湊の話題は本当に「新理論」のことだけで、色恋沙汰が入り込む隙など1ミリもなかった。
それに、ミラには国賓としての公務があり、常に屈強なSPが目を光らせていたため、湊と二人きりになる時間すら皆無だったのだ。嫉妬するような場面は、見事に一つもなかった。
ただ、凛の頭の片隅には、以前湊に言われた言葉がずっと引っかかっていた。
『凛は僕の顔が好きで、ミラは僕の理論が好き。一緒だよ』
——一緒かなぁ。いや、一緒じゃないでしょ。
そう一人でツッコミを入れつつも、湊らしい極端な理論に少しだけ心が救われていたのも事実だった。
「ミナト」
手続きを終えたミラが、湊の目の前に歩み寄る。その表情は、いつもの凛としたものから、少しだけ熱を帯びたものに変わっていた。
「私と一緒に来て、私の母国でずっとパートナーとして一緒に研究してほしいの」
凛の肩がビクッと跳ねた。
「あなたの理論は刺激的で本当に楽しいわ。うちの国の設備と資金があれば、アマチュアの時とは桁が違う研究ができる。世界を変えられるわ」
(……やっぱり)
なんとなく、凛はこうなることを予測していた。自分がミラの立場だとして、これほど才能があり、自分と対等以上に渡り合える研究者がいたら、絶対に手放したくないはずだ。
凛は、ギュッと強く目をつぶった。湊がどんな決断を下しても、彼の選んだ道を尊重しよう。そう心に決めて。
しかし、湊の声は迷いなく、そしてどこか優しかった。
「ごめん。僕をそこまで買っていてくれて、本当にありがとう」
「……」
「でも、研究なら日本でもできるし、僕にはこの日本で悪と戦うっていう、大事な『やらなきゃいけないこと』があるからね」
そう言いながら、湊は隣で固まっていた凛の右手を、ギュッと力強く握った。
「何より、離れたくない人がいるんだ」
ハッとして勢いよく目をあげた凛。
視線の先では、湊がニッコリとこちらを見ていた。いつものメガネ越しなのに、心臓が爆発しそうなくらいドキドキと音を立てる。握られた手の熱が、一気に全身に広がっていくのを感じた。
その様子を見たミラは、ふふっと楽しそうに、そして美しく微笑んだ。
「そう。わかったわ。後でデータを送るから、ちゃんとチェックしてね」
ミラは踵を返し、搭乗ゲートへと向かう。そして、振り返りざまにウインクをして見せた。
「また来るわ。今度は、貴方を奪いにね。私、案外諦めが悪いみたいだから」
最高にクールな台詞を残し、ミラは母国へと帰っていった。
その頃——。
ネオンが灯り始めた街の片隅。とある飲食店で、青島とリコは向かい合って食事をしていた。いわゆる「同伴出勤」の最中である。
グラスを傾けながら、青島はどこかバツの悪そうな顔で頭を掻いた。
「いやー……なんか、この間はごめんね。色々と立て込んでてさ。びっくりしたよね?」
青島が恐る恐る尋ねると、リコはパスタを巻いていたフォークを止め、キョトンとした顔をした。
「ん? いや、別に? 青島くんが裏で何しててもウチには関係ないし!」
「えっ、あ、そう……?」
「そうそう! だって、ウチの絶対的な『推し』は社長だしね! ま、生きてりゃ人生いろいろあるよねー! アハハハ!」
カラッと笑い飛ばし、再び美味しそうにパスタを頬張るリコ。その一切の曇りもない笑顔と、細かいことを全く気にしない豪快な性格を目の当たりにして、青島は呆気を取られてしまった。
(……こいつ、でっけーな……)
人間としてのキャパシティの大きさに青島は内心、深く感心せざるを得なかった。
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