即落ち一コマ
「いやー、運動した後のメシは美味えな! ほら湊、遠慮しないで食えよ。奢るからさ」
気がつけば、僕は新宿の喧騒から少し離れたファミレスで、青島ジンと向かい合ってハンバーグをつついていた。
ド派手な金髪にホストのスーツ姿の男と、地味なパーカーに分厚い黒縁メガネの僕。どう見ても不釣り合いなコンビだが、ジンはそんなこと全く気にする素振りを見せず、豪快にステーキを頬張っている。
「……あ、ありがとう」
「にしてもよ、湊って普段何してんの? さっきのネットの攻撃とか、マジですげぇじゃん」
「あ……うん」
僕はフォークを止めて、ぽつりとこぼした。
「……高校で、ちょっといじめにあって。それがきっかけで不登校になって、ずっと家に引きこもってパソコンばっかりやってたんだ」
「へえ、そうだったのか。じゃあなんでヒーローなんかに?」
「ある日突然、ルミ……僕の精霊が現れて。『最新のハイスペックパソコン一式を揃えてあげるから、レッドになってよ』って言われて……つい、いいよって言っちゃって」
僕が正直に白状すると、ジンは「ぶはっ!」と盛大に吹き出した。
「ハハハハッ! お前、パソコンで買収されたのかよ! 最高だな!」
「笑うなよ……僕にとっては大事な問題なんだ」
むすっとした僕を見て、ジンは「わりぃわりぃ」と涙を拭う。
「じゃあ、青島さんは? なんでホストなのに、正義の味方なんてやってるんですか?」
「俺? 俺はなあ……ちょっと前に、ヤバい痛客にストーカーされてよ。店の裏で包丁で刺されそうになったんだわ」
「えっ!? そ、それヤバいんじゃ……!」
「その時に、俺の精霊が声かけてきてさ。『ブルーになれば、刺されても痛くないし平気だよ!』って言うから、そりゃあなるしかねーだろって。命かかってたしな」
「なるほど……それは切実ですね……」
「でもよぉ」と、ジンはドリンクバーのメロンソーダをストローで啜りながら言った。
「あのスーツ、蒸し暑いんだよな。だから、普段その辺のチンピラや怪人をシバくときは、わざわざ変身しねぇんだわ。面倒くさいし」
「だからさっき生身でタコ殴りにしてたんですね……」
「まぁな。でも最近、ホストに対する世間の風当たり強いじゃん? 怪人相手とはいえ、歌舞伎町のど真ん中でホストがゴルフクラブ振り回してるのって、店のイメージ悪くなるだろ? だから、顔を隠す仮面代わりとして、変身することもあるかなーって感じ」
正義の味方の動機が「店のイメージダウン防止」とは。
悪の組織が聞いたら泣いて怒りそうな理由だが、裏表のないジンの明るい喋り方に、僕はすっかり毒気を抜かれていた。
外の世界も案外怖くないのかもしれない。割と楽しく話していると――。
『♪〜〜』
ジンのスマホから、軽快な着信音が鳴り響いた。
画面を見た瞬間、ジンの顔つきが「その辺のあんちゃん」から「No.1ホスト」へと一瞬で切り替わった。
「あ、〇〇ちゃーん? うん、俺俺! えーっ、今日お店来てくれるんだ〜? マジでありがとー! うん、後でね、待ってるよん!」
甘く軽薄な、完璧な営業トーク。
ジンはスマホを耳に当てたまま立ち上がると、伝票をひょいっと手に取った。
「わりっ、俺この後、仕事! じゃあな湊!」
ヒラヒラと背中越しに手を振りながら、ジンは嵐のようにファミレスを出て行ってしまった。
「…………えっ?」
あっけに取られた僕は、ポツンと一人、テーブルに残された。
「いや、奢ってくれるって言ったけど……置いていくことないじゃないか」
なんだかんだでマイペースなブルーに振り回されつつ、僕は残りのハンバーグを急いで口に運んだ。
◇ ◇ ◇
店を出て、僕はハッと気付いた。
「あ、しまった! 限定品のパソコンパーツ、受け取りに行かなきゃ!」
閉店時間が迫っている。
僕は人通りの少ない裏路地を抜け、目的の家電量販店へと急ぎ足で向かった。
しかし――。
「……やっと一人になったわね」
路地の出口。そこに立ち塞がる影があった。
黒いセーラー服に身を包んだ、凛とした顔立ちの少女。
その細い体からは、ルミの言っていた『悪のプラーナ』がどす黒いオーラとなって立ち上っていた。
「……え?」
「青島ジンと一緒じゃ手出しできなかったけど、好都合よ。あんたは戦闘力が皆無なのは調査済み。一瞬で終わらせてあげる……ッ!」
少女の体が闇のプラーナに包まれ、恐ろしい怪人の姿へと変貌しようとする。
かつて将来を嘱望された天才柔道少女。彼女の放つプレッシャーに、僕はヒィッと悲鳴を上げそうになった。
(ま、待って! 殴られたら絶対に痛いやつだ! 嫌だ、痛いのは嫌だ!!)
頭の中で警報が鳴り響く。
(そうだ、逃げよう! ここから店のパソコンに直接ダイブして、オンラインでパーツの受け取り処理を完了させて、そのままネットの海に隠れれば……!!)
「いくよ、ルミっ!」
「はい、ミナト様!」
僕は震える手で黒縁メガネを外し、ポケットに突っ込んだ。
そして、前髪をバサリとかき上げる。
「覚悟しなさ――」
襲いかかろうとした少女怪人の動きが、ピタリと止まった。
「えっ……?」
メガネの下から現れた僕の素顔を真正面から見た少女は、なぜかポカンと口を開け、目を丸くしていた。
ドクン、と。
彼女の胸の奥で、悪のプラーナとは全く違う、とてつもなく大きな音が鳴った気がした。
「(な、なにあの人……超絶スーパーミラクル大天才イケメン……ッ!?)」
少女の顔が、ゆでダコのように真っ赤に染まる。
さっきまでの殺気はどこへやら、その瞳は完全に乙女のそれに変わっていた。
だが、必死な僕がそんなことに気付くはずもない。
「「 プラーナ・共鳴! スピリット・装衣!! 」」
「……アクセス、ダイブッ!!」
僕は赤いスーツを纏うと同時に、近くの電柱の通信回線へとダイブし、電脳の海へと姿を消した。
「あ……」
もぬけの殻になった裏路地で、取り残された闇の少女は、その場にへたり込んだ。
悪のプラーナはすっかり霧散し、ただの恋する女子高生の顔になっている。
「……逃げられちゃった」
彼女は胸に手を当て、バクバクと暴れる心臓の音を確かめながら、熱を帯びた瞳で空を見上げた。
「赤い人……赤城、湊……。絶対に、絶対に探し出すわ…」
こうして、悪の組織の恐るべき刺客は、たった一瞬でレッドの味方へと寝返ることを決意したのだった。
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